第97話 奔流の予兆。2/5


***


 そして時は少し進み、彼女らの命もまた様々な積み荷を抱え橋の上での一休ひとやすみ、立往生しながら腕を組んで世間話を重ねようとしていた。


「デュエラも戻ってきたし、改めて状況を整理」


古びた木製の家屋かおくが遠く離れた街からの振動にて僅かにきしむ音を片耳に、薄青髪の顔に傷痕きずあとがある鉄面皮の少女セティスは冷静と評するに尽きる声色でその場に居る他の者たちとの会話を主導する。



ひたいから白いつのが伸びる黒い仮面と、黒い顔布——それぞれ顔を隠す格好で彼女らは三人、ガスマスクに似た覆面や地図など様々な物が置かれたテーブルを囲んでいて。


「敵は現状、確認できただけで一人。あのラフィスって聖騎士……を最重要の仮想敵として——街を出るまでの警戒方針を定める」


そんな仲間らへと向け、この街の全容——簡易的な観光案内図をテーブルに起きながら魔女セティスは言語化する事で現在の状況の確認と共有を仲間と行おうとしているのである。


するとまず、黒布で顔を隠す少女デュエラが少し首を傾げて何かを思い出すような素振りを魅せた。



「あの方で御座いますか……あんまり強くは無さそうに見えましたのですけど」



一方で、そんな純真無垢で悪意の無さそうな少女の感想に異を唱える腰に剣を携えた仮面の騎士カトレア。


「私は直接と見た訳では無いので何とも……しかし仮にもアディと並ぶ『聖騎士』の称号を持つ男、剣の技術は高いものかと——


 加えて相手は魔物の力を使う半人半魔と仮定したならば、やはり油断は禁物です。厄介な魔法や能力を使える可能性も高い」


騎士は神妙に現在の状況を捉え、たるかもしれない戦いにいささかの緊張を抱いているようであった。


故に、仮面の裏に隠れている真剣な表情で、


「まずは夜襲の警戒でしょうか。今は、聖騎士が交渉に訪れたカジェッタ殿の御厚意で街の工業区画——彼の古い鍛冶工房に居るわけですが……彼を巻き込む恐れがあります」


腰の剣のつばを鳴らしながら少し歩きテーブルの上の街の観光案内図に指先を伸ばし、指し示すのは現在地、山脈の谷間の断崖——


幾つもに折り重なる橋のふもととでも言うべきか、街の橋部分では無い山を楕円状にえぐったような広い横穴。


「うん、でも地理的には申し分ない。橋の真ん中の宿泊施設で襲われた場合を考えれば、他の客や街の住民を巻き込む方が面倒も多い……えぐられた岸壁に位置してる街の外れの地形上、背後からの警戒も少なくて済む」



その新しい時代に取り残されたような古い遺跡の風体を匂わせる建築物が並ぶ一角いっかくで、彼女らは状況を踏まえた上での戦略を練り始める。


はどうされるので御座いますですか、セティス様。今もこの家の周りでワタクシサマ達を見ているので御座いますよね?」


「……は、街では仕掛けて来ないと思う。私たちが街を出ると同時に襲い掛かる準備をしてるだけと想定」


街に内在する勢力を、観光案内図の紙切れの上でそこらにあった小物にて表し、現況の動きを明確に理解しやすくする心積もり。


しかしそのような平静の中で魔女セティスは、黒い顔布の少女デュエラが思い出した懸念けねんに対して、仲間にを感じているような声色を返す。


だが前述するが、女騎士カトレアはそんな彼女の負い目をつつくつもりは毛頭ない。


おおむさっしては居ましたが魔女とは、やはり決裂したのですね……セティス殿の判断、事情も事情でしょうから私は口を出しませんが——敵の夜襲があった場合、魔女たちの動きも想定していた方が良いのでは?」


思考をはかどらせようと腕を組む彼女としては、セティスに気を遣いながらも過ぎ去った過去よりも未来の話を進めようとしたのだろう。


けれどもセティスの抱える負い目は、それを解っていても尚、彼女の中で尾を引くものだったようで。


「それはそう……迷惑をかける」


小さく逸らされた視線はうつむき、仲間に本来であれば不要だったかもしれない危険を負わせる事態を招いたとの罪悪感がうかがえていた。


彼女自身、未だにあたかも試験用紙に書きつづった正解の立ち回りを迷い、不安をつのらせて考えているに違いない。


「うーん? 別に迷惑では無いので御座いますよ。ワタクシサマ、事情は良く分からないので御座いますが、それはセティス様が自分の魂をだったのですますよね?」


しかし顔布の少女は比喩ひゆとして過去を振り返る魔女の背中にそっと触れた。


「……?」


かしげられた首、言葉のおもむき——問いの意味は不透明。背中を押してくる気がした事だけはセティスにも分かった事だけは確かなのだろう。


それでも予期出来ぬ。

人としては余りに無垢な幼子おさなごの心は読めぬ。


そして少女は、立ち止まっている魔女の道の脇をサラリ通り抜けるように言い放つ。



「先ほどカジェッタ様が敵の聖騎士に立ち向かった時に仰っていたので御座いますよ……


『テメェの魂を叩き直す生き様を曲げちまったらぁよ、命の切れ味が落ちちまう……曲がった包丁じゃ、アンタの大事な人も美味い料理を気分よく作れなくなる』と」



「ワタクシサマには良く分からない事もあったで御座いますが、セティス様もそういう事なのでは?」


明るく明朗快活な純真無垢——途中で織り交ざった低音の誰かの模倣したような声色にも彩られ、それが如実に耳に響く。


「ワタクシサマ、セティス様の料理も大好きなので御座いますよ。だから、セティス様が気分よく料理をする為なら、何でもするので御座います」


「それはつまり、ワタクシサマが気分よくご飯を食べる為のなので御座いますよ、迷惑や嫌な事では無いのですますよ」



嘘も虚飾も何も無い、一見すると無垢な子供の素朴そぼくな言動。


それでもセティスは、道を先に追い抜かれたかと見紛みまごうような焦燥感を覚える。


いつの間にか、少し目を逸らしただけで成長を遂げる少女。


そう、思ってしまったのだろう。


「——全てを理解は出来ない言い回し。けど意図は理解した、ありがとうデュエラ……後、その者真似ものまねは少し似てる」


それに比べてと、いつまでも過去に囚われる自分の愚かさにセティスは僅かに口角を持ち上げて小さな吐息を吐いた。


その顔は相も変らぬ鉄面皮、されど考えても仕方は無いと諦観混じりに迷いも負い目も吹っ切れて、今はもう何処にもない表情。


「本当で御座いますか? 話した相手をちゃんと観察して、よく覚えておいた方が良いとイミト様にも言われていたのですよ、へへへ」


少しは抜けた肩の力——再びと遠くの街の喧騒にきしむ家屋の音響が、話に一つの区切りを付けた。


「……生き様、ですか」


だが、それは新たな歪を着実に生んでいるのだろう。例えば傍らで二人の会話を聞いていたカトレアの胸中と同じように。

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