第81話 喧騒に蠢き。1/4
——いったい、何が起きている。
騒乱の中、未だ姿を現していない敵もまた、混乱の極致に至っていた。
群衆に
そのような場当たり的な計画が絵空事であったかのように、訳の分からぬ突如として現れた第三勢力に塗り潰されて、人々の混乱と喧騒に巻き込まれているのはコチラではないか。
魔王の復活? 結界の鍵?
——何を言っている……魔王石ならば、既にコチラの手の中だ。
分からない、解らない、判らない。
何故そのような間の抜けた話に今更なっている。
——あの方の計画は完璧だったはずだ。
既に偽物とすり替えていた魔王石を脅しに使って有利な交渉をすれば良いとエルフ族の反乱を
魔王石の消失の責任の全てをエルフ族に
魔王石の行方を巡って周辺諸国と国民を疑心暗鬼の恐怖のどん底に陥れる。
——何が間違っていた。何を間違えていたのだ。
そもそも想定外が多すぎた。
エルフ族の反乱組に与えた目暗ましの為のゴブリン王の消滅、ロナスを襲ったデュラハン、そして——何より、アイツらだ。
未だ姿を現せずに居る敵は、そのような思考を巡らして思い起こす。
——何故に、ここまで動きを読まれ、先手を打たれているのか、と。
それは——女騎士カトレアとユカリが、リエンシエールと共に狂言とも言えぬ狂言をロナスの街で始めるほんの少し前の出来事。
***
「お父様、お父様もロナスの街に向かうのですか?」
「……ああ」
ロナスの街から
「ロナスの街のお菓子屋さんの様子も見て来て欲しいです……皆様、ご無事だと良いのですけど、お父様も気を付けてくださいね」
砦の城主ギルティア卿の子と思われる双子の女の子は可愛らしいヌイグルミを抱きながら、隣に居る弟か兄かに声を掛け、そして改めて父の背を見た。
「……」
しかし事が事だけにか、ギルティア卿の厳格な顔色は晴れない。
それ所か、冷や汗を一筋流し、何かに迷い尽くしているような面持ちで
「「お土産は、リエンシエールの首をお願いしますね。お父様」」
「——子供を人質に取るなど、ゲス共め」
声を揃える双子の狂気としか思えぬ可愛い子ぶった
それもまた、致し方なし。
当然、全ての事柄に置いて事情はあるものだ。
「ひひひ、アタシだって、この最終手段を使う予定なんて無かったんだけどねぇ」
「余計な邪魔が入った事を
双子らの笑みは双子故か同じように
「いつから——息子たちの中に入っていた」
子ではない。決して。
「さぁね……ここ数日は、体調を崩している事も多かったんだけど、パパやママなら気付いてたんじゃないかい? ひひひ」
「酷い父親」
「酷い父親」
「「酷い父親」」
——子ではない。
されど子の顔から放たれる言葉は的を射て、湧き上がる無力感に返せる言葉も無い。
指摘通り、我が子の異変など何も気付く事が出来なかった己にも
「「アタシたち、ずっと苦しんでいたのに……うううう、ひひひっ」」
「貴様……っ‼」
それを楽しげに眺め、そして煽るように意気揚々と双子は白々しい芝居を行い、笑い合う。すれば殊更、ギルティア卿は握っていた拳の力を爪が食い込むほどに強め、怒りで歯を噛み締める。
しかし——やはり人質。
意に沿わねば子供の命を処すに容易いと自在に己の首に手を掛ける振る舞いに、ギルティア卿は身動きが取れずに居るのだろう。
勿論それは、ギルティア卿は、の話であるが。
『——ああ、もういいや。めんどくせ、くだらない茶番はカットだな』
「——は? 今、なにか言ったかい?」
双子とギルティア卿しか居らぬはずの砦の城の執務室。しかして何処からともなく響くは、余りある退屈に辟易とした息を漏らす、あの悪辣な男の声。
と、その刹那——猛烈な勢いで何かが迫ってくる空気の震えの後、
「「「——⁉」」」
執務室からバルコニーへと続く窓扉を粉砕して部屋へと押し入る二つの影があった。
「【
一つは、左肩からその先までを鎧で包む軽装の男。
「——あ、アンタらは、うぐっ——⁉」
「【
そして灯された黒い渦から、繋がれた糸を引きながら猛烈な勢いで飛び出した鎧の腕を操るように双子の首根っこを捕らえ、
「メイナス、リフィリア‼」
ギルティア卿の動揺を他所に、触れている相手から魔力を奪う技を施行する。
『ま、マズイ——オロロロロ‼』
すると何かを本能的に察したか——双子それぞれから双子ではない謎の声が響き、双子らの身体から引き摺られるように黒い煙が全身の穴という穴から圧縮されていたガスが抜け出るような音と共に溢れ出て、男から距離を取るように風や男の吸収の影響を受けずに部屋の出口に滞留を始めた。
「うし、想定内」
そうすれば男は魔力の吸収を止め、手で掴んでいた黒い糸を引いて、先に繋がる鎧の腕が変化し、全身を覆う
ただでさえ状況理解が追い付かない慌ただしい状況。
その中にあって、もう一つの影と共に白黒の斑髪の男が突き破ってきた窓扉から部屋へと飛び込む新たな登場人物。
「——ギルディア卿、御無事ですか‼」
「こ、これは——‼」
「……いや早いな。執事さん」
慌てた様子の老紳士風の執事は部屋へと入るなり、その部屋の主の身を案じ、そして硝子片の散乱し、幾つも異常が発生している部屋の内情に戸惑って。それでも彼が事が起きた後で迷わず部屋へと飛び込んできた速さを
されども予定調和の一つではあったようでもある。
「イミト。貴様が言っておった執事はコヤツか」
何故なら、もう一つの影。片手に漆黒の大剣、もう片方には漆黒の兜を携える骸骨騎士の暗い闇の如き眼底に不吉な赤き光が
「ああ。この剣と——それからついでにコイツも、貸してもらいますよギルティア卿」
そして白黒の斑髪を頂く男、イミトは倒れた双子の様子を心配して駆け寄るギルディア卿を尻目に淡々と歩きだし、壁に掛けられていた普通の剣と御大層に装飾を施された剣の二振りをそれぞれの手で
「イミト・デュラニウス‼ これは何のつもりだ‼」
「世界征服を目論む悪の秘密結社ごっこ、ですよギルティア卿——」
ギルディア卿の威勢の良い問いを軽々とあしらって老紳士風の執事へ向け、普通の剣を放り投げる。
「貴様には、このクレア・デュラニウスの相手をする栄誉を与える。老いても尚、剣士と宣うならばその剣を取るが良い、名も知らぬ執事よ‼」
その意味は、剣が老紳士風の執事の足下に届いた瞬間に放たれたクレアの言葉を聞けば、より明瞭。
されども、その意味を常人が理解する速度などの一切を考慮せずに、クレアの大剣——骸骨騎士の死体は動き出す。
「⁉ ——ぐおっ‼」
老紳士風の執事は咄嗟に、そんなクレアの敵意に対し本能を刹那的走らせたのか、足下に落ちた剣を片足で拾い上げて鞘から剣を抜く暇をも惜しんでクレアの大剣を受け止め、しかし受け止めきれずに既に砕かれ解放されている窓扉の外へと吹き飛ばされてしまう。
「ラディオッタ殿‼ どういうつもりだ、答えろ‼ イミトデュラニウス‼」
老紳士風の執事の名は、ラディオッタと言った。
しかし今はそんな事は
そして——、もう一つ。
「イミト・デュラニウス……どうして、何でアンタがここに居る‼」
正式な部屋の出入り口の扉前で滞留する黒い煙が放つ女の声も、イミトを問い詰めるのだ。
すれば
「——質問が多くて嫌になるね。誤解を招きやすい性格は治したいもんだが」
「順を追う時間も無いものの……」
理解と順応の遅い二つの魂に、地獄耳のように遠くから迫る更なる足音に面倒げに傾けて如何に立ち振る舞うかを彼は思案し始めるのである。
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