第92話 橋の下の出会い。3/4

——。


 それでも残されたデュエラを気遣い、いつまでも不審な行動を取ったカトレアの事ばかりに気を取られている訳にも行かない。



「迷子になったりしなければ良いのですが……もしや、この店構えがお気に召さなかったのでしょうか?」


街案内のリダは案内途中の店の埃っぽい木製扉を押し開きつつ、扉を押さえる役目をにないながらデュエラを中に誘い、カトレアの心を彼女なりに不安げにおもんばかる。


しかし飄々ひょうひょう


「そんな事は無いので御座いますよ。カトレア様もこの街にが居ると言っていたので、セティス様と同じで少し会いに行ったのだと思いますよ。セティス様が居なくなってからも、隠れて追い掛けて来ていた方が居ましたで御座いますし」



「え。そうなのですか……何故そのような——」


さらりと驚愕の事実をこぼしたデュエラに、驚きのあまり体を硬直させてデュエラの動きに引きずられるように首を動かすばかりになってしまったリダである。



だがその——否、を放ち終える間すら無く、


「それより店の中は少し暗いので御座いますね……あ、包丁なのです‼ 鍋などもあるのですね‼」


暗がりがさわがしい街並みから逃げ込んで来ているような店内の内装に一舐ひとなめ程に目をくばった後、直ぐにお目当ての商品の群れを見つけた少女はリダの戸惑いを他所にせわしなく駆け出していくのである。



「あっ……大きな鎧などもあるので気を付けてくださいねデュエラ様」


そして——街案内としてはあるまじきと言っても良いものか一人取り残されたリダ。消化不良の疑問に胃もたれでもしたように声に力なく息を吐く——だが、やがて仕方なしと彼女が顔を向けてデュエラより先んじて向かうは店の奧、店員が待ち受けているはずのカウンターであった。


すると、店への来客にようやく気付いたのか一人の少女が店内の奧に掛かった暖簾のれんを揺らしながら現れる。



『いらっさーい……アレ? リダ姉ちゃん』


その少女は、まるで猫耳のような獣耳をピクリと動かし、リダの存在に気付く。


「ああ、トラコ。ちゃんと店番してるのね。偉いわ」


 「へへ……いつもちゃんとしてないみたいに言わないでよ。それで? 今日はどうしたの?」


どうやら二人は知り合いのようで、親しみのある微笑みを交わし合い、会話を始めた。店のカウンターの裏側で店員として椅子に座って頬杖を突くトラコと呼ばれた少女は、そう尋ねたものの直ぐに商品棚の商品を夢中で眺め始めたデュエラの存在にも気付いた様子。



「コチラの旅人様が包丁などの調理器具をお買い求めたいとの事で案内させて頂いたの。カジェッタさんは居る?」


「その方様がで御座いますか?」


そうこうして居ればデュエラもまた、リダ達の会話が耳に入った事で我に返って振り返り、トラコの姿を黒い顔布越しにマジマジと見つめた。


歳は若く、背はデュエラより小さい——セティスと同じくらいだろうか、猫耳と短髪姿が相まって可愛らしくも活発な少年のような少女であろう。そんな印象。



「俺はトラコ。この店で働かせてもらってるんだ、宜しく。なんで顔を隠してるんだ?」


「こら、トラコ‼ 失礼でしょ‼」


そして何より、物怖じしない性格のようである。しばしばとハッキリとした発言によって幾度も問題を起こして親しげなリダを困らせているようなやり取りを魅せる事で、そう思えたりもした。



「あいあい。おーい、カジェッタじい。リダ姉ちゃんが客を連れて来たよー」


客前であっても変わらないトラコに頭を抱えて悩ましげに吐いたリダの溜息も気にせず、何ら反省も無い返事をした後にトラコは店奥に控えている次なる登場人物に声を張り上げる。



『——でけェ声を出さなくても聞こえてらぁ……今行く』


すると、返ってきた声色は野太く低い男性の声。



「他の客には腰が重いけど、流石さすがはリダ姉ちゃんだね」


軽快な口調で快活に喋るトラコとは違い、店奥から聞こえるのは不機嫌な金属が幾つか落下したような音響と、床が重さにきしむ音。



「……今日は酒を飲んでは居ないわよね」


 「ああ……どうだったかな……」


何だか不穏——店奥から慌ただしく荒れた生活音が響いてくる中で、店の奧で呼ばれた男をよく知っているのであろうリダは冷や汗を一筋流し、店員のトラコも歯切れが悪く苦笑いを浮かべる始末。


そうして店奥からの音が止み、暖簾のれんくぐって現れる骨太なドワーフの老人、小さな背格好ではあるが筋骨は隆々りゅうりゅう、年老いた顔や肌から想像も出来ぬ程に身の詰まったたくましい体格。


ふさふさの白い体毛——ひげなどは特に顔を半分隠す程に豪快に伸びている。


——【技】の賢人、カジェッタ。

彼は、そう一目で分かる程の風格をまとっていた。


けれども、


「……太陽にならって昼が過ぎりゃさかずきかたむけんのが常識だ。文句なら太陽に良いな、リダの嬢ちゃん」


何処か気の無い退屈そうな伏し目がちの眼差し、片手に持っていた酒瓶をこれ見よがしに魅せつけるように傾けて、彼はリダへと嫌味をこぼす。



「もう……飲み過ぎは良くないと、いつも言っているのに……」


ロクデナシ。酒瓶の中身を飲みながら現れたカジェッタの嫌味にリダが漏らし返した言葉には、まるで駄目な父親に呆れる娘の如き感情が滲んでいるようで。



「ふん……それで? 客つーのは……嬢ちゃんか。これまた、を連れて来たもんだなリダよ」


だが、そんな親身になった忠告もむなしく再びと酒瓶を傾け、カジェッタは目つきの悪い眼差しをリダの連れて来た客に鋭く向けて、首を傾げて様子を伺っていたデュエラが隠す気配に瞼を閉じて静やかに目を逸らす。


「……え?」


「リダから、あのくだらない【】の話でも聞いてきたんだろうが、ここに戦いに使えるような武器は置いてねぇぞ。鎧はあるが、もう随分と昔に作ったもんで節々ふしぶしびてる奴しかありゃしねぇし……嬢ちゃんのを見りゃ重装備は求めてねぇだろ」


年月を重ね、生き永らえて積み重ねた経験からか——何もかもを悟った様子で語り始めるカジェッタは、カウンター裏から店内に歩き出し、近くに置いてあった椅子へと座り俯き気味に息を吐く。


人生にウンザリとしたような重い、重い息だった。


しかしながら見当違い、


「違いますよ、デュエラ様たちは旅に使う包丁などの調理器具を探しておられるのです。武器作りは止めても、鍋や包丁はまだ作ってるんですから、少しは愛想よくしてくださいよ、カジェッタさん」



「そうなのかい。愛想なんて昨日の酒と一緒に吐いて来たさ、ションベンと一緒にな。調理器具なら暇潰しに適当に創ったもんだが、そこらにあるのを好きに見繕みつくろいな、勝手に値段を書き換えたりはするなよ」


デュエラという底知れぬ少女の気配に気づいた事そのものは、確かに大したものかもしれないが、それでも未だ足りない。被害妄想、強迫観念に取り憑かれた様子のカジェッタをいさめるリダは此処に案内する事になったデュエラの目的を代弁し、そして、



「カジェッタさん‼ すみませんデュエラ様、本当は良い人なんですが……酒が入るとどうも——デュエラ様?」


態度が悪いが知り合いでもあるカジェッタの為にも憤り、何よりデュエラが不快にならないように代わりに慌てて謝罪を送る。


それでも彼女もまた、まだまだと



「——この店は、良いで御座いますね。これらは、良い物なのです」


彼女は、どうでも良かったのだろう。諦観の吐息など、慣れたもの——不貞腐れた態度などまるで日常とでも言わんばかりに平々と、弱者の藻掻きなどには特に微塵みじんの興味もない様子。


「そこのドワーフの人間様はで御座いますが、この店にある品が良い物なのはワタクシサマにも分かるので御座いますよ」


ただ結果——己の目的を果たせるか否かのみが、デュエラという少女にとって何よりも優先すべき重要な事。


「「「……」」」


それを、彼女らはまだ知らない。知るよしもないのである。

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