第84話 未来なき世界。4/4

***


だが、その悪辣な男をで眺めている者ではなく、幾つもの暗躍者がうごめく世界の外にもまた、暗躍する者たちが居る。として、その男は逆立つ剛毛を揺らし、一升いっしょう酒瓶さかびんを盛大にラッパを吹く間近のようにかたむけて飲んだ後で豪快な息と笑い声を解き放った。


「がっはっは‼ 良いな、やはり面白い小僧だ。陰気者と話しても気が合う気はせんが、動きを見ている分には申し分も無い男よ」


背景は白いが影は無く、姿だけは明瞭に見えていて王座の如き荘厳な装飾の椅子に座る豪快な男は頬杖ほおづえを突きながら、目の前の宙に浮く媒体ばいたいの存在しないモニター画面越しに世界を眺め、そこに映る白黒髪を頂く若い男を、そう評したのである。



「……相変わらず声が大きいわね。貴方の世界の鼓膜こまくの造りがどうなっているか知りたい所だわ、


かたわら、横並びに優雅ゆうがたたずまいの貴婦人が微笑みつつも苦言をていす一幕。それでもかたむけられるワイングラスへ彼女の執事であろう銀髪の女に酒らしきものを注がせながら、貴婦人は豪気な男の言動自体は否定もしない。



「ハッハッハ、そう言うなよ。僅かな間でも久方ぶりに邪魔も入らず貴様と酒が飲めるとならば、神とて浮世に浮かれる事もあろう」


——。彼らは己をだと自負する。


何処までも白き眩い世界の中心で、互いに酒を飲みつつ見つめるモニターの向こうには星の形だろう宙に浮かぶ球体が存在し、完全なる傍観者としての佇まい。


「あら、お上手だこと。ラムレットも居たら、もっと声が大きくなっていたのではなくて」


「ふはは。幾らわしとて、女の争いに挟まれるのは手を焼く。どうせ焼かれるなら、加減の知らぬ熱燗あつかんで静かに焼かれたいものよな、がっはっは‼」


何やらと冗談を酒のさかなに述べつつも、ミリスとディファエルと呼ばれた二人の神は夫々それぞれに威厳をただよわせ、そう易々とははらわたの中を魅せない食わせ物の気配も滲ませている。


「ふふふ……そんな貴方の豪胆ごうたんに魅せて繊細せんさいさをあわせ持っているのは好きよ。とても好感が持てるもの」


だが、だけでは無い。ミリスと呼ばれた貴婦人風の神が、配下である銀髪の執事に合図を行い、ディファエルという酒瓶ごとラッパ飲みをする豪気な神へ——両手で持てる程に大きな赤いさかづきささげさせたその時——


「はは——む、どうやら噂をすれば早々に他のやからも来たようだな。これで先走ったラムレットを除いてが整ったか」


ディファエルは意味深に顔を動かないままに視線をすべらせて、背後の気配を見るように言葉を重ねる。それも相まり、背景は白いが影は無く、姿だけは明瞭に見える世界で白いモヤが辺りに漂い始めてを予期させた。


しかし、それを踏まえつつ——暗躍とは如何なるものか。


「さて、別に順番など無いのだけれど先走った事をしているのはラムレットだけだったかしら。貴方の持ち込んだ酒の強さで忘れてしまったかもしれないわね」


音も無く傾けたワイングラスの中身で口を濡らすミリスは、己の執事から赤いさかずきを受け取って豪快に手酌てじゃくで酒をそそぎ始めたディファエルに問うように語り掛ける。



「ふん。それは他の者どもも同じであろう。ふはは、わしは元よりが誰の手先からがどうでも良いのだ……数合わせで指名されただけなのでな」


公明正大に腹の探り合い、王座の真横にあった小さな足の長いテーブルにドスンと置かれる一升瓶。その後に大きな盃の中で並々と揺れる液体、そこに現れたる水鏡に映った己と共にディファエルは底にある己のをも見据えて彼なりに意味深に声をしずめた。



「そんな貴方が気を変えて、私の世界で何を企み、何を描いてくれるのか——わざわざ過去をさかのぼってまで企んでいる事、私……これでも楽しみにしてるのよ?」


やがてディファエルの視線がゆるり——傍らの貴婦人に向かい、貴婦人の漂わせる言葉の威圧に彼は瞼を閉じて。



「かっはっは……わしとてヌシを敵に回すようなことはせんよ。まぁしかし——ラムレットの話を聞けば、他の連中も警戒するが道理。儂は盤面をいろどり、酒のさかなあぶったのみよ。ヌシと同様に、ルーゼンとも旧知であるがゆえ……それも踏まえつつ、な」


口角を持ち上げて噛み合う歯を剥き出しに、持っていた盃を再び豪快に傾けるディファエルである。横並びに座れども、暗躍の立場は様々——



「——あのような粗忽者そこつもの。神にないから追放されたというに、品の無い大声でと馴れ合いをしおってからに……をなんだと思っておるのか」


「——


二人の背後の空間が歪み始め、唐突に現れた腰の曲がる険しい顔で茶色のローブを纏う老人や、


「別に良くなーい? 僕は僕が楽しければ、他は好きにすれば良いと思うしさ」


「——


後頭部に両手を回して楽々と軽快に足を振り上げて歩く様々な蛍光色の色合いの服を着た派手目な少年風の彼らもまた、それぞれの思惑と目的を持ち、この場へと足を踏み入れているのだろう。



「いらっしゃい二人とも。好きな場所に座って、好きに私の世界を見ても良いけれど——最初くらいはお喋りでもしましょうよ」


「飲み物のリクエストは何かある?」


対照的な二人の登壇に、銀髪の執事に指を鳴らして指示を送りながら椅子に座ったままのミリスは少し顔を振り返らせて、彼らを差異なく迎え入れる。


それに対し、


「ふん。は茶なら何でも良い。貴様らのような不埒ふらち放蕩者ほうとうものどもと飲む酒ほどに鬱陶うっとうしい物も無い、これは土産じゃ」


は自前でジュースと菓子を土産と一緒に持参してるから気遣いは無用だよー、ミリス」


新たに登場した二人の神々は、それぞれに手土産を掲げながら空間の中へと押し進み、あるじに代わって丁寧に挨拶を捧げた銀髪の執事に荷物をたくし、ミリスとディファエルが並ぶ位置へ左右に別れて進む。


——ギリク、ミリス、ディファエル、スペヴィア。


「ありがとう。直ぐに席を用意するわね、やっぱり古参の神々は気遣いが行き届いてるわ——ラムレットなんか、手ぶらで来たのよ?」


並び揃う神々、そしてミリスが指を鳴らせば何も無かった空間に椅子とテーブルが砂を掻き集めたかの如く生まれ始め、神の座も並び始める。


その最中に老体を整えるギリクが、ミリスに言った。


でありながら何処にも属さず、何を考えておるか分からぬ貴様より可愛げがあろうよ、ミリス。まったく土産選びすら腰に来る」


「がっはっは、それを言うなら儂よりに老人の真似事なぞしおるヌシの方が儂には分からんよ、ギリク」


「そこまで長い時を重ねて、が未だに分からぬ粗暴そぼうな貴様には分かられたくも無いわい、ディファエル」


されど豪気な声色で会話に割って入るディファエルに、老人ギリクは隣のミリス越しに彼をにらむ険悪な雰囲気をにじませる。


如実に見て取れる思想の違い。

では、もう一人の新たな登場人物であるスペヴィアがどうかと言えば——



「ま——、老化はステータス減衰げんすいだし、肉体は若いに越した事は無いのは同意かなー。それで、彼が? 今はイミト・デュラニウスだったけ?」


屈強な巨体のディファエルの影で、前方に映像が映し出されているモニター画面を眺めつつ我関せずと言った風体で自由奔放そうな声を上げていて。



それをキッカケに、神々の視線はモニター画面に映る一人の男へと向き始める。


「今回のターゲット。でも——ぱっと見のは、一般的な人間と比べてとかくらいなんだねー、おもしろーい」


そして——、

「ふん。などくだらぬ指標しひょうよ、そのような玩具がんぐに熱を浮かしておるから貴様の世界の人間どもは肝心な時に軟弱なんじゃくなのだ、が。貴様の世界では人の精神性が育たぬ」


「ギリクじいちゃんはこれだから。世界の全てはによって動いている事実は揺るがない……気合いだの根性だのと、相も変わらず進歩がない話ばかりで」


老体の身で全方位に喧嘩を売るような嫌味たらしい口振りでギリクがスペヴィアの発言に噛みつき、場は一層とピリリと緊張を張り詰めさせたのだ。


「数値に基づき、揺るがない結果と合理化された効率の良い最適化された……ステータスを容易に人々が知る事で、身のたけに合った生き方を行い、又はあらがい、多様な精神性が育つんだ。このが分からないのが哀れで仕方ないね」



「数値は後付けの根拠、敗者のねたみとであればよい。多様というが、容易に目に見えるだけの才能におぼれる怠慢な者ばかり産む多様など、不必要——よ」


 「「……」」


特に左右それぞれの末席、神としての意見の衝突を再燃させた様子の二人の険悪は静やかに激しい際立ちを魅せていて。



それでも今は——モニターの向こう側、


「——どちらもあってしかるべき意見であろう。いちいちと顔を合わす度に、今は世界観の議論に根を生やし、華を咲かせる時ではあるまい」


気分と空気を一変させるような盛大な音を響かせるディファエルの膝打ち。

何処にも振り返らずに真っ直ぐディファエルの視線が向かうモニターの向こう側、



「……ふふっ。さぁ用意は出来たわ。にらみ合っていないで、お座りなさいな、二人とも」


全ての椅子が揃い、テーブルにはたしなむ程度のさかなが並ぶ。

新たな神の誕生を待つ神々の酒宴しゅえん、未だ明確な未来を見つめぬ神々の趣向しゅこう——世界にをもたらすはモニター画面の


ディファエルは再び豪気に酒を赤いさかずきにトクトクと流し入れ、一升瓶の底をテーブルに叩きつけるように置いて舌なめずりをしつつ豪快に笑うのだ。


「がっはっは。そうであるな、ミリスよ。さぁさぁうなるぞぉ、人々の時代が、ミリスの世界が——平和がくずれ、混迷に混迷を重ね、策謀さくぼうが渦巻く、をも巻き込みながら‼」


「——‼」


勢い良く掲げられた祝福のさかずきさかずきの中で酒が踊る。



「そのに居る男こそ、なのだろう——イミト・デュラニウス‼」


そんな折——白黒髪を頂く男は、ふと何かを察知した様子で天をにらみ、せきを溢しながらうつむき、己の掌の中で広がるを握るのだ。


まるで、を——覚悟するように。



 断頭台のデュラハン8~二人のエルフと絶望の正体~



  【欺瞞ぎまん編】完。

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