第83話 とても、ありふれた話。3/5

***


——そして歴史の影に溶ける本当の戦い。

北の森で起きた真実など決して明かされぬ戦いの行く末もで始まりを告げて——。


「……先に聞いて居なければ、できなかったかもしれません」


一瞬の内に燃え広がった爆炎の衝撃の余韻よいん、森の木々が爆心地から放射状に倒れ行き、チリチリと木の葉の数だけ燃ゆる断末魔を嘆く惨劇の中、


白と黒のいばらに包まれていた薄幸の眼差しを浮かべるエルフ族のレネスは世界に再びその姿をさらし、眼前の黒煙の向こう側に言葉を投げ掛ける。


——そこにあるのは人影。


黒い煙が熱にあおられる風に揺らめき空気を溶け込む最中、その姿は徐々にと露になっていく。


「ちっ——なんで分かった‼ 私の【】を‼ なんでもかんでも‼」



「可能性の予知、予測。あの方は、無駄な蓄積ちくせきからの警告と仰っていましたが」



 「それが、アナタのたましいですか。彼の予測通り、大人しい印象ののようですね」


煙の向こう側から届く罵詈雑言ばりぞうごんのような荒ぶった口調からは想像もつかない、街の片隅で下働きをしているような格好の少女。眉根をけわしく三白眼でレネスをにらむ勇ましさはあるものの、一見すると何の悪意も無いような面構えにも見える。



「——はっ、だけさ。こういう地味でみがけば光りそうな格好の方が、鹿どもをだまして色々と忍び込むには便利だからね」


だが、呆れて鼻息を吹き出し、スカートの中で足を広げて腰に手を当てていた少女はスカートのポケットから小さな小箱の中に入っていた紙巻き煙草たばこを口へとくわえた後、


盛大に前髪を掻き上げて、腕や瞳孔を開いた顔に至るまでの全身に黒い刺青いれずみのような紋様を独りでに浮かび上がらせる異形たる変貌を魅せつければ、彼女こそが静寂な燃え上がらせている事も信じるに容易いのかもしれない。



「でも、もうそんなつまらないも終わりだ。派手にッた最高のアタシを魅せてやるさね‼ どうだい、憧れちまうだろ?」


紙巻き煙草の先端に突如として小さい。同時に戦闘に置いて動きやすいようにスカートなどの衣服を破り捨て、彼女の周囲を薄れる所か更に漂い始めた黒い煙が彼女の周囲を守るようにうごめき、


彼女は揺らめき始めた煙草の紫煙と共に嘲笑混じりに悪びれた冗談口調の語気を強めるに至る。


「——ええ。とても素敵だと思いますよ」


野原の花でも似合いそうな少女から、今まで抑えていた魔力が髪の先にまで行き届き逆立って、街のスラム街で独り、野盗にでも身を堕としたかのような不良者の風体。


それでも——レネスのその静かな感想は皮肉にも聞こえるようであって、真実であるように感慨が深く。


まるで——。



「アタシを本気にさせたを恨みな‼ これからもっと——あこががしてやるからさ‼」


「【透明火薬レストレ・ビョッデ‼】」


煙草を吸い、頬を膨らませて口から噴き出す煙草たばこけむりでは無いだろう。恐らくが——森を燃やし吹き飛ばした爆発のなのだろう。


だからこそ、まるで——、


蔓延まんえんする前に——爆破させてしまえばいい」


かつてあこがれた——強き自由で奔放ほんぽうな生き方の落ちぶれた結末を見たような、そんな物哀しい道理を突きつけられたようなさびしげ表情で彼女は眼前の敵をあわれむのだろう。


「——⁉ 、くっ⁉」


全身刺青いれずみの女が頬を膨らませて息を噴き出すと時を同じく、レネスの掌から投げられる赤い小石。放たれた瞬間から赤い光を発光し始め、そして突如——刺青いれずみの女の見えざる域に触れるや小さな爆発を発生させる。



後方に跳ぶ刺青の女——両腕を交差させて咄嗟に防いだ眼前での爆発に、彼女は苛立ちに加えていた紙巻き煙草を噛み締めながら彼女はレネスと距離を取った。


「……そして自らに被弾するのをおそれ、初撃は虚仮脅こけおどしの


だが、縦横無尽に勢い良く伸びる白と黒の茨に運ばれるレネスの肢体が先回り、薄幸の双眸は——ただ幸薄く、刺青いれずみの敵を見上げるばかり。


「聞けば容易く、考えれば恐ろしい」


「暗殺、暗躍——確かにアナタの能力は悪行を成すのにてきした恐ろしい代物。されどたねを明かされ、対策を徹底して思考し尽くせば応用を防ぐ動きは単純明快」



「アナタの戦闘の本領、領分は中距離に他ならない」


相手との距離を詰め、自身も被弾しかねないと思わせて敵の操る爆発を猛攻を以って止めようという——、これまでの彼女の動きから見える。


見えたのだ、



「お喋りが‼ 口が臭いんだ——⁉」


しかし、一寸先にレネスが眼前に近付いた最中、刺青の女が口を開いた瞬間に白と黒の茨蔓いばらつるは刺青の女の肢体に即座に絡みつき、そしてレネスとの間合いを取らせるように急速に伸びて刺青の女を空へと連れ去る。



「……近づいた場合、の瘴気——又はのある魔素への変化」


頭のすみに既に語られている幾つもの想定、予測を引き摺り出して敵を翻弄ほんろうする動き。


何を考えているのか、何をたくらんでいるのか、何を想って——己を白と黒の茨で捕らえる為だけに近付き、一度距離を詰めたのか。距離を取られれば、爆発を使われると分かっている筈であろうに。


刺青の女が、を考えなかった訳でもない。


しかして上空と地上——中距離、彼女の距離。森の天井を抜けて、見通しもいい。


そのような値千金あたいせんきん千載一遇せんざいいちぐうの状況に、相手がわざわざと距離を開けて空へ送り込んだ事を、一瞬でも『』などと都合よく解釈かいしゃくする事を誰が責められようか。



「馬鹿が‼ この距離な——らぁ⁉」


刺青の女が息を全力で吐く為に、思いっきり息を吸う。

空へと連れ去られる最中に堕としてしまった火の付いた煙草はにある。わざわざ発火させる必要もない。


己の周囲にただよう自身の分身体でもある魔素を今——可燃性ガスに変化させて、己を拘束する茨蔓いばらつるを爆破で燃やし散らし、同時に下方に向けて可燃性のガスを盛大に吐けば、己の最も得意とする戦いをする事が出来る。


刺青の女は——瞬時に、そのような目論見にすがったのだ。



とても——何も知らぬままに。



「——私のいばらが、蔓を《つる》伝わせて物体を移動する事が出来るのは今回、現れた時に、したはず」


しかし既に遅く、かえりみようともしなかった彼女にが対応できるはずもない。刺青の女の肢体に絡みついて拘束した白と黒の茨の先端が更に伸びて、に包み込み、水瓶みずがめのようなを引っ繰り返して中身をぶち撒けるなど——、


避けよう隙など有るはずもなかったのだ。


「こ……これは——あ、あぶらぁ……‼」


重い、重い——水なのか粘液なのかも分かりずらい性質が、【】では無く【】として襲い掛かり、宙で身動きが取れなかった刺青の女の肢体を満遍まんべんなく濡らす。



「薄い魔力の防御壁で体を覆い、自傷覚悟の範囲爆撃。しかしに魔素伝導率も高く密着性のあるまでを防ぐにはいささか時間が足りないのでは? 防御壁を張ったままで着火は可能ですか?」


それは上手く行けばおんの字程度の浅知恵だったのかもしれない。爆発に飲まれれば油塗あぶらまみれの刺青の女自身の身体も


そう——又は、そう——魔素そのものに意志を宿す敵が、己の肉体をしむかいなかを確かめる為などといった幾つか事柄を調に過ぎないのだから。



そして——、その予測が当たっていたのなら——


「て、テメェ——⁉」


「ここで——もっとも効率的に自身の魔素を放出できる口をふさぎ、私はアナタに問います。名も知らぬよ」


レネスは白と黒の茨で空中に捕らえている刺青の女が放つであろう罵倒ばとうに合わせ、更に茨蔓いばらつるの先端を操って彼女の口の中に押し入れて喉を塞ぎ止め、顔を首ごと天へと仰向けさせる。


「ごが……んがああ⁉」


かろうじて息が出来る程度の塩梅あんばい。その調整が出来る頃には、体の節々も刺青の女の肢体も茨に侵食されて呼吸困難にもだえる身動きすらも徐々に、しかし確実に封じられていく状況。



「大人しくなさい。アナタを裏で動かしている者たちのを吐くのなら、罰をまぬがれる事は無理としてもいたしましょう」


「もはや——煙の一つとて、抜けれられる隙間は存在しないのですよ。いや、アナタは目の前に見えてる隙間すら選ぶ事が出来ないと思われている」


は決した。

否、最初からというものすらと思える程の圧倒。



レネス自身もつるを操って空へと昇り、彼女は眼前のに殊更のあわれみを贈る程に。

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