第83話 とても、ありふれた話。4/5


——だが、完全に追い詰められている様相であっても尚、


敵にも矜持きょうじがあるのだろう。流儀があるのだろう。動機があるのだろう。

言い分があるのだろう。捨てきれぬ野望が、憎悪が、執着があるのだろう。


「——……ば、まめてんばぁ……めぇ‼」


 「……やはり、そうなのですね」


彼女は、知っていた。いや、知っていた。

喉に埋め込まれたいばらで傷を負う事もいとわぬ決死の覚悟で挑む——咆哮。


すれば拘束された体の涙腺、鼻孔、毛穴に至るまで全身から黒い煙が彼女の怒りの如く噴き出し始め、北の森の頭上を覆う。



「アアアアアアアアアァァ‼」


そして——既に予期された爆発が起き、やがて世界に爆音は響き渡る。


そして森に響くは人間が焼かれた際に放つような、の如き悲鳴。


レネスの安否は確かであった。


森の地表、最初の爆心地に転がる白と黒の茨蔓いばらつる幾重いくえにも織り成しているのだろう球体が転がり落ち、彼女はつるの中から悠然とした姿を現したのだから。



されど、もうそこには刺青いれずみの女の姿は無く——


『ぁ……アタシャ、——どんな無様ぶざまを晒そうが、を地獄に叩き落とす為なら——姿になってでも、‼』


どうやら爆発は体を拘束していた茨蔓やレネスを吹き飛ばす為のものであったようで、彼女は見事に森に姿を暗まし、負傷しながらも捨て台詞を残す余裕を持ってレネスの茨から逃げ延びる事に成功したようだった。


きっと、追う事はのだ。


レネスが再び森中に茨をわせれば、直ぐにでもだ近くにひそんでいる刺青の女を見つける事が出来たかもしれない。



しかし、を追う事は無い。


「——よ。されども、それ程の意思が無ければで生き延びる事など叶わぬのでしょう……アナタも、あのと出会わなければ」


 「学びを与えてくれた事を感謝すると共に——ささやかながら、これよりきたる冷たき雨のしずくが僅かでもアナタのに寄り添ってくれる事を祈らせて頂きます」


レネスは——自分の役目が此処ここまでだと悟り、北の森の爆心地の中心で今にも雨が降り出しそうな重い曇天に薄幸の双眸を向けてから、ゆるりと閉じ、小休止のように息を吐きながら静かな闇へとまなこを浸すのだから。



許されざる行いを企んでいた敵とはいえ——己からへと足を踏み入れてしまった刺青の女に再び、心からの哀悼あいとうを贈りながら。


***


さぁ——では、いよいよ彼女の物語のつづろう。


「ひゅー……ひゅー……」


静寂な森の暗き場所、よろけて触れた大樹の幹の樹皮に燃え爛れた肌が血を残す。喉から聞こえる歪にかすれた呼吸音は炎症などという診断では決して収まらないのかもしれない。


服は燃えカスのように所々が黒焦げて、誰にも似合わぬだろう——みっともない布地と化す。


熱にうなされ、眩暈めまいに赤くただれた顔から剥き出しになりつつある眼球の焦点が合わず、それでも彼女は世界と地獄が繋がることを夢見るように、フラフラと前へと進む。



「——もんだな。結局、俺ぁ……を思い出にか。は料理人としてもできないもんだけどけどよ」


地獄には——が居るという噂話を思い出す焼けただれた女。


「——……」


もはや痛覚を感じる神経すらなど燃え潰れた様子で酩酊めいていする意識の中、聞こえてきた声に焼け爛れた女は血を拭き、又は吐き出しながら乱視に踊るの焦点を合わせる。


進行方向に見えてくるのは漆黒の鎧兜を持った、白と黒の髪を頂く男の姿。



を始めとした肉体の。大量の出血……全身の火傷。そのような体で、いまだ逃げ切ろうとする胆力たんりょくだけは認めてやろう、名乗れるなら名を名乗るが良い、ただれた娘よ」


男の一人のはずだが、不思議と左腕に抱えられている鎧兜からも女の声が聞こえる。

憎い。憎い。



「——イミト・デュラニウス。クレア・デュラニウス……」


すると焼け爛れた女は僅かにもままならぬ呼吸をしながらに、彼女は焦げた色合いのを吐き溢し、魔素を摩擦させる事で音を発し、弱々しく目の前の者どもの名を呼ぶ。


憎い。憎い。憎い。



「ふむ、名は名乗らぬか。しかし器用にして奇妙なものよな、けがれた魔素たる瘴気そのものが意志を持ち、とは」


「まぁ俺はザディウスでをウンザリするくらい見物済みだからな、今さら驚きはしないが。が生んだ奇跡とかいう所だろ」


たとえ更なる苦痛を生じようと爛れた肌がゆがむ事が止められぬ程に憎き相手、全ての失う事になった元凶、今や世界のどのような音よりも途方もなく耳障りな声。



「で、どうする? 逃げるか戦うか、諦めて命乞いでもしてみるか」


問いの答えは決まっている。

——憎い憎い憎い、憎い。



「いつだって世界は自由だけ与えて最適解を教えてくれない訳だが……」


だが——。敢えて


「へ……へへ……捕まって、これ以上の情報を与えるくらいならさ。アタシャ、こう見えて一途でね」


爪先で地表を警戒に叩く男の事も無げな様子に対し、焼け爛れた女は思う。

笑え笑え笑え笑え、笑えと——今は得意気とくいげに、勝ったつもりで笑っていろと、


女は思うのだ。



「——こうしてと、アンタらが来るのをんだよ‼」


 「「——……」」


焼けただれたとて身に宿る憎悪がおとろえる事は無いと——体中から一瞬で噴き出して、周囲を一斉にする。



「致命傷には、ならなくても……ここまでの仕返しに、この森もろともアタシので吹き飛ばしてやる」


まぎれもなく全方位、これまでに彼女が魅せた少ない爆発の中でも間違いなく破裂すれば周囲は大規模に見事な更地へと変わるだろう状況。



手負いの獣の最後の足掻き、人を呪う人間の執念の結露。


ここまで好き放題に先手を打たれ、目論見の全てを潰された。



そんな女の——、

 「「説明する前にやれ【裏帳簿ハンドブック・ブラックス証拠隠滅デストロイ・エビデンス】」」



「——⁉」


一矢は放たれる前にから突如として噴き上がった別の黒き、上空へと乱雑に飛散される。



やはり全て——とどこおりも、見逃しも無くてのひらの上。



——人の悪意に通ずるは、やはり悪意ある人の思考。


冷徹に、冷酷に、徹底的に、徹頭徹尾てっとうてつび執拗しつようなまでに潰されゆく


——人はそれを、何度と容易くかたる。



その先があるとも思わず、安易に騙るのだ。


この時、焼けただれた女も——、何が起きたかも分からずに、を露にするような呆然とした顔をしていて。

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