第80話 決起の騎士。3/5

***


その後、確かにリエンシエールの高等治癒術とまでは行かねども常人ならざる速度でレネスの治療は終わり、


「それでイミト、この後はどうするつもり?」


上半身が裸のイミトが治癒の具合を確かめつつ、新たな服を黒い魔力で創り出す最中さなかに覆面の魔女セティスがイミトに将来の展望を問う。


当然と、既になのだろうと暗に示しながら。


「んあ、ああ……明日の昼前、リエンシエールさんが釈放しゃくほうすると同時に俺達も動き出す。作戦は二手か三手に分かれる予定だ」


すれば一段落と首を回して肉体のりを整え、語り始めるイミト。脳裏に確かに既に描き始めているのだろう未来設計図を開くかの如く、それでも尚と思案を続ける風体。



「敵をあぶり出しつつ、情報操作の手助けをする感じだ。レネスさん、エルフ族内部で協力してくれそうな人数が何人くらい居るか分かるか? 魔法を使える奴が良いんだが」


そんな理想の設計図を考慮に入れつつ、現実として実行可能か否かを確かめるべく、治癒魔法を使い終わって少しイミトから距離を置いたレネスに在庫の確認を問うように彼は訊く。



「……念の為に、姉が私の指示に従ってくれと言い残した者たちが数名ほど里の護衛も兼ねて待機しておりますが。しかし、残りの者たちは里の長老たちのむ者が多いかと」


「ふぅん……準備にもよるけど、その待機してる奴だけで足りるとは思うんだけど……そこはセティスにだな。色々と細かく確認しときたい事があるんだ、後で相談に乗ってくれや」



「——分かった。徹夜作業の予感」


それから彼は改めてセティスのたたずむ方へ顔を向け、言葉と共に目で語るように面倒事を予感させ、セティスの小さな肢体に腕を組ませて諦観の息を吐かせるのだ。


更に、そのような光景を前に、


「イミト様、ワタクシサマは何が出来るで御座いますか? 何でもするので御座いますよ」


「基本はセティスの手伝いだな……それから、ちと大変かもしれないが、やってみて欲しい事がある」


ウズウズと退屈を持て余す少女の声掛けに対して彼は彼女の頭を撫でて抑えつつ、こちらにも無茶を予感させる一言を放ち、また別の場所へと佇み待機していたカトレアにも目を向ける。



「カトレアさんは姫様か王子へ、ここまでの経緯の細かい説明と協力を要請する準備をしてくれ」


差し出した手は預けていたコーヒーを返してくれと言わんばかりに雄弁と物語り、語る口調は当然と出来るだろうと異論は認めぬと言った様相。


「——色々と必要な物があるのですが、恐らくレネス殿の協力で里にある物資を使わせて頂ければ可能かと思います」



「うし。共通認識として、まだ敵の正体や数はハッキリと分かってねぇが……レザリクスが企んでた筋書きとは違うエルフ族とロナス周辺が和解してるって話になれば、おのずとは想像がつく」


淡々と未だ全容が計り知れぬままに進んでいく会議に、かたわらで見ていたレネスが思考が追い付かず戸惑いの汗を流すのを他所に、それでも話は進み、イミトは己の思考を整理するようにあごを右手で撫でた。



——えてハッキリと語らぬのであろう。


未だ情報の少ない不確定な状況で、彼自身もまだ推測の域を出ていない今後の展望に疑念を持っているのだろうから。


しかしながら、解っている事もある。



「おおよそ分かってるのはだな。レネスさん、念の為の確認だがアンタを誘ってきた奴は、——から声を掛けてきたんだな」


エルフ族にしてエルフ族の長であるリエンシエールの妹であるレネスの下に現れて裏切りを唆した敵と思しき謎の存在。沈黙に閉ざされていた事実が、イミトらによってレネスの口から飛び出した事で思考の糸口は見えていた。



「……はい。そして私が断ると、すんなりと諦めて帰って行きました」


「気配は、から声がしたか? か? それとも?」


後は、その糸が切れぬように手繰るだけ。

そう宣うようにイミトが始めたのは尋問の如き聴取である。


「——あまり、覚えては……しかし姿も見えず気配も探知できなかった為、とても不気味で」


「その日、は出てたか? ランタンのは? そもそもその日、に外に出ていた」


「……」


何故、そのような事を訊くのか。一見と敵そのものとは関係なさげな細かい事を尋ねるイミトに少し困惑し眉をひそめるレネス。


だが、答えを戸惑っていると——



「答えよ、レネス。そのような些末さまつ痕跡こんせきを探る事こそ、こやつの阿保らしいを発揮させるのだ」


急かすように傍らのクレアが辟易と呆れた様子で息を吐き、レネスへと語り掛けた。



故に理由は未だ解らないまでも、遠い過去を思い出すように薄幸の眼差しを伏し目がちに彼女もまた、あごに僅かに手を当てて思考を始めるのである。



「……その日は確か、月は——いえ、出ていたかもしれません。出ていたはずです、ランタンも携えて、ロナスの街の近くの我らエルフが管理する森に怪しげな魔物が蠢いていると報告を受けており、それを確かめに里の数名で交代制を取りながら毎夜、警備の巡回をしていたのですから」


気にも留めていなかった事柄に対する曖昧あいまいな記憶、それらを無理くり引きずり出していくレネス。何とか答えられたと冷静さを保ちつつ、安堵あんどの面持ち。


だが——は続く。


「変な匂いはしなかったか? その声が聞こえる前か後で、玉ねぎとか卵がくさったみたいなよどんだ空気の臭いとか」


「——嫌な空気だったとしか……瘴気しょうきに近しい禍々まがまがしさはあったものかと」


 「そうか……」


視覚の次は嗅覚きゅうかくか。頭痛にさいなまれそうな淡々と訪ねてくる言葉に、いよいよとレネスは怪訝けげんな表情を浮かべる。加えて、答えを返してもイミトの対応は素っ気なく、己の思考に集中しているような面差しで甲斐かいもないのだから。



故に、彼女は今度は先んじて。


「とても挑発的な口調で喋り掛けてくる邪悪な印象ののどかすれた女の声で、イミト殿と同様に私のみにくい心を見抜くが如く笑い、ツアレスト王国に対するエルフの不満をあおった後で、私にツアレストと友好を維持すべきとする穏健派の姉への嫌がらせをすすめて来たのです」


イミトの意識を誘うように、これから尋ねられそうな事柄をつらつらと述べ並べたのかもしれない。或いは、もうこれ以上——自分に思い出せる事は無いと断ずるように。



すると、イミトは彼女の背筋がゾッとするような事を語る。


「そりゃ誘いをけて正解だったかもな、最初は小さな嫌がらせから始まったとしても、段々と誘導を強めて歯止めを効かせなくするとか、それをネタにしたゆすりたかり、罪悪感をあおりながら共犯関係を結ばせようとかってのはだ」


さらりと、あまりにもサラリと。


敵がレネスに接触した理由と目論見を容易く、大して興味もない様子で事も無げに看破し、どこか遠くをおもむろに見つめて小さな息を吐く。



思考は、のかもしれない。

そんな気配がした。



「てなるとだ……だいたい見えてきたな。それがだったのも間違いないか?」


 「……」


次なる問いに言葉なく頷いたレネスの対応を以って、彼は膝を叩き、



「よし。最後の質問だ、レネスさん。その素敵な夜は——例えば、の夜だったんじゃないか?」



「【百年利子ハンドレットレート裏帳簿ハンドブック・ブラックス】」



 「——⁉」


彼は静かに差し出した焚火に照らされる右手に黒い魔力の渦を灯し、闇深い目暗ましのけむりで夜の闇を包む。


やがて、それを目撃したレネスの反応をかんがみて——彼はへと至る。



「やっぱり相手の能力は、またはに近い性質に変化するか、する能力者と想定して動く。更に三か月前後の間にロナスの街に住み着いた女だ」


背景は黒いが闇は無く、焚火の炎の色を帯びる森の木々の色は尚も鮮明——月明かりの無い世界。


それはまさに、数か月前——レネスが敵と邂逅した時の光景に相違ない。



「さぁ……楽しい楽しい、ついでにの下準備を」



その光景を再現したイミトは、そのような確信を以って悪辣に嗤いつつ、脳裏に描く今後の未来予想図に本格的なを描きつづる。

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