第87話 初めてのお使い。3/4
そのような思惑が今更ながらと語られた頃合い、山脈の上に築かれた山橋の街バルピスの飛行場入り口の関所にて覆面の魔女セティスは、多くの兵士に囲まれ警戒の視線を浴びながら街への入場の手続きを行っていた。
「これは——確かに、ロナス領の公的な書類だ。偽造されている様子も無いが……」
「何か問題が? 急ぎの仕事だから、急いで山を登っただけ。ここに来るまでの手段と所要時間は法律で規定されてないと聞いている。従者である連れを含めた上で魔女界との盟約も守り、街の出入りを早く許可して欲しい。滞在予定は一日、一晩をこの街で過ごしたら早々に出ていく」
数枚の折り目の付いた紙の束を確認する役人の眼鏡越しの不信を、無機質無感情な事務的な問答で押し返すセティス。そんな強権的なセティスの要求に困りげに眉根を歪めて、
「前例のない速度と尋常ではない魔力放出で街の結界が乱れた上に、ソチラはおかしな出で立ちだ。コチラが警戒するのも許して欲しいな、ただでさえ最近の近隣の様子が物騒なのだ……念の為、顔を隠しているお連れの二人の身分くらいは明かして欲しいが」
目を通し終えた紙の束を机の脇に流して机の上で手を組んだ役人は、神妙な顔つきで徒労の息を吐きつつセティスと一度だけ目を合わせて、そして背後——セティスの交渉の結果を退屈そうに待つ他の二人に目線を流した。
今は覆面の魔女セティスは覆面を外しているとはいえ、確かに同行する仲間の二人は布と仮面で顔を隠し、明らかに怪しい身なり。
街の治安や秩序を守る一人として、或いは責任を負いかねない立場の者として、二つ返事で街への入場を許可する事は出来ないのも容易に理解できるというものだろうか。
だが——彼女たちが、そんな役人の立場を
「それは守秘義務が発生する事案……この街での滞在中——私たちが原因で起こった損害があればロナスの領主が責任を取るという念書もあったはず。
あくまでも何も開示せずに要求を押して押す構え。淡々と己の要求のみを伝えるセティスの輝きの無い瞳に、やはり揺らぎは存在せず、一役人では到底と逆らう事が出来なさそうな後ろ盾の気配もハッキリと匂わせる。
それでも、タダで役人も引く事は出来ないのだろう。それほどの怪しさを彼女らが持ち合わせているのだから。
「……一人の魔女に依頼するには、あまりに丁寧な対応に思えるのだがな。依頼内容については開示できるか」
「依頼内容の詳細についても開示する権限を持たない。ただ、目的地はジャダの滝近郊——バスディゴの砦」
しかし気まぐれのような風向きは変わるものだ。相も変わらない事務的なやり取りではあったが、セティスが漏らした僅かな情報——とある場所を示す二つの地名には、多くの意味が
「——バスティゴか。ふむ……良かろう、ガイドは?」
周辺の政治情勢、権力者の念書、前代未聞の登山速度。ありとあらゆる異様が、点と点で繋がったかのように役人は僅かに態度を変え、勝手に何かを察したように一考した後で机の上の資料などを整え始めた。
その様子に、セティスは勝利の息を静かに吐いて瞼を閉じる。
「宿屋への案内と、旅の支度の案内に一人。ソチラが望むなら監視役でも何でも」
「ふぅ……了承した。これが三人分の滞在許可証と旅人向けの注意書だ、期限は明日の昼まで。期限が切れた場合、或いは注意書きに記載されている行いや常識に反する悪行をした場合、
関所の役人もまた、一仕事を終えて緊張を解くように首元のネクタイを
「わかった。迅速な対応、感謝する」
その光景の中、それでも尚と警戒の視線を送る街の兵士たちの物言わぬ気配の圧力に、セティスは辟易と横目を動かし、暇を持て余す。
***
そして、緊張の一幕は一旦と幕を閉じて。
「……税関との交渉手続き、お疲れ様です。如何でしたか、様子は」
レンガ調のトンネルで補強されている山への入り口前、関所の事務所から仲間の下へと向かうべく歩み出てきた鉄面皮のセティスに歩み寄り、女騎士カトレアが
「うん。普通に警戒はされてる、滞在許可証は無くさないように各自で身に着けておいて。それから勝手な行動も程ほどに」
ひそひそと小声でセティスの耳元まで
「まぁ——むしろ、良く通してくれたものだなというのが私の感想です。幾ら魔女としてロナスの領主から直々に依頼されたと言われても」
すれば、かつてはツアレスト王国の姫の護衛隊長を務めていたカトレアが、その役職の経験ゆえか呆れた様子で溜息を吐き出し、関所の対応に違和感を漏らしつつも一応は安堵といった複雑な面持ちを魅せ始めて。
「普通は信じない。ここに来るまで普通であったり、目的地の話が無ければ」
まぁそれはセティスにも理解は出来る事ではあるのだろう。薄青髪を揺らして世の中を達観するように瞼の
けれど、結果は素通り——その理由もセティスは理解している。
故に意味深に、彼女は淡々と街の入り口に歩み出すのだろう。
「——それは、どういう……デュエラ殿?」
その意味を彼女の背を反射的に追って問おうとしたカトレア。されど、少し離れた場所で街の入り口周辺を興味深げに顔布の裏に隠れた目を顔と共にチラチラと動かすデュエラに気付き気にして、何を見ているのかと穏やかながら疑問調の声を掛ける。
「あ、はいなので御座います‼ すみませんなのですよ、少し気を取られてしまっていて」
彼女にとっては、ここにある全ての物が初めて見る異様であったのだろう。
しかし、そのイチイチを教えていく程に居心地の居場所では無い。
「……さっきの税関役人の様子から、ジャダの滝での戦いは
未だ顔を隠す不審な旅人たちに怪訝な視線を送るような気配を肌で感じつつ、セティスはデュエラからカトレアへと視線を戻して歩みを再開しながらに言葉を
「山登りの道でも何組か見掛けてたけど、街を出ていく数の方が明らかに多い。これは多分、ツアレスト南部の危機を察して避難しているんだと思う」
何故に、何を想い、何を
ジャダの滝で起こっているという戦火の忌々しい熱が、この離れた街にも伝わり始めているのだろうと。
「——確かに言われてみれば列を成している商人たちの顔に遠目で分かりにくいですが苛立ちと疲れが見える気も。宿を取らずに野宿をしている者が居る様子も有りますし」
それを聞き、カトレアも改めてと街を見る。己らが飛んできた橋の上から少し離れて、登る者と降りる者が衝突しないよう、同じく崖に備えられた降下用の途切れた橋での人々の動きを遠目で見る。
そしてセティスと共に横並びで歩き、開かれた門の奧のあるトンネルを通り過ぎながら街そのもの雰囲気——人々の顔色や、路上の端で座り込む人々の顔に目を配るのだ。
「商人たちだけじゃなくて、税関の役人たちも普通の住民たちもそうだと思う。ピリピリしてる感じ……恐らく大勢の移民のせいで普段の生活必需品や生活環境が圧迫されているのが原因と推察する」
「……なるほど。幾ら巨大とはいえ、高地に築かれた橋の上の街ですからね……直ぐには居住地も増やせませんし、貿易の経由地であるとはいえど備蓄している食料にも限界がある」
故に重苦しい未来の不穏、現在の憂慮に引きずられるようにカトレアとセティスの声色は真剣みを帯びて声色も神妙に重苦しく染まっていく。
だが——彼女は違った。
「あ、あの……御二方サマ……ワタクシサマ、その……」
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