第80話 決起の騎士。4/5

***


——そして翌日、近隣の農村や採掘場などの産業をツアレスト全土へ繋ぐ為の中継都市でもある広大なロナスの街に、領主を含めた政治議会の名義で、広報としての幾つもの看板が立てられた。


人々の反応はだ。


***


「エルフ族がだって⁉ 何を鹿‼ アイツらが魔物と一緒に攻めてきたおかげで、街は滅茶苦茶になっちまったんだぞ⁉」


とりわけ昨日、突如として反乱を起こしたエルフ族——ひいてはデュラハンという災禍さいかの魔物の襲来を受けて、街に残されたおびただしい破壊の痕跡を復旧する人々は看板に書かれた文言に批判的な態度を持つ者が多く、



「——魔王の復活を目論む魔族にエルフ族の一部が操られて、暴動が起きたが魔王石はエルフ族の長であるリエンシエールを筆頭に魔王石の封印を守り抜き、操られた同族も制圧……今後もツアレストはエルフ族と固く手を結び、共に封印された魔王石を徹底して管理、監督する……ねぇ」


或いは冷静に文字を読み、懐疑的に状況を静観する者とで二つに分かれている様子である。


は無事だったのか……良かった」


「——というか、魔王石がロナスの街の近くにあっただなんて」


他には安堵する者が居たり、不安に駆られる者も居て、状況は混迷——街中に幾つも立てられた看板の前は、どこも騒がしく人が集まり、井戸端会議を良くも悪くも賑わせていた。


「そりゃ今年はだったって事だろ。それにしても——」


 「本当に、守り切れるのかねぇ……なんてゴメンだぞ」



「エルフ族も、信用していいの? 操られていたって書いてるけど」



漂うは様々な感情、憶測おくそく——ぐんぐんとよどんでいく喧騒、口に出される問いに答えを出せる者が居なければ、それも負にかたよっていくがしかり。


「私の息子は、エルフ族に殺されたものよ‼」


 「俺の所だって‼ それなのに、エルフ族に何の御咎おとがめも無いなんて、どうなってる‼」


何より、現実問題としていきどおっても不思議ではない被害を受けた人々の大声が、行き場の無い怒りを吐き散らし、彼曰かれいわに民衆を震わしていく。



——不安を取りのぞき、安心を取り戻したいという温和な願いは、時に狂気に染まり過激に燃えやすい。


明らかに喧騒は、予想通りエルフ族にとって悪い方向へと向かっている事だけは確かだ。


「エルフ族なんてだ、の足下を見ながら魔法薬の技術をして原料の仕入れの量を抑えながら高値で売りさばく。金に目がくらんでる連中だぞ、なんて出来るか」


これまでの不満がとなりゆく。それを聞いた者たちに反論が出来る能力があったとて、かばって己の不利益をこうむりかねないなら、誰が真剣にその理屈を真面目に考えるであろう。



徐々に、徐々に、思考は停止する。


そんな時、一人の住人が看板前に集まる群衆に言った。



何の悪意も意味も無く、ただを言ったのだ。



「——おい‼ 捕まってたエルフ族たちが、もうじき牢から出てくるらしいぞ‼」


やけに鮮明に、その音は響き、群衆は首を一様いちように振り返らせる。

そして、足はおのずと——。


***


一方その頃、群衆の足並みがそろいつつある現状を知ってか知らずか、



「……昨晩は良く眠られましたか、リエンシエール殿」


警察組織の施設の如き建物の中で、ロナスの街の若き領主ローディアスは迎賓歓迎げいひんかんげい用の絢爛けんらんな装飾を施された馬車の荷台に座る既に身柄を釈放されているリエンシエールに近付き、声を掛けた。



「——眠れるはずもありません。このようなおぞましい……領主様こそ、少しお疲れが見えるようですが」


もうじきに前方の大きな扉が開かれ、己の姿が後方の馬車の中に控える同胞と共に衆目しゅうもくさらされる。そんな緊張感を帯びて彼女は不安を語り、そして同じ馬車の上に乗り上げてきたローディアスの顔色の蒼白さに気付き、意趣返しの如く彼の様子を伺った。



「うん。否定は出来ないな……あの男を未だ信用して良いのか、私はいまだ迷っている」


「事ここに至り……もはや後戻りなど出来はしません。信ずる他も無く、このような状況に追い込んだに、せめてもの一矢を祈りましょう」


同じく見つめる前方の大きな扉。

隣に横並びで座り合う二人、見据える未来も同じであろうか。


ただ一人の悪魔の顔を思い浮かべている事だけは想像に容易い。



「うん。どのみち愚かな私の首も跳ぶだろう……であれば、呪いの短剣の一つでも託す所存だ」


「ご安心を、アナタを含めたロナスの街の人々……いいえ、この地に住む者をとして死なせはしない。私の命を賭してでも」


扉の向こう——外から漏れ始めている野次馬の喧騒、にわかに慌ただしく不穏な気配に迎賓歓迎用の馬車をく馬も鼻息を荒く噴き出し、僅かにいななく。



「その言葉に嘘偽りがない事を期待する。領主である私と共に街の外まで出れば、の言うようには抑えられるだろう」


 「——参りましょう。事が全て収まり、その時に私の命が失われていても、約束を守って頂ける事を切に願います」



、エルフ族との約束を果たすと誓う。こちらこそ、今後とも友好な関係が続く事を願う」


いよいよと、前方の扉が警備の者たちの手により開かれ始めて。


もはや馬車に運ばれる他ない二人の男女は、己らの運命を覚悟し、息を飲み——その先の光景に、ただ揺るがぬ真剣な眼差しを送った。

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