第81話 喧騒に蠢き。4/4

***


こうして時は戻りけり、再びロナスの街の悲鳴に染まる喧騒けんそうは動き出す。


突如として襲来した兎耳を生やす仮面の騎士が世界に解き放った小石はと言った所であったろうか。


民衆を威嚇いかくする様々な種類の魔物から民を守るべく、エルフ族とロナスの兵士は各々に弓や剣を取り、魔物たちと相対している。


——全てはあのだ。


しかし、そんな事とはつゆとも知らずか——或いはつゆほどしか知らずか、



、あまり先走るな‼ 個々は弱いとはいえ、確実に処理をするんだ」


 「五月蠅うるさいい‼ 誰一人、傷つけさせない‼ これ以上、を傷つけさせてたまるか‼」


エルフ族のリコルという青年は同族の者たちにいさみ足をいさめられながらも、己の弓を強く握り締め、民衆を襲おうとする魔物たちに魔法の一矢いっしを次々と放ってロナスの街路を掛けていた。


「がああああ‼」

「きゃあああ‼」

「うぎゃ⁉」


「——サッサと逃げろ、向こうに行けばロナスの兵隊が避難所に案内してくれる」


 「あ、ありがとう……」


数多の恐怖に混乱する人々をに守りつつ、脳裏に思い浮かべるのは街の上空で怪物の如く氷を用いる騎士と相対し、全力で街を守るエルフ族のリエンシエールの苦慮くりょに満ちた表情。


そして反乱を起こされ敵に回ったとはいえ、かつての同胞の首を一族の長としての責務を果たすべく次々と処し、血にまみれ、けがれてしまった悲壮の情景。


——リエンシエールの為に。


「次は——か」


 「リコル‼」


エルフ族の青年リコルは、息を吐く間も惜しむように己の身をふるい立たせ、同族たちを置き去りに更に街の奧へと進んでいった。


***


だが、ロナスの街を襲う魔物に対して武器を取ったのは何もばかりではない。


ロナスの街を拠点に様々な肉体労働や商人の護衛や、魔物の討伐などを請け負う職を生業とするに所属する人々もまた、武器を取り、このロナスの危機に際して行動を始めていた。



「——……どりゃああ‼」


「へへ、雑魚雑魚。最初はを思い出したが、こんな雑魚魔物の相手をして、後でロナスの街にタンマリ報奨金を請求できるとなりゃ美味いもんだな」



ただ——彼らが斧などの武器を持ち、


自ら戦う理由はロナスの街や人々の為というよりも、


「ふふ。冒険者組合を始めとしたも、昨日のデュラハン騒動でもあって世間の風当たりが強くなりそうでしたからね、名誉挽回めいよばんかいの為にも張り切らなくては」


己の利益や打算によるものが大きい事はいなめない。

そして、そのゆがみから生じる軋轢あつれきは——


唐突に弾ける事もしばしばと、である。



「大丈夫か——‼」


「ん? エルフ族……なんでが人間の街を歩いてやがるんだ」


出会ってはいけなかった。

恐らくその出会いは、今この時に限ってあるべきでは無かったに違いない。


リコルと冒険者。

エルフ族と、人間。


「傭兵、いや冒険者……いや——だな貴様ら‼」



と、たち。


語られていない記憶は、過去は、それぞれたましいの数だけ語り切れぬ程にあり、それら全てが折り重なり絡み合って創り上げられてきたものをという。


出会うのはだったのかもしれない。

あの悪辣極まる男の軽口に言わせれば、


エルフ族とロナスの街の住人が再び手を取り合う過程で、必ずとしょうじてしまう問題が今——、ここにで突き当たる。



? 失礼な事を言うんじゃねぇよ、俺達や依頼を受けての中で素材の採集をしていただけだぜ、が——勝手に縄張りを主張してるだけだろ」


それでも何一つ負い目も無く、武骨な肉体を持つ人間の冒険者は武器である斧を肩にかつぎ、怒りの表情を浮かべるエルフ族のリコルを嘲笑まがいに見下げていて。



「そうですね。あくまでも我々は襲われたのでしただけです、良からぬは止めて頂きたいな。が出ているのですから」


かたわらの仲間と思われる数人の冒険者も同調するように、うすら笑いを浮かべる始末しまつ



「貴様らが我らの森にいやしい欲を持って踏み入りさえしなければ……‼」



、お前らがお前らの森だと言ってるだけだろ、とにかく——ここらの雑魚はだ、働かねぇと恩が売れねぇからな。の街に我が物で歩いてないで消えろよ



「それとも——お前もそこらの雑魚と一緒にしてやろうか? ああ?」


「貴様ら……‼」


込み上がる憎悪、湧き上がりつつある憤怒。


あまりにも不敬、あまりにも醜悪しゅうあくな匂いを帯びているような欲望と傲慢ごうまんけがれきった存在の放つ言葉、雰囲気、挙動の一つ一つがしゃくさわり、


リコルは己が持つ弓を、唾を吐かれた気さえしたを握り締め、敬愛する者の為に眼前の守るに値しないくずのような人間すら守らなければならないという使命感との間で葛藤し、歯を噛み締める。



一触即発、——頭上から気の抜けた声が震えた。



『——エルフ族様ガタが守っているエルフ族様ガタの森を勝手に自分の物にしてるというなら、このを得てになったのでしょう?』


「誰だ⁉」


 「……お前は」


その場にいた者の注目が、近くの建物の低めの屋根に向かい、そこに居たのはリコルに取って見覚え深いの姿に集まる。



聞いてみたいのです。それより、皆様ガタ——お喋りばかりしてないで働いてくれないと困るのですよ。で悲鳴を上げてる方も居て可哀想なのですますよ」


未だ街のあちらこちらで悲鳴や焦り困惑する人々の大声が木霊こだまする中、事情は知らねど動きを止めている者たちに彼女は注意をうながして、



「ワタクシサマは、自由に見物してても良いけど、街の人をと言われてるのですよね。あっ、あの方は誰かが助けたようで御座いますね、ふふ」



あやしく、あやしく、地の喧騒の隙間をうごめく虫でも観察するように僅かに顔布の布端を不穏な風におどらせる少女。



「さて——もう少しまでの時間があるみたいなので御座いますけど、どうしましょうでしょうか?」


「ね? な皆様ガタ?」

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