第82話 薄幸の双眸。3/4

——。


そんな物哀しさを抱え、世界の片隅で一つの戦いが終わったとては続く。

否、もはやコチラも一方的な虐殺、屠畜とちくとでも言うべきなのだろう。



「……予想以上に魔力を圧縮するのに時間が掛かった。デュエラさんが空に向かったのも確認した、直ぐに始める」


遥か高い空の上、ロナスの街の外側で空を浮遊するほうきまたがる魔女は、身に着ける覆面の硝子製ガラスせいまなこから慌ただしい世界を眺め、手に持った通信機に独特の呼吸音を吹きかける。


「うん、カトレアさんも……今、街の外に出た」


どうやら空から街の様子や取り立てて注目すべき人物たちの動きを観察してた彼女は、外側で暗躍をしていたエルフ族たちを統括とうかつし、行動を開始した事を通信機の向こう側の人物に報告しているようであった。


「魔力のを開始、の発動完了——同時にの発動、連結」


 『【大龍紋寝床メデュギュラデュアロデッサ‼】』


そして、同時刻並行して発動されたロナスの街の天井をふさぐ巨大なへびうろこが這いずるが如き平らな魔法を視認、



「……デュエラさんの大規模結界の展開成功、範囲も申し分ない。これでロナスの街は一部上空を除いて完全に封鎖、直に放出したで街は


巨大な街は、数名の暗躍者たちの手によってはたから見て世界から隔絶かくぜつされた様相を見せ始める。


しかし、否。

『そうなると、街の誰か——何人まで乗っ取れるか分からねぇが、身体を乗っ取ってるだろうあのは魔力波動の影響を受け始める』


「うん、恐らく体の中に潜伏できる対象は任意の場合は別として、内在魔力の低いや魔力を普段から戦闘に使うレベルで訓練していないだけなのは間違いない。それ以外は反発を受けたり逆に取り込まれたり変質させられたりしかねないから」



『一時的に周辺魔力を強烈なエルフ族の浄化の波動で乱してで押し出す。急激に変化する魔素濃度の気圧差で体調が悪くなる奴等も居るかもしれねぇが、そこは御愛嬌ごあいきょうってな』


目論見は別の所、彼らはロナスの街の行方など皆目興味が無さそうな様子で、通信機越しにここまでの計画に間違いは無かったと確かめ合うような会話を重ね、認識を共有し合う。



そして今回、彼らが狙う本命たる痕跡こんせきが姿を現し始めるのだ。


「——出てきた。

 『成功か?』


まさにロナスの街の各地から昇りゆく敗北の狼煙の如く。


「……デュエラさんのあたりで逃げ場を探して溜まり始めてる。予定通り、実証成功」


「よし。俺達も定位置に着いた。カトレアさんの援護に回ってくれ、手筈てはず通りな」



覆面の魔女と通信機越しに存在する男は、仕事の一段落にまばたきで瞳をうるおし、

やがて——、


「——了解」


ロナスに置ける全ての争いを終わらせる為の先を見据えた。


***


そんな事をつゆとも知らず、へびが這いずるような紋様もんようにへばりついて。



「ぐあぐうう——何なんだい……こりゃあ一体……‼」


周辺、街の外から波打つように乱れる不規則な波長で押し寄せる魔素の圧力に揺蕩たゆたい、意識を混濁させながら地上の様子を、うかがう。



潜伏せんぷくが保てない——取り入ってた連中から吐き出されていく……」


自らの分身がロナスの街の複数人の身体の穴という穴からにじみ出て、次々と倒れていく。長い時を掛けて積み上げてきたものが、たった数分で無意味となって己の元に帰す光景は、ドミノ倒しを失敗したような早熟が過ぎた爽快な光景と絶望なのであろう。



「逃げ場は——空も駄目、地上は魔素の濃度で押し出される。くそ……」


よって、取り返しが付かない。人々の中から邪悪な【】が抜けていく光景を目撃する一般人も多く、陰謀論の教科書につづられてしまっては二度と同じ手は通用しないかもしれない。


悔恨を噛むような黒い煙の凹凸な表情で敵は苦汁を舐めたように顔をしかめさせるのである。



「と、とにかく……これはもう撤収するしか、作戦は無理……色を変えて魔素が薄い方へ——」


そうして魔力の感知、魔素を感じる感覚の中で押し寄せる風の流れでも見るかの如く自らの窮地きゅうちを脱する道を模索する黒い煙の敵は、


黒い色を薄めながらロナスの街から逃げ出す道を選びゆく。


***


そのを語らう前に、の視点にも目をくばろう。



「これは一体——何が」


ロナスの人々の目をおおいに引いた空を駆る壮大な戦い。エルフ族のおさリエンシエールと、謎の襲撃者である仮面の騎士の一幕。


特に何も事の詳細を知らぬリエンシエールは、街を襲った仮面の騎士を街の外へ追い出した矢先に起きた謎の大規模な結界魔法の存在に酷く戸惑い始め、



「潜伏しているですよ。まだ戦闘を止めないで頂きたい、まだていますので」


そんな彼女に剣を振り下ろして茶番を続けろとうそぶく女騎士。未だ街の外壁に多くの兵が存在している事も踏まえて交錯する騎士の氷結の魔力を帯びる剣とリエンシエールの舞う樹木の魔法。


一瞬の邂逅の刹那、凍り付いては生まれ出でる蒼と緑の饗宴きょうえんは美しくも悲しく景色を彩り、周囲の目から彼女らを隠す。



僅かな時——を作るように。


「——詳しい経緯をはぶきますが、我々は敵が民衆の体内に潜伏し、恐怖や怒りなどの感情をあおを持つと推理するに至りました」


「……そのような力が。もしや我らの同胞が反乱を起こしたのも」


「その可能性はしれないとの事——今は街の周囲を結界で覆い魔力の波動で、かくひそんでいた敵をあぶり出し、敵を無意識下で操り、誘導している最中でしょう」



「逃げ場のない状況を作り上げ、抜け道を幾つか用意する。抜け道の先には、敵の本体を捕らえる為に各人員が待ち受けている手筈てはずです」



 「……なるほど。我らはこのまま、人の目を引くと」


そうして現状、リエンシエールが知らぬであろう巻き起こっている事態について交錯の最中に伝聞し、氷が砕かれると共に暗黙の内に距離を取る二人。



「そうなりますが、万が一にそなえ——別の動きの用意もあるようです。右から殿が来るので備えてください」


やがて情報の共有を終えて、一見すると次なる攻撃に互いに備えている様子の腹の探り合いの風体をよそおい、緊張を張り詰めさせながら仮面の騎士は次の脚本の筋書きを走り書いた。


「——⁉」


すればきたる魔力のかたまりの気配。咄嗟とっさにアドリブで、その弾丸の如く飛来した魔力の塊を己の樹木の魔法ではじき、突如として襲来した風体の空飛ぶ魔女の姿に視線を送るリエンシエール。



「——……体裁ていさい上、街を覆った結界はとの。または悪しき存在のたくらみを防ぐ為のエルフ族の一手。に解釈してもらいます」


 「……結界の影響でロナスの街に放たれた弱いも消し飛んだ。でもアナタにはの筋書き通り、ここから少し怪我をしてもらうから」


敵対者はとなりてはたから見れば絶体絶命の様相、彼女らの言葉通りに描かれていく未来予想図の正確さに、リエンシエールのほおに冷や汗が伝う。



そして——、

『話は終わった。じゃあ、ここからは遊ばせてもらうピョン‼』


先程までとは比べ物にならない程にを吐き散らし、途方もない冷気を放出し始めた。周囲の空気が凍り付き、気圧すらも異変がしょうじ始めて風が吹き荒び吹雪の情景、脚本とは到底思えぬがそこにはあった。



一方、

「最後にから伝言、ぞ。。だってさ」


その仮面の騎士の傍らでの調子を確かめ終えて、隣から放出される冷気を意にも介さないの口から独特な呼吸音と共に白い息と静やかな言葉が漏れて出でて。



「——レネス……そうですか、あの子が。では私の方も、ここからは全力で行かせて頂きます。私の不甲斐なさゆえに足を止めさせてしまった妹の人生の旅路を、故郷よりを再び夢見て‼」


最早、周囲の事を気遣う事すら許されていない事も悟り、その魔女が持ってきた伝言がのものだと理解する。


故に今、ただ——偽りのを民衆に見届けられたとすべく、リエンシエールは緑の魔力を世界からすれば小さきその身に改めて脈々と燃えたぎらせたのだ。



いつもうれいを帯びて己の後方を歩いてきた、姿を振り返るように思い返しながら。

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