第83話 とても、ありふれた話。1/5


「——、レネスに敵を任せた」


その問いを放ったりんとした女の声に、ここまでの残虐な筋書きを描いた男は一瞬、沈黙を言葉とするような雰囲気をただよわせる。



「何の話だ? が外れた事がそんなに不満か?」


そして白々しくと息を吐き、彼は表情を一つ変えぬままに目線だけを逸らして己が左腕で抱えている鎧兜の女にたずねた。遠くの騒がしさからきたる冷たい風に髪をなびかせ、何処か渇いた寂しげな問い。


うそぶくでないわ。どうせであったのだろう、貴様の予測では」


すると鎧兜の女がその問いを無機質に指摘で叩き伏せる。質問を質問で返す事に嫌悪を示しながら、男が白々しい素知らぬ黒幕の如き面構えの奧を見透して。


空に広がり始めている不吉な暗雲、やがて太陽は隠されて昼の恩恵はさえぎられる一幕。



「……ま、デュエラがを正確に作ってたなら。俺達の居る西か、リエンシエールさん達が戦う東、そしてレネスさん待機してた北」


そんな風体で太陽が視界に入らなくなったことを確認したからなのか、仕方なしと諦めて少し首を堕とすように項垂うなだれさせつつ、腹の内に抱えていた彼女の問いの適した答えに連なる言葉を並べゆく白黒の髪を頂く男は自嘲気味の笑みを浮かべた。



「リエンシエールさん達の東は大規模な戦闘に巻き込まれる可能性が高いから、玉砕ぎょくさい覚悟でリエンシエールさんの首を取りに行く以外にメリットは無い。今更あの人をも無いだろ」


「となれば、西か北。どちらも可能性が低いわけでもないし、賭け以外の何物でもない——と言ってやりたい所だが」


てくてくと森を歩き始め、木の根や森の茂みを踏み確かめつつ、一歩一歩と確実に森を進み論理を筋道立てても行くのだ。


「人は窮地きゅうちおちいった時、無意識に最短最速に甘えちまうもんだからな」


 「……」


「レネスさんが、敵に出会ってである以上、そこに意味が無いと考えるのは俺には


「アイツは北の森での準備をしていたと考えるのが妥当だとう。なら何をしていたか、攻撃の準備? 仲間への報告? 当然、単純にレネスさんや他のエルフたちを利用する為にに居ただけかもしれない」


ダラダラと、やがて森の出口に足を踏み出し、平原へと足を踏み入れ、遠くに見えるロナスの街に目線を贈る男。


森の外を出ても尚、陽の少ない暗い曇天どんてん日和ひより



「……退路の確保であろう、回りくどく語るでない。馬鹿にしておるのか」


左腕に抱えられる鎧兜の女が、その無為むいな退屈潰しにしびれを切らしロナスの街で向こう側で現在進行形で起きている戦いの騒音に耳を澄ませるようにしつつ、男との会話に飽き飽きともにじませてまぶたを閉じる。


「ちっ、驚かせ甲斐かいが無いったら。のアレが街の騒動に巻き込まれない為にを隠して、存分に暴れ回る為のが北の森にあるんじゃないかと俺も考えた」


「ふん。我が聞きたいのは何故なにゆえにレネスにそのを任せたかという事だ。くだらぬ貴様のの話など聞いておらん」



辛辣しんらつなこった。それに関して言えば、に意味があるからだよ。探索とかに向いてそうだったし」



 「戦いの経験とかを含めて、の為になると期待してる訳だ」


やはり昼前にもかかわらず、暗躍する影は薄く——それでも尚と盤面の外で盤面の内側以上に影はうごめく。再びと吹き抜けた風を用いて首を傾ける男と鎧兜の女。


よ。あのレネスが貴様の言うに真っ向からいどみ、勝てると思っておる訳でもあるまい。念の為とはいえ、我にを踏ませおってからに」


「——で歩いてんのは俺だっての。ま……一見すると、あのいばらの魔法は相性が良いように見えるからな、良い勝負はしてくれるだろ。最後まで倒し切ってくれるのを期待したい所ではあるけど——」


彼らは同時に先んじて、ロナスの街から北の森へと目を向けて——が起こる前から、その光景を眺めているようであった。



「やっぱり系の能力は使えるんだな。窮地きゅうちを救う恩売りを含めての打算だ」


「急ぐぞ……一応、可能性はいくつか伝えては居るとはいえ、で、もうは吹き飛んでるかも知れねぇ」


烈火れっか膨張ぼうちょうが突如として世界を一瞬だけ走り逃げるように照らし去り、風よりも速く押し寄せる途方もない爆音。


しかし、やはり——

「……さっさと我らでカタを付ければなど負うまいて。面倒なものよな」


鼓膜こまくを揺らす耳障りな衝撃に辟易へきえきな平常。男の左腕に抱えられる鎧兜の女の呆れ果てた様子の愚痴ぐちに、男は腰裏のかばんから怪しげな色合いのに似たを取り出して口へと近づける。



「——の準備だ。こっちも、そろそろ終わりにする」


『了解なのです‼ 様、様‼』


いよいよと佳境かきょう、長く遠回りな暗躍の影たちは、色合いそれぞれに一つの結末へと向かい始めていく。イミトとクレアは二人で一つのきびすを返し、様々な思惑を持って爆発の起きたばかりのへと向かった。


***


一方——、同じくの衝撃を耳に残し、



「——今の爆発も想定の範疇はんちゅうですか」


ロナスの街のの地の上空で戦いを続けていたリエンシエールは、戦いの交錯の後の小休止——対峙する相手から目を逸らすことなく、問い詰める。


「……少なくとも、心配する必要が無い事は


それに対し、敵とされる覆面の魔女は空飛ぶ箒の上で、魔力を放出する銃に似た魔道具の調整をしながらに無機質に言葉を返し、覆面による独特の呼吸音を溜息の如く静かに響かせる。


『私の許可なく動きを止めてんじゃないピョン、耳長女‼ 【氷柱楽々つらららら】】』


更に直後、リエンシエールの頭上からの怒号が響き渡り、空から無数の氷柱つららが襲い来る。



「くっ——‼」


リエンシエールの背後で紋章を描くように光輝く緑の魔力から伸びる氷柱つららを受け止め、彼女の身を守りながら、更に背後のロナスの街をも守り抜くの様相。


「——そろそろだと思うんだけど」


 「まだです‼」


そして武器の調整が終わり、再びと向けられた覆面の魔女の銃口に、リエンシエールは真剣な顔色で歯を噛んだ。



だが——ここからが更に、彼女にとっての


「いや、の話では無くて。あ——」


その時、覆面の魔女は——あの悪辣な男イミトが描いた未来予想図の中にある、平行線を辿たどるような戦いの変遷へんせんの予兆をさとるのだ。


も——なのですよ‼』


 「なっ——ぐぅ——⁉」


唐突に背後から、黒い顔布で顔を隠す彼女が現れる。



「おっ‼ 素晴らしい防御なのですね、流石はリエンシエール様なのですよ。とは違うので御座います‼」


盛大な声で存在を主張する少女の到来とうらいに、咄嗟に振り返り、少女のふせいだリエンシエールであったが、蹴りを受け止めた樹木ごと、凄まじい勢いで彼女は下方にしげる林の中へと落下を始めたのだ。



「デュ、デュエラ殿……いささか加減が足りなかったのではないかと」


「問題ない。ちゃんとも取れてる。それよりイミトのは?」


「はい‼ 作戦の変更は。このまま三人で状況が変わるまでリエンシエール様たちのをしておいてとの事です」


ここからはという結果が——容易に予期できる状況におちいる中で、三者三葉と空中で並び立つ暗躍者たちは林の中に落下し終えたリエンシエールの次なる動きを待ち受ける。


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