第95話 大河の流れの如く。5/5

——。

カトレアが、セティスの説明を受けて全てを理解しつつあったその頃、再びと視点をイミトらが居る平原へと移し、更に仔細詳細しさいしょうさいと語らう彼らの会話に耳を傾ける。


「まさか、魔王石を便利なにするたぁ……あの頃は想像もつかなかったよ。もっと後の話だと思ってた」


結論として語れば、彼らの敵の勢力がバルピスの街にて魔力を集める為に用いようとしているとしてに名が上がったのは、数日前——敵の手によって奪われていた事が発覚した災禍の結晶、世界に深き爪痕を残すように猛威を振るった


背中を預けていた椅子の背もたれから起き上がり、イミト・デュラニウスは今や昔の労苦を思い出すような面倒げな溜息を溢しつつ、先ほどのイザコザでテーブルにこぼれていた飲み物を黒い布巾ふきんを使って八つ当たりの如く拭うイミト。



「今しがた思い至れれば十分であろうよ。しかし、実際の所あり得るのか? 例えそれだとして奴等の狙いは魔王の復活ではあるまい」


そんな彼の何処までも貪欲どんよく自嘲じちょうに些かの呆れを鼻息として漏らしつつ、クレアはイミトらの推論に疑念を抱く。あくまでも未だ可能性、机上の空論でしかなく——何より、敵が魔力を集めたその先の目的が見えぬ事からも、推論は現実味を帯びず実感も湧かないのは道理なのだろう。



それは遠くのセティスを含めイミトもまた、重々と承知の上。


「ああ。レザリクスもは知ってるだろうからな、俺も魔王の復活なんて安直な目的では無いと思ってるよ……恐らく既に魔王石に残ってた魔力のほとんどはに移されたか使われてるんじゃねぇか?」


承知の上であっても、僅かでも可能性があるとするならば考えなければならない。敵の目論見、思惑に虚を突かれぬように。溢していた飲み物と共に倒れていたテーブルに置かれた盤面の駒をコツリと起こしつつ、思考するイミト。



「もしかしたらバルピスの街を発展させたとかいう……アーティー・ブランドなんかのに関わってた奴かも知れねぇな。アイツらに言いそびれちまったけど、まぁ良いか」


世界の全ての流動を掌握は出来ずとも、流れの行き先を把握しようとする心構え。結論を出したそばから次の局面についての想像を膨らませているようで。



しかし、そんな彼の生き急ぐような足並みを眺めつつも、


「——……ただの魔力を運ぶ道具となった空っぽの魔王石か……世界を恨みを抱いて生まれた行く末がとは滑稽こっけいな物よな」


ふと足を止めるように感慨かんがいける声色をクレアが漏らす。この世界に存在する全ての魔物に等しくそなわった核——魔石。


今はいびつな形であっても、デュラハンという魔物であるクレアもまた、当然とその事柄に思う所はあるのだろう。


彼女の性格をかんがみれば深く重い声を放ったその口から、それが直接的に放たれる事は無いのだろうが、かたわらのイミトはそんなクレアの想いを勝手ながら察し、密やかにまぶたとばりを降ろすクレアのりんとした横顔に視線を送った。



——もうすぐに、


「ま、そんな呑気のんきに言ってる場合じゃねぇぞ……俺が敵なら、そろそろコッチの方の駒も動かすからな、と——か」


「「「……」」」


平原に吹き抜ける寂しげな風に冷えて来たかとでも言うように座っていた椅子から立ち上がったイミトは、言葉をつむぎながらの最中さなか——に気付くに至る。



地平線の向こうから夜と共に訪れたような、。或いは



「アレは……か。個々に強い魔力は感じぬ。くだらぬな……数ばかりのに相違あるまい」


「それほどに、俺達をバルピスに向かわせたくないんだろ? ……いや、数から見ては別の可能性もあるな。ありがちなのは糸使いとかか」


その存在に気付いて尚と、二人は落ち着いた様子を崩さずに遠くから明らかに歩み寄ってくる様子の軍勢を観察しながら言葉を交わし、そして——



「ふん。そのように監視者の情報を明かしてまで慌てて駒を動かし、まるで大事な物がバルピスにあると語っておるようではないか。阿保らしい」



 「まだ手は出さないでくれよ。じっくりだ、夕飯の支度したくもしたいしな」


クレアは盤上の駒を白黒の髪を操って次々と起こして次回の大局の準備を始め、イミトは火の消えている焚火に向かって歩みを始めた。



「分かっておるわ。貴様の身体の事もある……貴様は早々に飯でも食って寝ておればよい」


「そこら辺は、とっくの昔にしてるさ。悪いが、頼むわ」



「——気色悪い。白々しい事をほざくな、阿呆が」


普段通りの平穏な日々、戦いこそが日常とでも宣うように心穏やかに薪を積むイミトと反吐を吐くクレアである。


「はは、そら見ろ。を吐いたって、にするだけだろって話——あ、そうだテメェ‼ さっきは勝手に好き放題言ってくれたよな、忘れてた‼」



「忘れておったなら忘れておれ、間抜けめ」


こちらの大河はささやかな、キャンプの日和ひより

本日は晴れて、太陽に隠された一番星が——いつものように不満を語る。


***


されどもコチラの大河はなのであろう。

幾度の雨が降りて膨れ上がり強まる濁流だくりゅう


「……アーティー、アナタは変わってしまった。もうアナタは、信じてはくれないのですね」


山橋の街バルピスの人気のない街路の暗闇に、聖騎士ラフィスは輝きを失った魔石を握り締めて吊り目な細目に寂しさを滲ませる。


だが——それもつか


「ならば成し遂げる他はない——待っていてください。の……うれいを、この私が見事に晴らして差し上げます。この身に宿るを用いてでも」


彼は闇を背負うが如く歩き出す。相も変わらず、反り返るように背筋正しく、背中の裏で手を組んで強き覚悟と野心を、その瞳に宿しながら。


***


或いは彼——黄色の髪をき上げて、

宿屋の一室のような場所で彼は覚悟を決めるように呟く。



「——メイティクス様。この街での作戦を見事に果たし、きっとアナタを今度こそ戦場ではない場所へ……必ずこの僕が」


遠く窓の先の景色を見据え、手に握り締めるはリオネル聖教の紋章があしらわれた首飾り。思い出の品。


さもすれば番犬の首輪、正義のかせ

アディ・クライドは切実な祈りを込めてそれを首に掛けて服の裏に様々な想いを隠しゆく。


***


そして、彼女ら。

「セティス・メラ・ディナーナ……アンタ、何を考えてる……」


不自然な程に緑あふれる家屋の一室で、魔女レジータは裏切り者の冷淡で無感情は瞳を思い出して不安に駆られていた。裏切り者が持ち込んだ、何の事はない手作りのクッキーが入った小箱の中身に、じっと視線を落とせども、その不安を払拭するには至らない。


「ダナホ……じゃあ私たち、仕事に戻るから。事情、話したくなったら教えてね? 力になれる事があるなら力になるから」


「……」


隣の部屋から、街案内を仕事とする少女の声が届く。しかし——声を掛けられた男は、ベッドに横になったまま彼女から視線を逸らして変わらず黙り込んだままなのであろう。


——何かが。何かが

漠然とした不安がレジータの心内を駆る。



「——ともかく各方面に監視を強めてアンタら、に向けて準備をしな。魔女の裏切り者は——あの子が投げ捨てたって奴を魅せつけてやるんだ」


「「「「「はい」」」」


それでも彼女は、この街の魔女のおさとして落ち着いた振る舞いで彼女の前に集まった若き魔女たちに指示を送った。


こうして運命は、まるで誰にも止めようがない大河の流れの如く抗う事も出来ぬまま、戦いの渦へと人々を巻き込んでいくのだろう。争いによって高騰する物価のように、些細な買い物のつもりで訪れたバルピスの街は誰が意図した訳でもなく今後の戦況を大きく左右する。


その行方を知る者は未だ、誰も居ない。


或いは——神ですらも。



断頭台のデュラハン9【狂騰きょうとう編】


~夢の大橋と三女の旅路~


完。

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