疾病編
第97話 奔流の予兆。1/5
——大河は流れ続ける。
時に押されて、橋の上での出来事などに気を遣う
だが——物語を語るべく、少し時を
物語の舞台は山橋の街バルピス——山の谷間を塞ぐような遠目から見れば高層ビル状に複雑多彩に入り組む橋の街。
夕焼け前の斜陽に
その
『ラフィス、余計な気は起こすなよ。どのような事態にあっても任務にのみ集中しろと以前も釘を刺したはずだ。分かっているだろう……お前の抱えているソレは、我々の計画を確実に成功させる為の重要な欠片だ』
いや或いは、別の思惑の為に暗躍の動きを緩和させているのだろうか。
ラフィスという男が手に持つ通信機となった漆黒の魔石の向こう側から届く声は、何らかの報告を受けて一段落と椅子に背中を預けた様子の声色。
あたかも先走ろうとする者を
だが——
「奴等がコレの存在に気付いていると? 悲願の
魔石の向こう側から届く危機感を前に、ラフィスと呼ばれた男はイマイチと認識を共有できなかった様子で声を
「それよりも、アナタがそこまで警戒する敵方の策士と手駒が別れている今こそ、戦力を削る好機ではありませんか。駒が無い策士ほど、
『欲を出すな、ラフィス。油断が許されない敵なのだ……僅かな情報から、糸を
ラフィスは知らなかった。何故に魔石の向こう側に存在する仲間アーティーがそこまでの警戒を
彼は
『今頃は、お前との接触——聖騎士の動きの報告を仲間から受け、我々のバルピスの目的を含め、お前が持っているものの存在を気取られている恐れすらある……だが状況を見てコチラが手を出さなければ奴等から手を出してくる可能性も薄い』
『絶対にコチラからは手を出すな、これは命令だラフィス。そして友としての頼みでもある……奴等の事は監視役のガレッタとブロムに任せて任務に集中してくれ』
そんな実感の沸いていなさそうなラフィスに対し、魔石の向こう側からアーティーと呼ばれた男はラフィスに危機を伝えるべく語気を僅かに強めつつの力説を重ねた。
狩るよりも守らなければならない時——何やらと意味深な言い回しでコレやアレと称する物は、アーティーの口振りからも彼らの直近の敵よりも優先すべき重要な物なのは間違いない。
けれど、吊り目で細い眼を僅かに見開くラフィスにとって——
「……私より、新参のガレッタとブロムの方が適任と。あの顔を隠した女の正体を明るみに出来ればベルエスタの
さもすれば、アーティーの言葉の節々に滲む臆病から来ていると思える不安や杞憂の方が彼にとっては重大事だったのかもしれない。
『ラフィス‼』
すると、その言動に何かを察したアーティーの怒りが飛んだ。
今は冗談を言っている時ではない——その名呼びには、そのような想いと感情が
されども、足下の分厚い橋レンガの——経年劣化で砕けたのだろう欠片をラフィスは表情を変えぬ静やかさで蹴り動かす。
「——何度も言われずとも分かってますよ……そこまで信用頂けませんか、任務は確実に
それからラフィスは、ゴロリと
口にする言葉は神妙を装っては居ても、冗談の通じない堅物を笑うように
『……頼んだぞ。全ては、あの日の約束を果たす為だ』
「ええ。約束を果たすその日まで——我らの魂は一つだ」
まるで、心にもない事を語っているが如くの様相——しかし、それを
加えて仲間を信頼すべきかとも思い、或いは信頼を損ねている訳では無いとラフィスへ示す為にもアーティーと呼ばれた男は魔石越しに渋々と最後の警鐘を放つに至る。
そうして、黒い魔石が放っていた淡い光は途絶え、それを持っていたラフィスの腕はだらりと脱力して体にぶら下がり、場に訪れるは
やがてラフィスの首が持ち上がり、吊り目の細目が再び僅かに開かれて彼の視界に入るのは山橋の街バルピスの
「——…アーティー、アナタは変わってしまった。もうアナタは、私すらも信じてはくれないのですね。勇猛で大胆、仲間への侮辱は絶対に許さない……薄暗闇の中から我々を光へと導こうとしたアナタはもう……」
寂しげに嘆くラフィスは瞼の裏に似た橋の裏の光届かぬ闇を見つめ、やがて
それでも彼は、闇を
「これも魂の混合と変質のせいか……ならば成し遂げる他はない——待っていてください。アナタの……我々の
己が抱える自負心や信条、独善。
果たして誰も信じていないのは、誰の方であろうなどと聞くまでも無い。
「全ては——あの日の約束を確実に果たす為に」
冷ややかな細目の奧に灯る
これもまた、運命——
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