第80話 決起の騎士。5/5
***
時を同じくしてロナスの街には、もう幾つかの動きがある。
ロナスの街のレンガ調の建物の中で、ひと際高い灯台に一人の女騎士が
白い角の生えた漆黒の仮面で顔の上半分を隠し、朝食にと用意されていた少し固めのサンドイッチを
「——あー……人間、人間、人間。うじゃうじゃウジャウジャ居るピョンね。詳しい話は聞いて無いけど、どうせイジメ大好き正義の矛盾マンみたいに大暴れで気持ち悪い事する為だけに集まった連中だピョンでしょ?」
そして
「全員、殺すつもりで
傍らに置いていた氷漬けの水筒を鎧の甲が
「気持ち悪い。気持ち悪い。自分は何も悪くない善人気取りの犯罪者予備軍ばっか……ホントに分かってるピョンね、アイツ」
「——少し、やる気が出てきたピョン。最後に大暴れしてやるピョンよ」
憎しみに満ちた者たちの目、怒りに震える者たちの拳、恐怖に不安がる者たちの肌——弱者という存在の名の下で何もかもを許されているはず、救われるはず、などといった特権を持ち合わせているかのような、
群衆の一つ一つの
そして改めて食べ掛けのサンドイッチに手を伸ばすのだ。
すると、
「……信頼しているが、あまり無茶をするなよ。ユカリ」
蒼い瞳のカトレアが
「兎ふふ……なに言っているか、やっぱり全然わからんピョンよ……カトレア」
赤い瞳のユカリは心配性の蒼い瞳に、そう言葉を返す。怯える己の魂を感じたのかもしれない。
二人で一人の半人半魔。
歪に存在を
彼女らは食べ掛けのサンドイッチを一口で同じ口に放った。
***
さぁ——、そして様々な思惑は動き、いよいよとその時で交錯するに至る。
「出てきた‼ エルフ族だ‼」
「「……」」
重厚な音を立てて開かれた建物の門、興奮気味に住人たちの声が飛び交う。建物中より現れるのは馬車を
「領主様と馬車に乗ってやがる……他のエルフ族は後ろの馬車の中か……‼」
民衆への憎悪は、女にのみ向いていた。
「エルフ族……」
「エルフ族……」
「エルフ族……」
皆が口々に、その女の人種を口ずさみ——それぞれ様々な思いを胸に巡らせ、既に手に投げつける為の石を持っている者さえも居て。
確かに、領主と共に民衆の前に現れなければ少なくとも暴動に近しい
だが——それら全てが見透かされ、今——
「はああああああ‼ 全員まとめて——黙れ死ね、ピョン‼【
非が無いと、罪が無いと、思い上がる者どもを断ずる
己らが企んでいた暴挙とは、このような物なのだと言わんばかりに。
「「「「「——⁉」」」」」
「いきなり無差別に——【
されど、茶番でもある。事前にそのような事を起こるだろうと聞いていたのか、何が起きたかも分からず硬直した民衆たちの中にあって領主ローディアスとエルフ族の長リエンシエールは動じずに対応を急いだ。
特に、突如として天空に現れた巨大な氷の礫の群れを前に、瞬間的な判断で魔法を的確に行使し、背後から緑の光を放つ巨大な樹木の
一切の
だが、仕事を終えた緑の光を放つリエンシエールの蔓もタダでは済まず凍り付き動きを止められて、独りでに砕け散ってしまう。
まさに拮抗する【
その後に訪れる一瞬の静寂、戸惑いに暮れたままの群衆の間を
氷の術者は、その隙を吐いて歓喜の雄叫びを挙げた。
『——
「はぁ……はぁ……何処の国の言葉か。とにかく本当に本気で、やるつもりなのですね」
「な、なんだ……あの仮面の女は⁉ 兎の耳⁉」
その雄叫びを機にか、或いはその以前——氷の襲来をキッカケに混乱の極みに
「——さぁカトレア。今度はアンタの番ピョン」
「……まったく、どう考えてもやり過ぎでしょう。防いで頂いたから良かったものの……ふぅ」
そして蒼い瞳の彼女に、視線を動かし伝わらぬ挑発を贈る。
蒼い瞳の彼女は取り敢えずの、安堵の中で片目を閉じて呆れ果てたようだった。
『——偉大なる魔王ザディウスの復活を我らは諦めない‼ これ以上、街に被害が出る事を防ぎたくば、今度こそ大人しく魔王石の封印を解く鍵を明け渡せ、リエンシエール‼』
それから彼女は騎士として腰の剣を引き抜き、正々堂々と意気を
そうすれば、当然と判るのだろう。
「に、逃げろぉぉぉ‼ 巻き込まれるぞ‼」
誰の近くに居る事が現状、最も危険である事くらいならば。
「……守られといて、我先に。相変わらず逃げるのだけは本当に早いピョンね」
「貴様それは——」
それが赤い瞳の彼女の心の
「きゃあああ、魔物よ‼」
「街の結界はどうしたんだ⁉ 張り直したんだろ⁉」
逃げようとする民衆たちの退路を塞ぐように、次々と
狼や鳥、或いは液体状の人型生物、様々な
「ユカリ‼ 魔物まで解き放つなど私は——」
蒼い瞳の騎士は酷く戸惑った。
しかし、
「黙ってるピョン。予定通りピョンよ」
赤い瞳の魔物は静かに彼女を抑え込む。
どちらにせよ、もはや時は逆巻かないのだ。
赤い瞳の魔物は、彼女らの行く末を見守った。
「——領主様。混乱する民を導き、安全な場所へ。私はアレを外へと」
「……頼んだぞ、リエンシエール殿」
リエンシエールとローディアス。
立場こそ違えど共に民を、同胞を守る志を持つ者として彼女らは目で語り合い、街の混乱の最中、言葉を交わし合う。
そして——、始まるのだ。
「ロナスの衛兵よ‼ 民を守り、議会の方へ導け‼」
「出て来なさい、エルフの同胞たち‼ ロナスの兵と共に民の安全を守りなさい。怪我人や病気を
「「再びの敵の襲来——次こそ誰一人として、死なす事を許さない‼」」
「魔王石は——魔王の復活などという邪悪な企みは、このリエンシエールが決して見逃す事はありません‼」
ロナスの街を襲撃する謎の集団との戦い。
エルフと人は手を取り合い、これに応じるべきだと宣って。
「……御上手な演技ピョンね、ホントに」
『——先人の祈り、命の願いたる森の加護よ。欲深き者の邪なる魔を包み、
茶番を
「後は誘導されながら、既に壊されている街の箇所を通り外へ出るだけなのですが……」
「兎ひゃひひゃ、私は演技が出来ないから、手加減しないピョンよ。耳長人間‼」
「——行きます。全ては未来の為に‼」
例えそれが、悪魔の仕組んだ甘い甘い、愚かな罪への
彼女らは、戦わなければならなかったのである。
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