第89話 進歩する街。2/4

***


「——それでリダ殿、あのような列車に乗ってに我らも行くのですか?」


だが、未だ『』の状況。得意げにリダが説明した乗り物を見て、些かとしびれを切らしたように尋ねたのは、これからの己らの行く末。


知らぬ街、知らぬ景色。なれば街に詳しいリダに任せるべきとは思いつつも、新たな街の景色が駆り立てる好奇心によって限られた時が無用に浪費されている気さえし始めいて。


すると、そんなカトレアの無意識の性急に、


「ああ、いえ。まだ向こう岸に行くのは早いかと思いまして、この街の名物である他の乗り物を。まずはそこに見えます階層エレベーターで最上層の橋の上に向かいましょう」


違う視点とはいえ、自身もまた街観光に夢中になっていたとかえりみ、少し申し訳なさげに言葉を紡ぐ兎耳。再びと止まっていた足をカツリカツリと動かし、歩んできた通路の先に顧客こきゃくらをみちびく言動をこなした。


? で御座いますか?」



「階段を使わずに上層に向かう為の乗り物ですよ。魔力を燃料に足場に仕掛けられた魔道具が駆動し、自動で上層に昇ります。


 などでは珍しい技術でもありませんが、に解放されている階層エレベーターは比較的に珍しいですね」



さればやはり聞き慣れぬ新たな文言に、素朴な首をかしげるデュエラ。しかし、その問いに対する答えを放ったのがカトレアであれば、と違ってツアレスト王国にその乗り物は特段と珍しい物では無かったのだろう。


通路を歩き進んだ先に広がる光景は、街の入り口である関所の洞穴広場とは違った喧騒——日常使いで人が行き交う駅の構内のような只広い構造。



「そうですね。仰る通り、やはりこの街の観光の醍醐味だいごみが評価されてる部分が大きく、一日中エレベーターに乗ったまま景色を見て過ごす観光客の方も居るくらいです。もう少しお待ちください」


街に住む者たちの声が多くなってきた場所に辿り着き、行く先を身振り手振りで先んじて示唆しながら説明を続けて、リダは目的地であるエレベーターホールへと向かう。


「ほへぇ……周りのサマも、そのエレベーターというのを待っているので御座いますか?」


チラリホラリとうごめく人の群れ、その多くが一様に足を止めて何かを待つように佇んでいるのがエレベーターホールなのだろう。だが、その眼前にそびえるは見上げ続ければ首が痛くなるのが容易に想像できる程に巨大な門の如き障壁——デュエラには不思議でならなかった。


何故、わざわざと門の前で門が開かれるのを待っているのかと。

誰も門を叩き開く事を要求している様子も見えず、ただ待ちびていて。



その光景が、些かと異様に思えているのである。


「——……そうみたい。デュエラ、ここからは人も多くなるから、はぐれてにならないように手を繋ごう」


故にキョロキョロと動くデュエラの顔布越しの視線、傍らのセティスは横目を動かし彼女が何を考えているかを思考しているような色合い。そしてかくと想像を是正するより見るがやすしといった風体で息を吐きつつ、デュエラが事細かに聞いてくる前に彼女の気を逸らすように手を差し伸べるに至る。



「え? あ、はいなのです。では、カトレア様も」


 「あ、え? いや——私はその……」


そして次はデュエラがカトレアへ、何の違和も無く連鎖するように手を突き出す。カトレアは、さぞ戸惑った事だろう。何の脈絡もなく突然と、自身にもいた幼子おさなごの扱い。



「嫌なので御座いますか? 迷子になったら大変なので御座いますよ?」


その戸惑いの理由が分からず、無垢なデュエラが首を傾げる。



大人としての自覚、手など繋がずとも迷子にはならぬという自負。

デュエラの迷子を防ぐ為というのなら、その行為はセティス一人で事足りるでは無いかという合理的な思考が、些かとデュエラへの回答を躊躇ためらわせる。



だが尚も、差し出されたままのデュエラの手。



「ああ……いえ、人前で少し気恥ずかしい事だなと思っただけでして、その……はい」


下手に対応を誤れば、あらぬ誤解を与えてしまうかもしれない。

諦め混じりに己の手汗を衣服にこすり付けてぬぐい、カトレアは仮面越しで分かりづらいが照れながらデュエラの手を取った。



こうして、デュエラを真ん中に繋がる旅行者三人。

がたから見れば仲睦なかむつまじく。


「——ふふっ、仲が宜しいのですね皆様。その……失礼ながらセティス様以外は顔を隠していらっしゃいますし、難しい事情がありそうだと印象めいておりましたので、この街を楽しんで頂けるか不安ではあったのですが」


未だ閉ざされたままの巨大な門の階層エレベーターを待つ最中、待機中の暇潰しにでもなればと街案内のリダが微笑ましくクスリと笑み、会話を投げかける。



すると、それに乗ったのはリダの一番近くに居た魔女セティスであった。


「……確かには無い訳じゃない。でも、この街で面倒事を起こす気はコチラには無いから安心すると良い」


「不快に思われたならすみません。あまり他人の事情に首を突っ込むのは良くありませんでしたね。悪いくせが出てしまって」



無感情で冷淡に、静やかに言葉を返し己のペースを一切と崩さないセティス。

リダは少し困りげに自身の不意の発言を省みて眉を下げる。



「世話好きのお節介は悪い癖でもない。してこなければ、むしろ有り難い事」


「……その口振りは批判的に聞こえかねませんよセティス殿。申し訳ないリダ殿、セティス殿が少々失礼な物言いをしました。


 我々はリダ殿を恩着せがましいと思っている訳では無いのは理解して頂きたい。旅の性質上、あまり我々の事情に踏み込まれると困るという意味で……」


淡々と、淡々と、感情の分かりずらいセティスの対応に呆れの吐息を吐き、まるでリダに感情移入したかの如く会話に参入するカトレア。直ぐ様と時と経験を重ねねば誤解を招くセティスの表現を代わりに訂正し添削てんさくし、節介を焼く。



「え、ええ……うふふ、分かっております。それに余りある対価を貰っての事ですので、恩を返すべきなのはコチラ側……皆様が快適に街観光を過ごせるように最大限、務めさせて頂ければ幸いです」


真実はどうなのか。カトレアの訂正があっても尚、否定も肯定も無く表情をくずさないセティスへチラリと視線を泳がしたものの、リダはカトレアへと笑み、己の想いだけを告げるに留めて。


些か、気まずい空気が流れようとしていた。


そんな折——

「——……皆サマ、下からが来るのです」



「あ、来ましたか。階層エレベーターですね……皆様、にはまだ入らないようにお願いします」


一同の中心、真ん中で一人、黙り込んで俯いたデュエラが唐突に神妙な声を漏らせば、ようやくと待ちかねた時が訪れて、聞こえ始めた腹の底を震わせるような重厚な機械の駆動音の傍らでリダが注意を促すのだ。



目の前の巨大な門はカラクリ仕立てに仰々しくスライドパズルの如く開かれて。


「——⁉」

ゆっくりと、ゆっくりと、多くので吊るされながら昇ってくる階層エレベーターの登場の雰囲気を盛り上げる。



「これは……またな」


その大きさを例えるならば、スーパーマーケットの店舗丸々一つ——或いは、百貨店のワンフロアくらいであろうか、山に掘られた巨大な空洞から昇ってくるは、あまりにも巨大で初めて見る者たちを圧倒する雰囲気をかもし出している。



「建物一つ、無駄に大掛かり。もうかなりの人が中に居るね」


そう呟いたセティスは言うようにスライドパズルの如く開かれた門の先、昇って来たエレベータ自体の扉が開けば、中には既に人の群れ。


降りようとする者や、まだ上を望み長い移動時間を退屈に感じている者たちの様々な表情が窺える。


刹那——感じ取る異変。


「——沢山の人が入った箱が昇って来たのです。これは……」


 「デュエラ?」


 「デュエラ殿?」


繋がれた手の先から僅かに感じる違和感。震えるな無意識で強く手と手が握り直されて。



「あ、い、いえ……何でも無いのですよ、少しビックリしただけなので御座います」


その異変に際し、異変の原因であろう少女は名を呼ばれ慌てて不変をかたる。

明らかな動揺、一見すれば登壇したエレベーターの重厚な雰囲気に、或いはその中の人の多さに圧倒されたかに思えた。



しかし、

「さぁ皆様、中に入りましょう。我々はこれで最上階まで向かいますので」


「はい、いま行くのですよ……御二方サマも急ぎましょうなのです、楽しみで御座いますね‼」



のだ。さんざめく群衆の喧騒に紛れ、分かりにくくはあったものの手を繋いでいたが故にハッキリと分かる。


リダの先導と明るく持ち直した様子のデュエラに手を引かれ、歩みを急かされるセティスとカトレア。


彼女らは垣間見た気がした。


「「……」」


未だ語られていない、無垢な少女が抱くを。

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