第87話 初めてのお使い。2/4


安穏とは掛け離れた思惑——その発想はまず、己だけの視点ではなく相手方への感情移入、物事を客観視しなければ生まれ得ないものだった。


「敵側の立場になって考える。俺が奴等だったら、ロナスの街でのを受けて、相手はミュールズでは未だ不確立だった俺達とツアレストの協調が確実な物になりつつある事を恐れる」


簡潔に理解を得られるよう、わざわざと丁寧に遠回すような言説。

——敵。現状、ツアレスト王国内で暗躍する一派、イミト達とも敵対関係にある勢力に対し、相手の思考をおもんばかる風体のイミト。


「当然——ツアレスト国家中枢にリオネル聖教を隠れみのにした勢力の存在を暴かれない為に目立った動きは制限せざるを得なくなるし、奴等としても放置していい曖昧あいまいな存在だったはずの俺達の動きにも増々と警戒を強めなくちゃならなくなる。完全な板挟みの状態だ」


「……ほう」


状況の整理をしながら相手が何を嫌がり、何を恐れているのかを考えるイミトの説明にクレアも興味深げに己の思考につとめながら耳をかたむけていて。


「となれば、手持ちの少ないこまをどう動かすか。取り敢えずは俺達の動きをに監視を送ってくると思う……数は念の為に二人以上だろう」


そうしてイミトは、あたかも眼前——クレアの前に盤面でもあるかの如く、未だ吐いた血反吐の色が滲み残る掌にて糸で操る人形を駆使するような身振り手振りを交えながら推察を重ねゆくのだ。


「——監視に勘づかれた際のおとりと、報告用の逃亡者か。奴等が未だルーゼンビフォアと繋がっておるなら、が出来るが監視の役を受けておる可能性もあるか」


「ん。そんなを引き受ける奴じゃないだろ、は。それに目的も分からない上に制御の利かなそうな高慢ちきな自称女神を、奴等がそんな簡単に信用するとは思えない」


様々な状況、登場人物の性格、関係者の憶測、己の目で見て感じてきた曖昧な物から、ありとあらゆる可能性を模索し、推測し、或いは排除もしつつ、己の進む道の半ばに様々な看板を建てるが如く浮上させ続ける。



「ルーゼンビフォア本人も、先を見据えたに忙しいだろうから今回は手を出してこないと見てる。監視だけなら、やっぱり念の為の二人か三人くらいで確定だろう」


己を取り巻く環境、世界に散りばめられた点を線で繋ぐ作業。それから一仕事を終えた徒労に息を吐き、イミトは馬車の御者台の傍らに置いたままだった水筒を手に取り、陽光に温められた蓋を掴んで回し始めた。


道順を辿たどるような思考共有の末、共有して脳裏に立てられた看板を眺めれば、自ずと気付くに至るイミトの思惑——イミトが世界に刻み込まんとする未来予想図に描かれた筋書き、或いは注釈。



「……ふむ。つまり貴様は我らとセティスら、今の二手に分かれたこの状況を奴らに魅せてかの二択を迫り、揺さぶりを掛けておきたいという事か。しかし、これまで二度も手酷く貴様にしてやられておる奴等が好機と見て容易に食い付いて来るとは流石に我にも思えぬな」


クレアもまた、そのイミトが言わんとする事を読み取りつつ、己の私見も口にしながら更なる見識を深めるべく疑義を問う。首無し馬がく馬車が草原の地面に半分だけ埋まった岩へと乗り上げ、それでも何の違和も無く歩みを進める中で、一陣の風が世界の空気を新鮮に入れ替えるように吹き走る。


その空気を読みつつ、イミトはクレアの問いに応えた。



「それならそれで、平和で何よりだろうさ。で力を持った上で立場的にも傲慢に染まりやすい連中が、えさの臭いを我慢してる光景を想像するのも面白いしな」


先程まで血反吐を吐き、抱える重病を押して動いていた男とは到底思えぬ風体の笑みで、むしろ今は吐いた血すら返り血に見える悪童な表情でイミトは悪戯の結末を見据えている様相。


「くはは……貴様の性格のじ曲がり方たるや。傲慢というならば貴様も近しかろう、その体で——己をえさとして我にを抱えさせながら力の程も分からぬ敵と戦わせるなど」


対して、乾いた笑いを弾けさせたクレアの面持ちはと言えば——


「はっ——そんな嬉しそうな顔して悪く言ってくれるもんだ。自信が無いなら直ぐにでもパルピスの街に進路を変えても良いんだぞ? 俺だって街観光したいし」


そうイミトが評すように口では他人任せなのだろうイミトを批判的に捉えつつ手の掛かる子の世話を仕方なく焼くような面倒げな様子ではあったが、彼女もやはり怪物。



戦場で生まれ過ごし、生まれた時から首と胴の別たれた生物というよりは呪いに近い存在。歪んだ魂の歪んだ嗜好に、多少なりとも共感する部分はあるのだろう。



「ま——ろくでなしヒモ男の言い分としては……これまでの傾向から、敵の攻撃手段の仮説と対策は幾つか立ててる……初めの目的が監視なら索敵に適した人材になるから細かい能力は兎も角、ある程度の方向性はしぼれてるよ」


何処か深い所で似た者同士、そのようなつながりを感じさせる風体。


「だから敢えてコッチも遠回りの人里を通らない遮蔽物しゃへいぶつなんかの死角が少ないを進んでる訳だしな」


そして、まるでバンジージャンプ等の危険な遊戯に際し、紐を付けて最低限の安全策は用意しているとでも言わんばかりに最後の最後の補足を付け加え、イミトは蓋を開けていた水筒の中の生温い水で口の中を濯ぎ始めた。



「貴様にとっては狂人と称する事すら褒め言葉であろうか。くく……奴等、臆病風に吹かれて我ら二人より、セティスらの方へ向かうかもしれぬぞ?」


やがて、目論んでいる思惑に内在する危険——可能性の一つで不安を煽るような言を放ったクレアに対し、赤色に染まる吐瀉物を口から馬車の外に噴き飛ばし、イミトは締め括りを語るのだ。


「セティスの魔力感知能力とデュエラの野性的な勘がありゃ、そっちも何とかなるだろ。一応、気を付けろとは言っておいた。貿易のに居るも馬鹿に出来たもんじゃねぇだろうし、普通に考えりゃ単独で動いて増援も見込めない俺達を狙うとは思う……狙ってくるとしたらな」


それは——信頼か、打算か、単なる願望か。

しかして、全てを見透かすような双眸で馬車に運ばれる二つの黒き存在は、



「この戦争自体の流れは、若干だけど俺の筋書き通りに動き始めてるはずだ。問題なのは——」



 「——暫く見掛けぬの動き、という訳か」


まだまだ長い旅の中で、己が勝利の為に解き明かさなければならぬ事柄についての話を進めるのだるう。



「いいや……、今日のは何にするかなって話さ」


ただ、楽しげは確かな事である。

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