第81話 喧騒に蠢き。2/4
***
そうして、天井に向けてか——或いは初めの一つを表現する為か、その場に居る者たちに魅せつけるようにイミトの人差し指は突き立てられて。
「まず一つ。そこの焦げガスが半人半魔だと仮定した場合、ベースとなっている魔物は何かを考える」
「「——⁉」」
語らい始めるは推察、ここに至るまでの様々な段階を
「二つ。伝承または常識の中に存在する煙状の実体を持つ魔物の確認、或いは人の体を乗っ取る力や操る性質を持つ魔物との照合」
淡々と、淡々と、聞く相手の反応を
「三つ。該当の魔物が存在しないなら、人類が未確認の魔物である場合と、新たに創り出された人工の魔物である場合が考えられる」
「それでも俺は、矢継の森で、とあるクソ野郎が意識のみで存在していた事を踏まえてこう結論付けた」
やがて至る結論に向けて意気を吐き、三本立った右手の指を折り曲げ直し、首筋に掌をあてがうイミト。彼の気怠げでありながら鋭い眼差しも、スッと部屋の出入り口に滞留する黒い煙へと向かった。
「そこに居る焦げガスのテメェの正体は、半人半魔の実験の過程で生まれた——命を持った、或いは人間の意識を
「——魔素? 移植だと⁉ 何を言っているんだ貴様は‼」
「……」
ギルティア卿には確かに、知る
否——知る由があったとしても、やはり信じ難い事には違いない。
で、あったとしても、
「昨日の夜、俺達が居なくなってからのアンタらの会話はソファに仕込んでいた魔通石で聞いていた」
「全く以って……子供の体を乗っ取って人質にするなんざ、語るまでもねぇ定番な事をしてくれる」
イミトは真実の如く語らい、確信めいて予測するに至る。
故に怪物、故に
「くっ——‼」
沈黙は
それ以外に選択肢など無いかというが如く悔しげに。
「まぁ……逃げる他は無いわな。上位存在の魔物に取り込まれたら意識なんて
彼に、その浅はかさを見透かされているとも気付かないまま。
けれどイミトは直ぐに煙を追うことも無い、それより先に片づけなければならない事がまだ残っていたのだから。
「ギルディア卿。説明は後だ、子供の中にあったアレの
「魔素不足も起きてる。急いで治癒と浄化の魔法を掛けてやりな。念の為に砦にいる連中にも調査と対応を」
遠くから足音けたたましく迫る兵隊の足音。それを片耳で澄まし聴きつつ、ギルティア卿が抱く双子を見下げるイミト。双子は、気を失っているだけのようではあるが顔色が悪く貧血を起こしているように蒼白な表情。
「……本当に、我らを救いに来たのか」
「敵を潰しに来ただけさ、だが——アンタが子供を見殺しにしなかった事に免じて、情報収集を諦めてやったのは恩着せがましく言っとくよ」
「……」
なけなしの気遣いの如き、そんなイミトの言に怪訝に問いを向けるギルディア卿。
するとイミトは、右手に黒い渦を灯し——己の眼前に黒い渦を押し当てて頭部を覆う
そして——、
「ギルディア卿、御無事ですか‼ 今、通り過ぎて行った煙は一体——⁉」
「な、なんだ貴様は⁉」
「——ふぅ。ではギルティア卿、この世に語り継がれる宝剣を
事件の起きた現場に駆けつけてきた砦内の兵士たちと相対し、彼は少し礼節を
すれば、
「敵か貴様——‼」
駆けつけた兵士たちが、状況証拠でそう判断するのは容易い。
最初の一本を皮切りに、次々と
「まっ——」
砦の主であるギルディア卿の指示を
「「「「——⁉」」」」
だからこそ彼は——間も置かず時に身を
「【
——魔力で構築される煙幕。
一瞬にして室内は闇の如き煙に包まれ、突如として襲来したかのように見える暗躍者は駆け出した。
「逃げたぞ‼ ソイツを追えぇぇえ——‼」
「「「「オオオオオ‼」」」」
兵士たちが開いた扉、それに向かって兵士たちの肩などを足場にしたり蹴散らしながら通り抜け、暗闇の中を駆るイミト。逃げる者を自然と追い掛けてしまうのは人の
放たれようとされていたギルディア卿の制止など、もはや誰も聞く耳を持たずに事は進み、
「ギルティア卿——お怪我は⁉」
イミトが去った後にまたも一瞬の内に風と消え去った黒煙が晴れた室内には、ギルディア卿を含め、数名の兵士たちしか残らない。
「あ、ああ……私は大丈夫だ。それより、我が子らが巻き込まれ、
「はっ、直ちに‼」
いったい何を考えているのか。
ただ——悪を
「イミト・デュラニウス……貴様は一体……」
救われた我が子を抱くギルティア卿には、どうしても単なる悪のようには思えない事だけは確かである。
***
そして手入れの行き届いている石材調で歴史の
「そんで——アレは何処に行ったのやら」
先に何処ぞへと消え、ギルディア卿との会話や兵士との鬼ごっこで時間を取られて本来の目的である敵を見失っている状況。
そんな時の折り合い、
「——⁉」
突如として砦の壁が壊れ、内部へと突き抜けてきた老人とイミトは再会するに至る。
「ありゃま、執事さん。調子はどうだい?」
名はラディオッタ。されど今もそれは
誰の仕業かは明白だ。
「——ソヤツは中々やりおるぞ、イミト。貴様の勘は良く当たる」
「お褒め頂けるほど、動けては居りませぬよ……この老体」
その老体との戦いを骸骨騎士を操るクレア・デュラニウスをけし掛けたのは己——イミト自身なのだから。
未だ鞘に納まったままの普通の剣を杖代わりに立ち上がる老紳士風の執事は、労苦を表情に浮かべつつも年の功のように穏やかに平静を振る舞う。
「へぇ……ま、それも定番だ」
されどイミトらからすれば老体などという言葉は謙虚を越えて嫌味にも聞こえるのだ。それほどにラディオッタ、老紳士風の執事の肢体から漲る気配はそこらの常人とは全く違うものなのである。
しかし、今はそれよりも本題。
「ところで丁度良かった。煙が何処行ったか知らねぇか?」
「見失っておるのか……まったく、向こうの方に行くのをチラリと見たわ」
「——いけない‼ そちらには庭園が、ギルティア殿の奧方が居られます‼」
『居たぞ‼ あそこだ‼』
様々な事情、状況が錯綜する中でイミトが己の役目として優先すべき敵の行方。
「ちっ——クレア、ここは任せた。執事さんも渡してたメモ書き通りに頼む」
背後に迫る兵士たちの騒音と、空気を読まぬ時間の流れに苛立ち、珍しく嫌悪を持った舌打ちを魅せたイミトはクレアの語った情報を頼りに行動を再開する。
「全力でやってもらわないと、色々とバレちまうからな。ギルディア卿の奧さんの事は任せてくれ」
クレアとラディオッタの間を通り抜けるように走り出しつつ、己が描いた茶番演出の釘を刺してその場から去っていくのだ。
すると、そのような上からの態度を、
「——ふん、ずいぶんと見下げられたものよな。一度の敗北で……このような者どもと競り合える演技が出来るとなどと……」
彼女が機嫌よく受け取るはずもなく、骸骨騎士が高々と振り上げた大剣に力がこもるのは必定。
「敵と扱う事の方が難儀なものよ‼」
「皆よ! 近づくな、さがれ‼」
「——⁉」
イミトが走っていく通路諸共に砕く、床に叩きつけられた会心の一撃は、ロナスの砦の混迷する騒動を——更なる混沌へと導く。
「ひゅー……お怒りで、怖い怖いったら——相当ストレス溜まってたみたいだな」
しかし、己は知らぬ存ぜぬと先んじて窓の外へと跳び出してクレアや老紳士風の執事が示唆した方角を空中を
「——アッチか。ちと、全力で走るかね……まだ、試行段階なんだけど【
透明な薄い
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