第83話 とても、ありふれた話。5/5


——ともかく


「結果の自慢はするべきなんだよ。たねの分かってる手品で人は驚かねぇ」


「振り返って、と思わせた所で相手をにするのさ」



「空は太陽を隠した重い曇天どんてん、足下の影、森の暗がり。唐突に話し掛けたからって、どうしてたった今、お前を見つけて俺達が現場に到着したばかりだと思うんだ?」


「グダグダな意識が原因か、それとも本人の資質か……どうしてボロボロのお前を見て、俺達が油断すると思う?」



「……はぁ……はぁ……」


全ての目論見を看破され尽くし、ひざから崩れ落ちる焼けただれた女は、過呼吸気味に呼吸を更に荒立て、もはやマトモに動かす事も容易ではない負傷した体を突き動かしていた気力を魔力ごと蹴散らされて、項垂うなだれるばかり。


「今回の貴様を見ておれば、我すらも残虐と形容するに容易たやすいな。一つ一つと丁寧にんでいきおって……心が折れた音が聞こえるようだ」


「はは、であるクレア様のの協力があってこそさ。俺に褒める点があるとすりゃ、を演じる完璧な演技力くらいさ」


「——演技もクソも無い事をほざくな。別に褒めてもおらん」


目の前で繰り広げられる二人の会話に歯向かう事も出来ぬどころか、まるで鼓膜すら失ったかのように右から左と音がすり抜けているように聞こえさえする。



「そうかい。さて——最大火力とやらを一時凌ぎで先伸ばした所で、アンタの能力……性質が厄介なのに変わりは無い」


それでも——男は油断しないのだろう。

踏みにじられた土の音が、ひど鮮明せんめいに聞こえて。



女は——痛みでは無い理由で、何故か——

——だと、その時ようやくと、無意識に彼女は悟ったのかもしれない。



「てなわけで、提案があるんだ。が何か分かるか」


己が今まで出会ってきた絶望が、絶望の自宅の扉をノックして響いてきた単なる音でしか無かったのではないか、と。


「……ま、


絶望に浸け入る悪魔の甘言にかれるように、項垂うなだれた顔を持ち上げて男が右手にたずさえるかすむ視界にとどめ入れ、きりの如く霧散むさんして揺蕩たゆたい失せそうな意識で思考する女。



「そう——御丁寧にエルフ族の反乱勢力にした……趣味の良いとは言えないの遺物って代物だ」


「アンタの性質が厄介で迷惑だから、俺達の為に手っ取り早く都合の良いようにと思ってる。言ってる意味、分かるか?」


だが——男の言葉を聞くに連れ、徐々に酩酊めいていしていた意識が晴れいく程に、彼女は不思議と男の考えているたくらみが脳裏で糸をつむぐように理解し始めていて。



「——……ま、まさか……アンタ‼」


が走馬灯の如き思考の中で粘り気のある濁流の如く追いかけてくるように、火傷の痛みなど軽く凌駕する全身に走る悪寒。人にはそれぞれと、過去がある。


彼女は——男の遠回しに伝えようとする企みを理解出来るだけの土壌があったのだ、よりにもよって今更、ここだけ——察するに余りあるだけの情報を抱えていたのであって。



「お。伝わってくれるのか、なるほどなるほど、そりゃ都合が尚更に良い」


「お前は新しい力を手に入れる。俺達は迷惑な能力に悩む必要は無くなる、素晴らしい提案だろ? 因みに、拒否権は無い」


「く、……どうなるか知ってるんだろ⁉ 爆発どころの騒ぎじゃない……下手したら——‼」


説明をはぶけるとは対照的に、焼けただれた肌からリンパ液に混じって冷や汗を止めどなく流し始めるような顔色の女は明らかに悲鳴を引きり出された様子で声のあせりを隠さない。


男が持つ岩のような魔石の中で揺らめくにごっているような淡い光は、ただ無感情に災害の如く、そのような人々を眺めていて。



「……お前みたいなを野放しにする方が危険だろ。意識を持つ魔素、瘴気……たとえ肉体の、魂とやらが残った魔素は残り続ける」


僅かに微笑みを贈りつつも、残酷な未来を変わらずに予期させる男。ひざから崩れ落ちた女に視線の位置を合わせるようにかがみ込み、真っすぐと笑みの無い眼差しで焼けただれた女をらす事なく見つめ続ける。



「けど、魔素それぞれには複数の他の魔素の意識を統括し保つ機能は備わっていない。大方、自爆で消し飛んだフリでもしてであるを後で回収し脱出するつもりだったんだろ?」


彼もまた、から最も悪い未来——絶望を見据みすえるように言葉を語りゆく。



「これは因みに自慢する為のじゃなくて、情けないただだから。そこの所は間違えないでくれ」


正しい事など何もない。最善など選ぶ余地は無い。

称賛を受ける事、非難を浴びる事など、気に留める余裕もない。


ただ——もっとも単純に、己らの安否の為に可能性を潰すべく、臆病風に駆られるように彼はかがんでいた足を立たせ、一歩前へと踏み出した。



「はっ、はっ、はっ……い、いやだ……く、来るなぅぁ……」


過呼吸は更に酷く、息を飲むだけで苦しい炎症と裂傷の痛みに苛まれる喉。自爆で既に存在しないから腕の残りを振り、女は男に背を向けて地を這いずり、ただれた肌が削れる事も忘れて逃げ始める。


しかし——


「そう誰かに言われたら——お前は自分の目的を諦めてきたのか? たとえば、砦に居たギルティアのおっさんのとかよ」


過去の失態が、罪が、彼女の体に重く圧し掛かり絡みつくが如く——むくいのように普段のようには動けない。ままならぬままにいずり、それでも男の一歩で全ての労力が徒労に終わり続けていく。


「いやだ、いやだ、いやだ……‼ 早く戻って、を爆破しろ‼」


 「アタシはもう嫌だ——もうこれ以上、もうになんかになりたくない‼」


  「アタシが何をしたって言うんだ、なんでばかり——‼」


挙句あげく——、駄々をこねる子供の如く泣き言を叫び始め、男の踏み付けるような——釘差すような片足に背中を踏まれて只でさえ覚束おぼつかない体の進行を完全に止められる始末。


「……そりゃ、は何もしてないだったのかも知れねぇな。分からないでもない」


「でもよ……被害者に一度なったからってにならないなんて与えられてねぇんだよ、——な‼」


——終わりが来る。

男は、少し寂しげな顔をした。

右手に持った岩の如きを踏み付けている女の背に近付けていく。



「やめろ、ヤメロ、ヤメロヤメロ止め——」


が——彼女の中にあるというものに触れれば、準備は終わり。

彼女の終わり。


不思議と男が持つ魔石は女の背中を水面みなもに沈むが如く透過するように彼女の中に押し入り、やがてのだ。



その刹那——彼女は、最後に叫んだ。

最後の最後で、彼女はすがった。



「——た、助けて、オニイチャァァァァアアァァアアァァアアァァアアン——‼」


欠損しているボロボロの腕で必死に声を振り絞ってすがりながら——

彼女の肉体は——細胞は——いびつに膨張し、増殖し、肉や臓器がそれぞれを押し潰し合うように蠢き、全身の骨を自らの肉圧で折れ砕く音をも弾けさせる。


今や助けを願った、救いを求めた女の声すらも、見る影もなく聞くに堪えない不協和音の如き低音の悲鳴へと相成って。



「——……に、役立たずなお兄ちゃんは、に助けに来ないもんさ」


「人生なんて、そんなもんで……そんな酷い話は何処にでも転がってる、ありふれた退屈な話だよ」


「……——」


こうして彼女の物語は、鎧兜の女に見届けられながら歩き去る男の足音で終わった。

多くの人の心を動かす事の無いままに。


彼女の最後の叫びが世界の何処にも、誰にも届かぬように。

確かに、

とても、ありふれた話のように救いも無く終わりを——告げたのだ。



本を閉じるような渇いた咳払いと共に。


——。

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