第81話 喧騒に蠢き。3/4

***


その頃、時を同じくしてギルディア卿の執務室から我先にと逃げ出した黒い焦げガスのような形状の敵はと言えば、


「くっ——何でアイツがここに、レザリクス様の指示通り、存在を確認してからは完全に息を潜めていたというのに……‼」


砦の中心に位置する城の上空を黒雲の如く浮遊して進み、歯を噛むようにいきどおりを音として漏らす。そして最中、少し遠くに見える華の咲き誇る城の庭園にギョロリと目のような凹凸おうとつを動かし気付くのだ。


「ん——だけんど、ひひっ、まだは残ってるみたいだね、レイネ・バーニディッシュ‼」


城の執務室で起きた騒動の音を聞きつけ、庭園から急ぎ城の中に入ろうとする人影を二つ。


砦にそびえる城には似つかわしくないような気品あふれるドレスを着た貴婦人と、そんな貴婦人に仕えているのだろう給仕のメイドの姿。


「——……」


不安げに焦った顔色で城の中で何が起きているのかとうれいているようである。

そんな非戦闘員の姿を見掛け、黒い煙のイミトらの敵はゴキゲンに独り言を呟く煙状の敵。


彼女は——彼女らをべく動き出す、



なら中に入って操れる——形成逆転——さ‼」


まさしく風に吹かれる煙の如く、としたのだ。



——そうは問屋とんやおろさぬと、


「なっ——⁉」


唐突に背後からうなり出した機械のエンジン音のような音が雷鳴の如く木霊して、猛烈な突風と共に漆黒の塊が黒い煙の身体を突き抜けて蹴散らす。


それは黒い煙を意にも介さずに


「レイネ様、お早く建物の中へ‼」


 「え、ええ……あ、あれは——なに?」


「レイネ様‼ 危険です——‼」


彼女らの下へと先んじて——否、やはり


「「——⁉」」


美しき花々が咲き誇る庭園へと落下するに至る。



「……ふぅ。あー、やっぱりまだ調整が甘いし


一瞬にして庭園の花々を爆発の如く宙へと満面に散らし、熱を放出しては居ないようではあったが、燃え盛る黒炎の如き様相が眼前の光景として広がって。


落下前にそれから飛び降りたのか、膝を突いて黒い炎の手前でシュタリと軽快に着地した鎧兜を被り、肩に御大層に装飾された剣をかつぐ男の登場。


背景に落下した物体の残骸から燃え広がり始めたがまるで、それらすべてを目撃した者たちにはのように見えていた。


やがて——何が起きたか分からぬまま、唖然と目の前で起きた事柄に視線を送る貴婦人たちを他所に、己の心中に身を浸していた男は反省点を終えた様子で庭園の泉を囲う建築物の残骸を軽く蹴り転がし、周囲の惨状を眺めた。



「ん。確か……レイネ・バーニディッシュ様でしたか」


 「——レイネ様、御下がりください‼ 近寄るな下郎‼」


男が乗ってきた【】の落下の衝撃で空へと投げ出された庭園の泉の水が雨の如く降り頻る一幕。


ようやくと白々しく貴婦人に視線を向ける鎧兜の男の振る舞いに、本能的に悪寒を走らせたように貴婦人につかえるメイドが貴婦人を守るように身を乗り出し、甲高い声を上げた。



ですね。全く以って許されざるおやまちを犯したようだ」


されどそんなメイドの声に対し、メイドの身をはさんで邂逅かいこうした二人の様子は冷静を極めている。鎧兜の男は、足下に堕ちた花の一輪を拾い上げて、魔力で燃え盛る様相を見せる背後の元の姿が見る影もない破壊された庭園の炎をてのひら贖罪しょくざい代わりに吸収するように消し去って。



一方、

「……それはが貴方の手にあるという事は先ほどの騒音、貴方の仕業しわざに相違ありませんか」


貴婦人は頬に一筋の冷や汗を流しながらも、襲撃者であろう男が持つ見覚えのある剣を見つめを即座に理解したのか気丈に振る舞う。


すると鎧兜の男は、拾った華のかおりをぎながら——



「貴女の夫は存命で御座いますよ。ただ——御子様方のとでも言いましょうか」


彼女の問いに是とかたり、あまつさえと悪魔の微笑みを浮かべて居そうな声色で禍々まがまがしい鎧兜の視線をあやしく流すのだ。


「——‼ メイナスとリフィリアに何をしたのです‼」


すれば、あの父ありて——ここの母あり。

一気に一層と顔色を変え、戸惑いと怒りが貴婦人の顔に浮かぶ。



「そのように御子様たちが大事であるとのたまうならば、その問いの時間すらしむべきでは?」


故に鎧兜の男の顔は傾き、嗤うような声を漏らすのである。

不透明な闇の恐怖を煽るが如く、鎧兜越しに匂いを確かめ終わった花を静かに地面へ放り捨て、


「——えだからられた華ほど、もろい物は御座いませんよ。奥方様」


何かの不吉、凶兆を匂わしながら。

そして鎧兜の男は更に告げる。


「さぁ、メイドと共に私などとは出会わなかったと去ってくれると有難いのですが。今の私は女性に手を出す気分では無い物——‼」


 「「——⁉」」


城の執務室から奪い去ったド大層に装飾された剣を鞘から引き抜き、剣の腹で空を弾き飛ばしたような暴風を意味深に世界へとき散らし、時の流れを急かすように。


「早く行ってくれると助かりますね。それとも私のような若輩とスリル溢れる不貞ふていの逃避行などという女性の夢をお望みで?」



「……行きます。私の身が夫や子らの足枷あしかせになるのなら、この命など逃げた背を斬られ尽きた方がたましいの恥じぬ正道せいどう


 「レ、レイネ様……」



「はは、素敵な判断だ。流石はギルディア卿の奧方、火遊びはよろしくありませんからね」


。敵意こそ見せぬが武器を持つ略奪者に対し、何も持たぬ貴婦人に出来る事は無い。


己の身の丈を理解し、早々に会話を打ち切って背を向けたギルティア卿の妻であるレイネ・バーニディッシュの去り際に、肩に剣を担いだ男の称賛が空気を震わせる。



——そうして——荒ぶっている周囲の風が静まりを魅せる頃合い、城の建物の中に消えた貴婦人の姿を思い浮かべながら鎧兜の男は、満を持してと空へ語り掛け始めた。



「——さて、まだ。さっさと出


 「……よくも邪魔を。イミト・デュラニウス……から警告を受けた意味がようやく理解出来たよ、アタシゃ」


唐突に息を潜めて煙状の肉体のにしていた敵は、鎧兜の男イミトの再三に渡る看破に辛酸しんさんを舐めさ尽くした様子で観念したのか黒い正体を現し、仕方なくと誘いに応じて言葉を返す。


だが——

「まだ理解出来ちゃいないだろ。そんな顔——今は顔が無いか、悪い悪い」


 「顔どころか脳みそも無いらしい。なんて濁った言い方した所で、俺の名前を知っている時点で特定されるし、組織として動いてる事も匂わせている」



始まるのは到底、和平や停戦を心から望むような会話ではなく、


「典型的な他のる獣、完全に三下。人材にも恵まれてねぇな、とやらも」



「——ひひ、。口の悪い野郎、アンタの挑発になんか乗るもんかい」


口の悪い者同士の罵倒合戦の様相である。

それでも、


「へぇ——逃げ回った姑息こそくツラで随分な余裕じゃねぇか。まぁ頭は三流も良い所らしいが、テメェ様の能力がなのは認めてる所だ」


 「——も、ここら辺には無いだろうから分が悪い。話の成り行きで、もう俺達は御尋おたずね者な訳でもあるし……」



「それに——今日は女に手を出さない気分なのは噓でもないんだ。華の薫りに免じて今回だけは見逃してやるから、さっさと家に帰って大人しくパパのベッドで泣いとけよ」


イミトの話の向きは、幾ら挑発的で嗜虐しぎゃく的で怒りをあおるようなものであっても停戦の提案に相違は無いようだった。



「キザな男だねぇ、気色悪い。女を馬鹿にしてるタイプのクソの匂いだ」



 「相手にも寄るさ。馬鹿にしたくなるようなが目の前に居りゃ尚更な」



「——ほら、他の奴等に姿を見られて得する事なんかねぇだろ、行けよ」



 「……覚えておきなよ、この借りは必ず——」


だからこそかすれた女の声を放つ煙状の敵も、警戒交じりに安堵の雰囲気をかもしつつ、ここは一度撤退と城の庭園に吹き抜ける風に身をゆだねるように捨て台詞を残し安心して去っていくのだろう。


けれど、


「利子も忘れるなよ、税金対策もしっかりな、甘く見てたら破産するぞ」



 「——、俺達も撤退だ。話は付いた……まさか執事さんとお楽しみじゃないよな?」



『楽しみとは何ぞ、つまらぬ。生かしておるわ。そのまま街の方へ向かえ、合流する』



「へいへい、了解。さっそくに行くとしますかね、っと‼」


この時、イミトが見据えていた目論見は決して停戦などではなく、逃げ去った敵にとって——あまりあるをもたらす更なる惨劇を与える為の下準備でしかなかったのだから。

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