狂騰編

第86話 山橋の街バルピス。1/4


 山橋さんきょうの街バルピスは、ツアレスト王国の途方もなく広い国土の大部分を占める平原地帯の中にあって、ツアレスト領土の大陸を幾つかにするようにそびえる山脈の流れの中にある街の一つである。


いにしえの時代より山々を大小さまざまな幾つもの巨大な橋を足してつなぎ、谷間の断崖にほらを掘ったりと山地の地形を惜しみなく利用して橋の形状を基礎とした大海の荒波の如き街並みは、


もはや元々が山だったとは思えず、天空へと通じる街とも呼ばれる程に美しく壮大で——人類が長い時間を掛けて作り上げたレンガ調の建築技術は圧巻と誇らしく思えるような頑丈さと荘厳さを世に知らしめていて。


そして、街の役割と言えば山脈によって東西に別けられるツアレストの国土を繋ぐ貿易の経由地——とりわけツアレスト南部の豊富な資源が、この地を通り血液の如く各拠点へと運ばれ、ツアレスト全土の生活を支えていると言っても過言では無い。



——しかし、誰も知らない事がある。


何故——そのような山間に、人々が街を作り始めたのかなど語れるものは古さ故に、もう何処にも居ないのだ。


人間一人の歴史などまばたきの如く流れゆく時の中で、消え去り失われた歴史は街の中央に位置する巨大すぎる橋の裏——全ては地底、星の深奥にすら通じていると言われる途方もない闇の中なのである。



 そんな平地なき高台へ通じる街の入り口にその日、行商人たちの群れの中に紛れつつ、が訪れた。


天候は晴れて雲は無く、されど蒼天を見上げれば雲海の如き橋の群れが彼女らを迎え入れるように不規則に連なり、山頂へと壁を這うように並ぶ。



「ほへぇー、今からを昇るので御座いますよね? ワタクシサマが育ったジャダの滝ほどでは無いですが、凄く高いので御座いますね」


黒い布で顔を覆い隠す少女デュエラは、途方もない岩山の様相と見慣れぬ山道の先を想い、共に旅をする仲間たちに振り返り好奇心を声にした。


すると、そんな彼女に声を返すのは同じく覆面にて顔を隠す魔女、セティス。


「そう。正規ルートで蛇行だこうする橋を歩いて行けば、途中の宿に泊まりながら丸一日か二日は掛かるらしいけど空を飛んでいくルートなら関所の対応次第で、半日で済む距離」


しかし覆面を後頭部から剥ぎ取り、あらわになる顔には感情が希薄な素っ気ない表情で、デュエラからの問いに応える様は機械的で、まるで鉄面皮の様相。



そして——もう一人、


「時が無いのは分かりますが、いささか無茶な使を受けた物ですね……しかし、本当に大丈夫なのですか? ロナスの街でイザコザを起こした我々が——変装もせずに堂々と」


「……まぁ、駄目だった時は逃げれば良い」


セティスの傍らで途方もない山道に向けて腰に帯びる愛剣のつばを鳴らす女騎士カトレアが、一行と同様に顔を隠す漆黒の仮面の位置を整えつつ会話に押し入っても尚、セティスは静かに山道の端に向かい、持っていた魔法のほうきの手入れを軽く始める始末。


先に山のいただきへと歩みを始めたり降りてくる様々な人々の様子を眺めながら、これからの苦難の旅路に静かなる意気を溜め込んで備えている様子であった。



「美味しいゴハンの為なのですよ、カトレア様‼ ワタクシサマ達は覆面の魔女セティス様の護衛として、新しい旅の調理器具とか面白そうな食料をたぁくさん、集めるのです‼」


「……一応、イミトがロナスの領主に書かせてたを役人に見せて、この街を通過するのが大方の筋書き。当然だけど、あまり目立った行動は避けて欲しい」



何の因果か、旅を共にする三人。今回はそれが全て——


「色々な見た目の人様がイッパイ居るので御座いますね。あの小さい背の方がドワーフ族なのですか?」


好奇心に溢れ、世界の様々な物に忙しなく目を動かすデュエラを他所に、


「うん、ここはも多い街だから、比較的——他の街に比べて表立った民族対立や差別には厳しいし少ないとは思うけど、それもツアレストがと認めているだけだから気を付けるべき」


神妙な面持ちで彼女の嬉々とした様子に目を配る残りの二人。



「特にデュエラ……さんは、色々と居るの中でも割と名が知れてるメデューサ族だから」


「……そうですね。少し不自由かもしれませんが、我々から決して離れぬように願います、デュエラ殿」


彼女よりも世間を知り、国の情事に詳しい二人はデュエラの抱える事情も踏まえて同じ見解を口にする。



「分かっているので御座いますよ。イミト様にもセティス様の言う事を良く聞いて行動しろと言われているのです、


 ふふっ……でもそのおかげでクレア様に新しい服を作ってもらえたので御座いますから嬉しい事も沢山なのです」



「「……」」


何故、彼女が顔を隠さねばならないのか。顔布の裏で恐らく無垢な笑顔を浮かべている事が容易に想像できる振る舞いで言葉を語り紡ぐデュエラ。


「外の人間様ガタが、を持つワタクシサマを良く思わない事はハハサマからも聞いていましたし、


 何故そんな風に思うのかも理解しているので御座います。ワタクシサマは御二方サマの後ろに着いて街の人様とは関わらないようにするので、ご安心くださいなのですよ」


僅か、ほんの僅かににじませるさびしさ……生まれながらに呪いに耐性の無い他者と目が合えば、相手を石へと変えてしまう呪いを抱える哀愁が、無垢な少女に理不尽に絡みつく。



「——まぁ、のんびり行こう。時間は多くないけど、休むのも戦略の一つ」


それでも救いは共に旅する彼女を知る仲間か、ほうきの手入れを終えてセティスが屈んでいた腰を持ち上げて小さな息を吐き、肩の力を抜いた。



「そうなのですよ、イミト様たちも今頃、ちゃんと休めていると良いので御座いますが」


「ともかく出発しましょうか。とはいえ現状、セティス殿やデュエラ殿の足を引っ張る私が言えた義理はありませんけれど」


そしてセティスは、不思議な気配をたぎらせた後に足並みを心意気の中で揃えた他の仲間たちからの言葉を尻目に持っていたほうきをその場に浮かせ、箒のつかまたがって浮遊を始めた。



「うん。カトレアさんは……疲れたら私の箒に掴まるか、乗っても良い。休みながら行けば、箒の耐久も持つ」


「ワタクシサマも、カトレア様が宜しければ喜んで背負って運ぶのですよ?」



目指すは途方もない橋が岸壁に沿うように途方もなく続く山道の果て、山橋の街バルピス。されど、いつの間にか軽く跳び上がり、空気の上で佇み始めていたデュエラや空飛ぶ箒に跨るセティスを見れば察するに余りあるように、



彼女らは橋の道を往かず——、


「……心遣い、痛み入ります。では、参りましょう‼」


山の頂に向けて直線最短で道なりを飛ばし、真上へと行くのであった。


——。

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