第80話 決起の騎士。5/5

***


時を同じくしてロナスの街には、もう幾つかの動きがある。


ロナスの街のレンガ調の建物の中で、ひと際高い灯台に一人の女騎士が胡坐あぐらで座り込む。


白い角の生えた漆黒の仮面で顔の上半分を隠し、朝食にと用意されていた少し固めのサンドイッチをむしり、とある建物の入り口に集まる群衆をで見下げていて。



「——あー……人間、人間、人間。うじゃうじゃウジャウジャ居るピョンね。詳しい話は聞いて無いけど、どうせイジメ大好き正義の矛盾マンみたいに大暴れで気持ち悪い事する為だけに集まった連中だピョンでしょ?」


そして轟々ごうごうと燃えるような瞳の色合いを強めるように乱暴に噛み毟ったサンドイッチを飲み込んだ後、ゲップでも出すかの如く口を開いて垂れ流す嫌悪。



かしげた首は楽天的な道化のようでもあり、しかし憎悪に満ちた地獄の鬼のよう。



「全員、殺すつもりでれって言ってたけど……確かに死んで当然の連中ピョンね」


傍らに置いていた氷漬けの水筒を鎧の甲がまとわれた手で掴み、固めのパンが喉から奪い去った水分を勢いよく補う。そうしてくちびるや口角から僅かに漏れ出た水気をそでで乱雑に拭き、女騎士は一息を吐く。



「気持ち悪い。気持ち悪い。自分は何も悪くない善人気取りの犯罪者予備軍ばっか……ホントに分かってるピョンね、


「——少し、が出てきたピョン。大暴れしてやるピョンよ」


憎しみに満ちた者たちの目、怒りに震える者たちの拳、恐怖に不安がる者たちの肌——弱者という存在の名の下で何もかもを許されているはず、救われるはず、などといった特権を持ち合わせているかのような、


群衆の一つ一つのうごめきに赤い瞳で目をくばり、女騎士は持っていた水筒を引っ繰り返して即座に流れ出た中身をさせてふたとする。


そして改めて食べ掛けのサンドイッチに手を伸ばすのだ。


すると、



「……信頼しているが、あまり無茶をするなよ。ユカリ」


蒼い瞳のカトレアがおもんばかるように彼女に言った。荒ぶる己の魂を感じたのかもしれない。



「兎ふふ……なに言っているか、やっぱり全然わからんピョンよ……カトレア」


赤い瞳のユカリは心配性の蒼い瞳に、そう言葉を返す。怯える己の魂を感じたのかもしれない。



歪に存在を揺蕩たゆたわせながら、近々に迫る時を待つ二つの魂。

彼女らは食べ掛けのサンドイッチを一口でに放った。


***


さぁ——、そして様々な思惑は動き、いよいよとで交錯するに至る。


「出てきた‼ だ‼」


 「「……」」


重厚な音を立てて開かれた建物の門、興奮気味に住人たちの声が飛び交う。建物中より現れるのは馬車をく馬、そして迎賓歓迎用の荷台に乗る二人の男女。



「領主様と馬車に乗ってやがる……他のエルフ族は後ろの馬車の中か……‼」



民衆への憎悪は、女にのみ向いていた。


「エルフ族……」

 「エルフ族……」

  「エルフ族……」


皆が口々に、その女の人種を口ずさみ——それぞれ様々な思いを胸に巡らせ、既に手に投げつける為の石を持っている者さえも居て。


確かに、領主と共に民衆の前に現れなければ少なくとも暴動に近しい罵詈雑言ばりぞうごんが飛び交っていたに違いない。


だが——それら——



「はああああああ‼ 全員まとめて——、ピョン‼【氷結楽園アイ・スクリーム氷柱楽々つらららら‼】」


非が無いと、罪が無いと、どもを断ずる幾重いくえもの冷酷の刃が彼女の叫びと共に一斉に天空に掲げられるのだ。



己らが企んでいた暴挙とは、なのだと言わんばかりに。


 「「「「「——⁉」」」」」



「いきなりに——【生命樹形セフィリグラム‼】」


されど、でもある。事前にそのような事を起こるだろうと聞いていたのか、何が起きたかも分からず硬直した民衆たちの中にあって領主ローディアスとエルフ族の長リエンシエールは動じずに対応を急いだ。


特に、突如として天空に現れた巨大な氷の礫の群れを前に、瞬間的な判断で魔法を的確に行使し、背後から緑の光を放つ巨大な樹木のつるを複数と溢れさせたリエンシエールの動きは筆舌ひつぜつに尽くしがたいものであった。


一切の躊躇ちゅうちょなくしきり始めた氷塊ひょうかいの襲来からことごとくと群衆を守り、複数のつるで氷塊を弾き砕き尽くして、街への被害も最小限のものとする動き。


だが、仕事を終えた緑の光を放つリエンシエールの蔓もタダでは済まず凍り付き動きを止められて、独りでに砕け散ってしまう。


まさに拮抗する【】と【】の衝突が結果。


その後に訪れる一瞬の静寂、戸惑いに暮れたままの群衆の間をうように霧の如き冷気が街の地面に流れゆく



氷の術者は、その隙を吐いてを挙げた。



『——ひゃひゃひゃ‼ 派手派手ぇ‼ これまでのストレス全部、八つ当たりに吐き出してやるピョン。ざまぁ無いピョンね、異世界人‼』


「はぁ……はぁ……。とにかく本当に本気で、やるつもりなのですね」


「な、なんだ……あの仮面の女は⁉ ⁉」


その雄叫びを機にか、或いはその以前——氷の襲来をキッカケに混乱の極みにおちいるロナスの街。唐突な魔力の消費に息切れをするリエンシエールを見下げながら、氷の術士である白い角と兎耳の生えた騎士姿の仮面女は嘲笑混じりに赤い瞳と共に小首を傾げて。



「——さぁカトレア。今度はピョン」


 「……まったく、どう考えてもやり過ぎでしょう。防いで頂いたから良かったものの……ふぅ」



そして蒼い瞳の彼女に、視線を動かし伝わらぬ挑発を贈る。

蒼い瞳の彼女は取り敢えずの、安堵の中で片目を閉じて呆れ果てたようだった。



『——偉大なる魔王ザディウスの‼ これ以上、街に被害が出る事を防ぎたくば、今度こそ大人しく魔王石のを明け渡せ、‼』


それから彼女は騎士として腰の剣を引き抜き、正々堂々と意気をかかげ、剣の切っ先をリエンシエールに向けてのたまうのだ。


そうすれば、のだろう。



「に、逃げろぉぉぉ‼ 巻き込まれるぞ‼」


誰の近くに居る事が現状、最も危険である事ならば。


「……守られといて、我先に。相変わらず逃げるのだけは本当に早いピョンね」


 「貴様それは——」


それが赤い瞳の彼女の心の琴線きんせんに触れて、腰裏こしうらかばんからの詰まった袋をバラ撒かせる事も分からずに。


「きゃあああ、魔物よ‼」


「街の結界はどうしたんだ⁉ 張り直したんだろ⁉」


逃げようとする民衆たちの退路を塞ぐように、次々と顕現けんげんする魔物たち。

狼や鳥、或いは液体状の人型生物、様々な怨念おんねんがロナスの街に悲鳴を木霊こだまさせる。



「ユカリ‼ 魔物まで解き放つなど私は——」


蒼い瞳の騎士は酷く戸惑った。


しかし、

「黙ってるピョン。ピョンよ」


赤い瞳の魔物は静かに彼女を抑え込む。

どちらにせよ、もはや時は逆巻かないのだ。



赤い瞳の魔物は、彼女らの行く末を見守った。


「——領主様。混乱する民を導き、安全な場所へ。私はを外へと」


 「……頼んだぞ、リエンシエール殿」


リエンシエールとローディアス。

立場こそ違えど共に民を、同胞を守る志を持つ者として彼女らは目で語り合い、街の混乱の最中、言葉を交わし合う。



そして——、始まるのだ。


「ロナスの衛兵よ‼ 民を守り、議会の方へ導け‼」


「出て来なさい、エルフの同胞たち‼ ロナスの兵と共に民の安全を守りなさい。怪我人や病気をわずらっている者を優先し——」



「「再びの敵の襲来——次こそ誰一人として、死なす事を許さない‼」」



「魔王石は——などというは、このリエンシエールが決して見逃す事はありません‼」


ロナスの街を襲撃するとの戦い。

エルフと人は手を取り合い、これに応じるべきだと宣って。


「……御上手なピョンね、に」



『——先人の祈り、命の願いたる森の加護よ。欲深き者の邪なる魔を包み、けがれを生命の循環に回帰させる力を今一度、我らに貸しあたたまえ【生命樹形セフィリグラム腐葉土アルフィタリクト‼】』


茶番をわらう魔物を見に宿す決起の騎士を尻目に、リエンシエールは深緑の光を放つ無数の葉を地にかせ、魔物に襲われる民衆を牙や爪から守りながらも空へと至る。



「後は誘導されながら、既に壊されている街の箇所を通り外へ出るだけなのですが……」


「兎ひゃひひゃ、私は演技が出来ないから、手加減しないピョンよ。‼」



 「——行きます。全ては未来の為に‼」



例えが、悪魔の仕組んだ甘い甘い、愚かな罪へのいざないだと分かっては居ても。



は、戦わなければならなかったのである。

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