第89話 進歩する街。3/4


けれども、恐らくその少女のが語られるのはもう少し先、さもすれば山橋の街バルピスでは無いのかもしれない。


きっと彼女らも無理に尋ねないのだろう。

何故ならば、それよりも今、が他にあるのだから。


「エレベーターの中にも店……向こうのカウンターは? まさかエレベーターの中に迷子の受付所がある訳じゃないよね」


その一つが、まさしくであった。階層エレベーターの中に入り、否——単なる昇降機に入ったとは思えぬ程の敷地しきちの広さに際し、さしものセティスも理解出来ぬ状況に眉をしかめて。


そこにあったのはエレベーターの一角で、雑貨から食料品まで売っていそうな幾つもの屋台が立ち並ぶ光景。そして何やらと遠くの方に見える施設らしき物の存在。



「ああ、向こうは未だ使われていないの受付所ですね。このエレベーターは山橋の街バルピスにおいて最も古く最も巨大な橋の支柱を利用して作られておりまして、今はまでしか駆動できておりませんが、いずれは地表にまで繋げて山登りが必要な街の出入りを少しでも楽にすべく、日々研究やが進められているのです」


その説明に至りつつも、一行を更にみちびきエレベーター内に空港のベンチのように並ぶ窓際の椅子までリダは案内を進めた。加えてしばらく階層エレベーターが動き出すのには時間があると暗に示し、一同に椅子に座るように勧めるのである。



「なるほど……確かに地上との交通が便利になれば、この山脈に別たれた東と西の貿易も増々とはかどる事でしょうね。店や個室などがあるのは観光客や、政府要人、貴族などが行き来するを見据えての事ですか」


やがて動き出すエレベーター。近場に座っている現地住民であろう街の広報新聞を読む中年男性を気に掛けるデュエラをたしなめつつ、カトレアは未だ巨大な柱と機械的な景色しか見えてこない大きな窓に目線を送る。


——すれば、いずれは見えてくるのだろう。


「はい。今はまだ技術や予算、地理的にもがありますが、いずれは山に閉ざされながらも発展を遂げゆく街の光景も広く、より多くの人の目に触れるようになるのです。足腰の弱い人も、簡単に街の外や中へと行けてを感じられるような……そんな街に」


ゆっくりと遠い目をするリダが目を細め、兎耳をピクリと動かす程にまばゆい太陽の光が地中、建物の外へと押し昇るエレベーターの窓からあふれ流れて、——パルピスでの人々のいとなみや壮観な情景が溢れんばかりに見え始めてきて。



「そう……ね。さっきとか言ったけど」


橋の坂で荷車が転がり行かないように大人たちが押さえている傍らで子供らが駆け回り、エレベーターの窓に向かって手を振った。不便な事は未だ多々あれど、それでも尚と息づく生活。


無表情ながらも感心の胸中が滲み出るように、或いは滲み出ないようにセティスは瞼を静かに閉じる。


するとリダが、そのセティスの反省に自虐的に微笑んで、



「はは……まぁ、ここまで豪華にする必要は無かったのではともあることは事実です。観光誘致かんこうゆうちの名目で相当の予算が注ぎ込まれていますので」


職務中ゆえに張り詰めさせていた肩を小さく脱力させ、一市民として街の政策に賛成はしつつも客観的に見た感想も理解できると言った風体も魅せるのだ。



「……ここから見ても街は広いので御座いますねー。人も沢山で……ミュールズやロナスも大きいとは思っていたので御座いますが」


同じく窓の外の移り替わる幻想絵画の如き街並みを眺め、感心が息と同時にれるデュエラは自然と少ない経験の中から比較を見つけつつ釘付けになったように外の世界を幾度いくたびも実感する。


しかしそんな折、ふっとセティスが気をまぐらせて。


「お菓子が売ってる。デュエラ、食べる?」


 「え。あ、あの……ワタクシサマは」


近くの売店に目を付け、傍らに居たデュエラに声を掛けつつ椅子から立ち上がる。

だがデュエラならば望むだろうと利かせた気は、彼女に戸惑いと迷いをあらわにさせて難色を示させたのだ。恐らくは先ほどの屋台での一件が尾を引いているのだろう事は容易に想像できる事であった。



されども、

「お菓子でしたら、がオススメですね。商店街でも人気の店が出張しておりまして、値段も個人業者よりも安定しております」


「観光でお金をしむのは。取り敢えず、私が気になったから食べる事にする……カトレアさんはどうする」


その事を知らぬリダは兎も角、セティスは平々とその事実を鑑みずに話を進め、もう一人の仲間にも問い掛けた。


「いえ……私も甘い物は遠慮しておきます。何か飲み物でもあれば頂けますか?」


 「了解。なら少し行ってくる、待っていて」


カトレアも、そのセティスの意を組んでか敢えて直ぐにはデュエラを気に掛けずに会話を重ね、売店へと向かうセティスを見送った。


すると、漏れ出でるは小さな失望のいななきか。

「あ……」


何やらと言いたげに、或いは物欲しそうに颯爽さっそうと歩きゆくセティスの小さな背に向かう視線。それは顔を隠す布越しであっても明白で、そこでようやく事前に予測できていたかの如くカトレア達は彼女を気遣うのである。



「ふふ、デュエラ殿も行かれますか? 菓子を食べたくなくとも色々と見て回るのも良い勉強ですよ、ほら」


「あ……はい、なのですよ……」


今度はカトレアから差し出された手——少女は、好奇心と自制の狭間の葛藤を見通された様相で照れ臭そうに、内心では嬉しそうに、その手を取る。


——。


 そうして、街案内のリダは余りに流暢りゅうちょうに言葉をつむぎぎ始めた。


様々な雑貨が売られた売店の隣——特設ステージの如きガラスのショーケースの中で色鮮やかに並ぶ様々な菓子は、淡い照明に照らされてだと誇るように彼女たちを迎え入れていて。


「コチラが、土産物として人気の。一般的なですが、香りづけに地域特産の香草や果物を使っておりまして爽やかな香りが味わえます。日持ちも良いので旅などの非常食にもなりますよ」



「それから、コチラので保存期間は短いですが個人的に味でオススメしています。コチラも地域特産の豆をいて粉にして一度液体にしてから固形化した物でして、口の中の体温で徐々に溶けていく際の風味は面白いです。砂糖などの甘い物が苦手な方の為に甘さを控えめにしたものも用意されてますね」


自治体の地産地消に貢献すべく商魂たくましいとも言えそうな観光案内、敢えて紹介された菓子が何かと翻訳するならば、クッキーか或いはマドレーヌ、チョコ菓子。どれも様々な形で趣向をらされたを感じさせる品々でありそうではあった。



だが更にリダは慌ただしく次に何を紹介すべきかと店内を見回し、


「後は……コチラ。砂糖を原料に特殊な製法を用いて作られた虹色のあめ菓子は、フワフワと綿わたを集めたような見た目ですが、コレも口の中で溶けて色に応じた味や香りが楽しめます。バルピスの街に掛かる雲の欠片と粋に評する方も居る人気の商品です」


やがて小さな紙のカゴに盛られた一口大の球体で虹色かと見紛みまごう程の色味を帯びる綿菓子わたがしも勧めるに至るのだ。


何の悪意も無い、単なる善意の圧倒。

そんな微笑みがリダの表情に如実に浮かんでいて。



「ほう……色々と味や大きさなど種類が多いですね。選ぶのにも骨が折れそうです」


甘い物を求めてはいなかったカトレアにすら興味を持たせるくらいの饒舌じょうぜつ。ガラスのショーケースは、まさしく大道芸を魅せつけるが如く彼女らの視線を踊らせていた。


「確かに、値段も少しは良心的……なのかは分からない。元々の相場が知識の外……基本的に出店以外で買い物した事は無いし。こういう、のは特に」


カトレアやセティスですら、こうだったのだ。

——なれば彼女の様子は如何いかなるものだろう。



セティスはいささか、夢中に品定めていたショーケースから視線を外し背後に居るだろうに問いかける。


は何が良いと思う?」

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