第86話 山橋の街バルピス。3/4


再び視点を冒頭の続きに戻し、コチラの旅路は如何いかなるものであるだろうか。


「良い感じなのですね、カトレア様‼ 氷の力を使うのも慣れた様子で御座いますです」


クレアやイミトの思惑や予測に反しているか否かは置いて置き、既に山の二号や三号目に差し掛かっているだろう彼女らは、山の頂へ岸壁に沿うように蛇行して作り上げられた道なりの中にあって休息の為に作られたような踊り場のテラスで休息を取っている様子である。


「——まぁ、この間のロナスの街の一件で、の使い方を肌で感じていましたので。しかし、手を抜いて居られる御二方に着いて行くのが精一杯の現状ですよ」


休息の間に僅かな談笑、水筒の水で運動で消費した水分を補いつつ移動の手際をデュエラに査定された女騎士カトレアは、徒労の息を吐く。


ここまでに登って来た道のりである橋の下に目を配れば、彼女が足場に使っていた崖から生える溶けかけの氷のかたまりが消滅の虹を描いていて、



「別に気を遣って手を抜いている訳じゃない。急ぐ必要が無いから、急いでないだけ。貴方は普通の人と比べれば問題ない実力を持ってる。ほこるべき事」


確かにセティスがそう述べるように、カトレアの用いた移動法は常人が使える物では甚だ無いのだろう。少なくとも——昔のカトレアでは成し得なかった事なのは間違いなく。


「ですが……、普通では無い人材の中で私は劣っている。単純な剣や魔力だけでは無い……全てが私には足りない」


故に彼女は、その恩恵とも言うべき力を与えている胸に埋め込まれた者を撫で、或いは胸に秘める罪に仮面越しの伏し目な視線を鎧の篭手こてまとう掌に動かすのだろう。



如何にすれば贖罪しょくざいが叶うか——そのような事を真摯しんしに考える罪人のようである。


「本来、頼るべきではないの……他者の力にすがるしかない程に、私は弱い」


 「「……」」


そんなカトレアの言と様子を鑑みて心意気を受け止めるように黙すデュエラとセティス。泣き言の如く垂れ流されたカトレアの自虐に、否定も肯定も無く、ただ黙す。



何故ならば過程、未だ途上。


「ですが——私は強くなる。追い掛ける背に私が望む物は無く、いずれ別たれる道であったとしても——今は、あらゆる劣等感が私を私とする為の試練であるとの確信がある」


「少し急ぎましょう。今は、今の己に何が——何処まで出来るかを試してみたい、魔物の力を越える為に魔物の力を知る所から始めたいのです」


僅かに取った休息を終えて、握られた彼女の拳。立ち上がり、背筋を伸ばし、凡人では決してない眼前の仲間へと強く硬く視線を動かして彼女は意気を吐く。


すれば、

「……まぁ貴方とユカリの能力が、依然この先の戦いでの不確定要素である事は確か。じゃあ、でもする? もうすぐ飛行ルートの関所も見えてくるだろうから」


覆面の魔女セティスは杞憂を振り払うようなと息を漏らしつつ肩を落とし、何の事は無い提案を仲間一行へと投げかける。



些細ささいなお遊び、気まぐれの暇潰し。見方によれば有意義な挑戦。


「それは——望む所です。デュエラ殿も、本気で行って貰えますか?」


自らの力を知るという望みを今しがた口にしたカトレアは、危険少なく試す事が出来るセティスの提案に対し、まさか絶好の機会がこれほど早く巡ってくるかとでも言わんばかりに目の光を鋭く、



そして——傍ら、この場に居る者の中で、最も恐ろしい怪物に目を向けた。



「え? えっと……? で御座いますか? それは一体どういう……」


デュエラ・マール・メデュニカ。無自覚の怪物、才能の塊。

無知なる無垢——否、自然の申し子。



「そうか……えっと、合図の後で、誰が一番最初に目的地に着くかの勝負。相手への邪魔は禁止で、単純に移動の速さを比べるの」


「……なるほど、なのですが……しかしよろしいのですか? ワタクシサマは皆様の後ろで目立たないようにしないと行けませんのに、それでは皆様を事になるのですますが」


さも当たり前のように、世間知らずの彼女はセティスから競技という未知なる言葉の意味を教えられた後でも自らの勝利を疑わない。


当たり前の事であるのだ、彼女には。


悪意も何もなく、ただ優劣を自然と口にして。

まるで生まれながらの百獣の王が、草食動物に挑まれて気が狂ったのかと疑いを抱くが如く。


何度も語るが悪意はない。


ただ、生物のスペックを考えれば当たり前に予測できる結果をデュエラは述べただけなのだ。しかし、それを突きつけられた相手が草食動物では無いのなら展開も変わるというものか。



「真面目な顔で正確な分析。でも、私も少し——、出すから【特急箒レミリュテ・レット】」


セティス・メラ・ディナーナ。彼女は魔女にしてである。

知恵を持つ雑食の矜持きょうじが鉄面皮ながら彼女を突き動かし、持っている空飛ぶ箒が、不思議な力を流し込まれ刺々しい形状へとバキバキと変貌していく。


まさに彼女の不満を表すような光景であった。


不穏。


「——このような子供のたわむれに、そのような奥の手を出してしまうのですかセティス殿」


「負けるのは好きじゃないし——馬鹿にされてるのは、もっと嫌だから。貴方も全力を出したいなら気を引き締めるべき」


セティスの箒が形状を変えて、これまでよりも明らかな威圧感を放つ中で、自身の言動と考えなしに飲み込んだ提案がもたらした展開に、自責を感じて冷や汗を一筋とカトレアが流して滲んだ不穏を払拭しようと僅かに動いても、最早カトレアの意見や要望などは二の次の様相。


既にセティスは、デュエラとの勝負に真剣に向き合い始めていた。



「え、えっと……ワタクシサマはどうすれば——」


一方、未だセティスが何に対して感情を逆撫でされているのか理解の及ばないデュエラはと毎度いを続けていて。カトレアとセティスの双方に視線を不安げに動かして、自分が何をすべきなのかを問うばかり。


故に僅かな不穏は、その種火をくすぶらせたまま解消される事もなく温和では無い雰囲気が続き、


「——もう少し上の方にある崖から突き出た……先が繋がって無い橋の所に合図の後で向かえばいい。合図は、この石を上に投げて地面に石が落ちた瞬間。手加減なく、今回だけは私たちを置いて行っても構わないから」


「あ……わ、分かりましたのですよ……で、では——」


セティスは道端に落ちていた小石を拾い上げ、一行に不正が無いように公正明大に魅せつける。


「石が落ちたら走って良いから——何があっても」


「「「……」」」


そうして——至る緊迫の瞬間。

セティスの親指が天に高く小石をはじき、一行の注目を集める勝負開始の数コンマ秒前。天気は良好、山の頂すらも雲が少ない良好具合。



青天に茶褐色の小さな石、山に吹く風に煽られ、きっと小石が落ちる音は掻き消えてしまうだろう。


だが——落ちる。


「では、遠慮なく‼」


その落石、勝負の開始の合図に最も早く対応したのは女騎士カトレアであった。足下に突如として冷気を滾らせ、渦風の如く旋風を皮切りに猛烈怒涛、眼前の岸壁へと駆け出し駆け登り始めたのである。


しかし残りの二人、セティスとデュエラは何故か


「——え、セティス様は行かれないのですか?」


 「——は完了、も終わる。ここで私を待った貴方のは、きっと確実にとイミトも言うと思うよ」


それもそのはずだった。動かぬセティスに気を遣い、戸惑いながら、怪訝な声色で問うデュエラに対し、セティスは静かに言葉を紡ぐ。



ただ——覆面の魔女である彼女が持つ変形した箒は徐々に、徐々にと駆動の音を激しく慟哭どうこくさせて力を溜め込んでいる様子で。


「? それは……どうい、う——‼」


やがてセティスが語った言葉の意味をデュエラが理解しようとしたその刹那——満を持してと言わんばかりにセティスの箒を中心に溢れる暴風の如き威圧感が解き放たれる。


既にカトレアは岸壁の遥か先、しかしてセティスの箒はセティスの小さな肢体を持ち上げて浮遊し始め、デュエラを冷たく見下ろす。


「この旅で貴方は、もう少し世界の広さを知るべき。この旅でイミトが貴方に学んで欲しい事がを考えるべきだよ、デュエラ」



、その前に」


爆発と見紛みまごう程に、セティスは一瞬にして箒と共にデュエラの視界から消え、言葉の余韻だけがデュエラの耳を


——。

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