第81話 喧騒に蠢き。3/4
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その頃、時を同じくしてギルディア卿の執務室から我先にと逃げ出した黒い焦げガスのような形状の敵はと言えば、
「くっ——何でアイツがここに、レザリクス様の指示通り、存在を確認してからは完全に息を潜めていたというのに……‼」
砦の中心に位置する城の上空を黒雲の如く浮遊して進み、歯を噛むように
「ん——だけんど、ひひっ、まだアタシの運は残ってるみたいだね、レイネ・バーニディッシュ‼」
城の執務室で起きた騒動の音を聞きつけ、庭園から急ぎ城の中に入ろうとする人影を二つ。
砦に
「——……」
不安げに焦った顔色で城の中で何が起きているのかと
そんな非戦闘員の姿を見掛け、黒い煙のイミトらの敵はゴキゲンに独り言を呟く煙状の敵。
彼女は——彼女らを襲うべく動き出す、
「アレなら中に入って操れる——形成逆転——さ‼」
まさしく風に吹かれる煙の如く、動き出そうとしたのだ。
だが——そうは
「なっ——⁉」
唐突に背後から
それは黒い煙を意にも介さずに通り過ぎて、
「レイネ様、お早く建物の中へ‼」
「え、ええ……あ、あれは——なに?」
「レイネ様‼ 危険です——‼」
彼女らの下へと先んじて——否、やはり通り過ぎて。
「「——⁉」」
美しき花々が咲き誇る庭園へと落下するに至る。
「……ふぅ。あー、やっぱりまだ調整が甘いし制御が効かねぇな」
一瞬にして庭園の花々を爆発の如く宙へと満面に散らし、熱を放出しては居ないようではあったが、燃え盛る黒炎の如き様相が眼前の光景として広がって。
落下前にそれから飛び降りたのか、膝を突いて黒い炎の手前でシュタリと軽快に着地した鎧兜を被り、肩に御大層に装飾された剣を
背景に落下した物体の残骸から燃え広がり始めた黒き炎がまるで、それらすべてを目撃した者たちには悪魔の翼のように見えていた。
やがて——何が起きたか分からぬまま、唖然と目の前で起きた事柄に視線を送る貴婦人たちを他所に、己の心中に身を浸していた男は反省点を終えた様子で庭園の泉を囲う建築物の残骸を軽く蹴り転がし、周囲の惨状を眺めた。
「ん。確か……レイネ・バーニディッシュ様でしたか」
「——レイネ様、御下がりください‼ 近寄るな下郎‼」
男が乗ってきた【何か】の落下の衝撃で空へと投げ出された庭園の泉の水が雨の如く降り頻る一幕。
ようやくと白々しく貴婦人に視線を向ける鎧兜の男の振る舞いに、本能的に悪寒を走らせたように貴婦人に
「美しい庭園ですね。全く以って許されざる
されどそんなメイドの声に対し、メイドの身を
一方、
「……それは水竜の剣、当家の家宝が貴方の手にあるという事は先ほどの騒音、貴方の
貴婦人は頬に一筋の冷や汗を流しながらも、襲撃者であろう男が持つ見覚えのある剣を見つめ大まかな状況を即座に理解したのか気丈に振る舞う。
すると鎧兜の男は、拾った華の
「貴女の夫は存命で御座いますよ。ただ——御子様方の安否は天命次第とでも言いましょうか」
彼女の問いに是と
「——‼ メイナスとリフィリアに何をしたのです‼」
すれば、あの父ありて——ここの母あり。
一気に一層と顔色を変え、戸惑いと怒りが貴婦人の顔に浮かぶ。
「そのように御子様たちが大事であると
故に鎧兜の男の顔は傾き、嗤うような声を漏らすのである。
不透明な闇の恐怖を煽るが如く、鎧兜越しに匂いを確かめ終わった花を静かに地面へ放り捨て、
「——
何かの不吉、凶兆を匂わしながら。
そして鎧兜の男は更に告げる。
「さぁ、メイドと共に私などとは出会わなかったと去ってくれると有難いのですが。今の私は女性に手を出す気分では無い物——で‼」
「「——⁉」」
城の執務室から奪い去ったド大層に装飾された剣を鞘から引き抜き、剣の腹で空を弾き飛ばしたような暴風を意味深に世界へと
「早く行ってくれると助かりますね。それとも私のような若輩とスリル溢れる
「……行きます。私の身が夫や子らの
「レ、レイネ様……」
「はは、素敵な判断だ。流石はギルディア卿の奧方、火遊びは
為すべき事は何か。敵意こそ見せぬが武器を持つ略奪者に対し、何も持たぬ貴婦人に出来る事は無い。
己の身の丈を理解し、早々に会話を打ち切って背を向けたギルティア卿の妻であるレイネ・バーニディッシュの去り際に、肩に剣を担いだ男の称賛が空気を震わせる。
——そうして——荒ぶっている周囲の風が静まりを魅せる頃合い、城の建物の中に消えた貴婦人の姿を思い浮かべながら鎧兜の男は、満を持してと空へ語り掛け始めた。
「——さて、まだ居るんだろ。さっさと出て来い」
「……よくも邪魔を。イミト・デュラニウス……あの方から警告を受けた意味がようやく理解出来たよ、アタシゃ」
唐突に息を潜めて煙状の肉体の色合いを透明にしていた敵は、鎧兜の男イミトの再三に渡る看破に
だが——
「まだ理解出来ちゃいないだろ。そんな顔——今は顔が無いか、悪い悪い」
「顔どころか脳みそも無いらしい。あの方なんて濁った言い方した所で、俺の名前を知っている時点で特定されるし、組織として動いてる事も匂わせている」
始まるのは到底、和平や停戦を心から望むような会話ではなく、
「典型的な他の
「——ひひ、聞いてるよ。口の悪いイカサマ野郎、アンタの挑発になんか乗るもんかい」
口の悪い者同士の罵倒合戦の様相である。
それでも、
「へぇ——逃げ回った
「本体——魔力核も、ここら辺には無いだろうから分が悪い。話の成り行きで、もう俺達は
「それに——今日は女に手を出さない気分なのは噓でもないんだ。華の薫りに免じて今回だけは見逃してやるから、さっさと家に帰って大人しくパパのベッドで泣いとけよ」
イミトの話の向きは、幾ら挑発的で
「キザな男だねぇ、気色悪い。女を馬鹿にしてるタイプのクソの匂いだ」
「相手にも寄るさ。馬鹿にしたくなるようなアホが目の前に居りゃ尚更な」
「——ほら、他の奴等に姿を見られて得する事なんかねぇだろ、行けよ」
「……覚えておきなよ、この借りは必ず——」
だからこそ
けれど、見間違えている。
「利子も忘れるなよ、税金対策もしっかりな、甘く見てたら破産するぞ」
「——クレア、俺達も撤退だ。話は付いた……まさか執事さんとお楽しみじゃないよな?」
『楽しみとは何ぞ、つまらぬ。生かしておるわ。そのまま街の方へ向かえ、合流する』
「へいへい、了解。さっそく取り立てに行くとしますかね、っと‼」
この時、イミトが見据えていた目論見は決して停戦などではなく、逃げ去った敵にとって——あまりある後悔をもたらす更なる惨劇を与える為の下準備でしかなかったのだから。
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