第92話 橋の下の出会い。2/4


山橋の街バルピスの裏通りは中央橋商店街のショッピングモールのような風景に彩られた繁華街はんかがいとは、また一味違う都会的なおもむきを魅せていた。


「この街は……本当に街ですね。あ、いえ——悪い意味ではなく、とても橋の上に作られている街並みには見えない物で」


そうカトレアに感嘆の口振りで言わしめさせる程に平穏な整備された公園のような風景——全てが橋をモチーフにしている事に変わりは無いが、積み荷を乗せた小舟の一隻が悠々と流れられるくらいの幅がある水道が張り巡らされ、緑の芝生が人工的な建築物に疲れた目をいやす。


気になっていた天井代わりの上層の橋が与えてくる圧迫感も、慣れてきた今となっては高低差を考慮に入れて吊るされている——柔らかい光の放つ照明の位置によって産み出される目の錯覚で気にならない程にいろどられ、雲の上の夜空のように街の不安をなごやかに包み込んでいるよう。


カトレアの言うように、まさに地上——もしくは地下にさかえた大地に支えられた街のようにしか見えないのだ。


しかし、やはりこの街は橋の上。


「ふふ。確かに、ここ十数年で街は大きく発展しました……全ては、一人の魔女と三人の賢者の影響によると、街の住人達は語ります」


街の住人である街案内のリダは、旅人の偏見を微笑ましく眺め、そう考えるのも無理は無いと歩む街の景色に想いを馳せながら少し遠くを見るような眼差しで語り部の如く歴史を紐解き始めるように声色をほんのりと薄くする。



と……ですか」


「ええ、十数年前——この街は元々から、ドワーフ族と人々が手を取り合い、古から受け継いできた街でツアレストの東西を繋ぐ拠点の一つとしてそれなりににぎわいを見せて居ましたが、山と山を繋ぐ街という言葉で想像できるような、もっと簡素な街だったのですよ」


まるで御伽話おとぎばなしのような文言を気に掛けて尋ねた旅人に、少し得意げに感慨深くリダは語り始めた。


それは——この街に起きた一つの変革、奇跡の物語。



「ある時——この街の生まれであった魔女の一人が修行を重ねて帰郷し、足をわずらって移動に苦しむ街の老婆を見て言いました」


『この街は鹿の住む街に違いない。山の頂上から頂上に橋など作って何になったという——子供は遊んで橋から落ち、腰を折る老婆は渡れず死んでいく。この街を変えてやろう』


今や結果として称賛にあたいする美しい街並みを作り上げた住人が馬鹿だとは思えない。そういった口振りで機嫌よく鼻歌でも歌うように旅人を案内しながら水道をまたぐ橋を歩むリダ。


「そう言って魔女は街の住人に訴えを始めます。けれど誰もが彼女の途方もない夢の話に耳を貸さない……しかしそんな中、彼女の話を聞いて動きを魅せたのが三賢人だったのです」



「「……」」


語り部のリダの背後を車輪の付いた荷車を軽々ときながら追う旅人の二人、デュエラとカトレアはリダの話に耳をかたむけながらも、今や変革を遂げた街の過去を思い返すような不思議な郷愁きょうしゅうを感じている様子で。



「街で一番の人気者、【さかえ】の賢人は言いました『それは面白い。私もこの街に住んで長いが、そろそろと飽きてきた。恐らくこの街を訪ねる者たちもそうに違いない』そう言って【さかえ】の賢人はを集めます」


「街で一番の職人、【わざ】の賢人は言いました『なるほど面白い。魔女の知識と俺の技術が組み合わされば、凄い物が出来るだろう』そう言って【わざ】の賢人はを集めます」


「そして街で一番に強かった【ちから】の賢人は言います『私も常々、思っていた。なぜ橋の下に入ってはならぬのか、橋の下を開拓すれば街の発展に苦労をせずに済む』そう言って男は橋の下を開拓すべく武器を取り、今も橋の下に潜む多くの魔物を払う為——独りで戦っている」


それほどに、リダの語り口は聞き馴染みが良く——まるで詩のようだと彼女らは思ったのだろう。そして語り終えた物語の本の表紙を閉じるように立ち止まり、きびすを返して演劇を一つ演じ終えたが如くスカートすそを小さく持ち上げて長話に付き合ってくれた旅人に礼を贈るのである。



「これが、この街の発展のいしずえ——語り始められたばかりの童話です」


「へぇ……なるほどなのです。昔、ハハサマが聞かせてくれた御伽話を思い出したのですよ……御話が御上手なのですね」


旅人の二人とも顔は見えずとも感心している様子で、かもし出すは穏やかな雰囲気。

それは話の内容自体が云々うんぬんでなく、リダの人の良さ——街を想う気持ちが如実に伝わったからかもしれない。そのような風体である。



「ふふ、よく養護施設の小さい子たちを寝かしつける為に読み聞かせなどをしておりますので。長い話に付き合わせて申し訳ありませんでした」


「という訳で到着いたしました。ここが、私のおススメの店……【技】の賢人が品をおろす武具店で御座います」


そして実は、そこに至るまでの暇潰し——或いは前説であったとでも言うように、立ち止まってデュエラらに振り返ったリダが掌を動かす仕草で示したのは道の先、


並び立つ住宅のような家屋や丁寧に整備された公園が避けているようにポツリと佇む


「え、たった今しがた話に出た方ですか? 御伽話になるようですからてっきり……まだご存命で?」


「はい。今も——まぁ、現役で街の整備や鉄製品を作っていますよ」


だがカトレアは案内された建物の異質な外装よりも、リダの放った言葉を気にして心を惹かれたようで、何の心配もない微笑みの表情で対応するリダと細やかな会話を交わす。


「なんだか……周りと比べると古びた建物で御座いますね」


一方で、話半分に聞き耳を立てながら先んじて革新の街並みにポツリと浮いた経年劣化のレンガ調の建築物を眺め、違和感を口にするに至ったデュエラ。


すれば、そんなハッキリとした素朴な物言いに些かの苦笑。



「はは……この店は、私が生まれる前から街の発展を眺めてきた古い建物のままですからね。私個人はおもむき深くて好きなのですが。では——入りましょうか」


それでも案内を止める事は無く、カトレアとの会話を終えたリダは再び歩みを進めてデュエラ達をさびれた物悲しい雰囲気を帯びる建物の木製扉に向かおうとした。


——しかし、その時だった。


「あっ、っと……申し訳ない。その前に私は少しに行っても宜しいでしょうか。少々、もよおしてしまって」


ふと思いついたかの如く、或いは見計らった様子で唐突に、一番最後尾に居たカトレアが声を上げ、トイレに向かいたいという暗喩を用いた表現で遠回しに場を離れる進言を行う。


あまりにも唐突な事だった。そして些かの不審な挙動。


「え、ああ……でしたら店の中で貸してもらえるように——」


それでも善性の濃いリダはカトレアの体調を真っ先に慮り、カトレアが単に案内を求めたように思ったのだろう。彼女は知り合いも居る店の入り口間近で顔を左右に振り、カトレアの手伝いを試みようとした。


けれども——


「いえ。リダ殿はデュエラ殿と共に先に店の中で。直ぐに戻りますから‼」


 「あ……でも」


そんなリダの提案も途中で遮りながら少し慌てた様子で、リダに制止をさせる隙も無くカトレアは彼女らに背を向けて街の路地に向けて走り出したのだ。


そして——

「——大丈夫。行こうなのですよ、リダ様。イミト様への一番大事なお土産で御座いますから、ワタクシサマ、じっくり時間を掛けて選びたいので御座います」


そんなカトレアの不審で唐突な変化に対し、彼女の仲間であるデュエラは未だカトレアの背に戸惑いの表情を向けているリダの腕を軽くつかみ、意識を己へと向けさせる。


「え、ええ……はい」


黒い顔布の裏は天真爛漫な笑顔なのであろう——されどもリダ側から見えぬ表情は、やはり黒の一色。


未知なる謎の不安が不穏に撫でられ、またも少しざわつき始めたようにリダは、デュエラに捕まれていない片方の腕で己の胸の鼓動を確かめるのであった。

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