第79話 告白。3/4
そうしてロナスの砦の執務室のバルコニーへと歩み出て、月明かりに温まる冷たい静寂の夜の空気に包まれながら、もはや叶わぬと思っていた二人の
「「——……」」
されど今更、どのように何を語らえば良いのか。
自らの命を家宝の短刀で絶やせと言ったその口で、或いは仕方が無かったとはいえ、互いが信ずる教えを裏切って禁忌を犯した己を恥じるその口で。
気まずい重苦しい雰囲気が夜に溶ける中で、月光に満たされた世界は二人の男女を鋭く密やかに見守る。
しかし、それでは
「何か……語る事は無いのか」
年の功を魅せつけるように、先に重い口を開いて飛び出るのは厳格な表情を崩さない男の静かな言葉。それでも不器用さは滲み出て、バルコニーの際で柵に手を置いた
「情報の収集は、叔父様が受けた指令のはずです……どうぞ、なんでもお聞きになってください」
しかしながら、こちらから語れる事は多くない。何が己らを不利にし、何を語れば有利となるか——仲間であるイミトの企む事柄の邪魔をしたくない気持ちと、敬愛する叔父に対して不義理をしたくない
彼女もまた不器用な面持ちで息を吐き、殊更に沈黙を
すると、ギルディア卿は
「……私が、半人半魔となった貴様を恥と思う事に未だ嘘偽りは無い。どのような理由があろうと、幾ら愚かと
「——分かっております。私とて、こんな形で叔父様と再会したくは無かった。私が騎士の道に進む事を後押ししてくれた叔父様と……」
——
「……貴様の父と母は、悲しみに暮れて今も私を責めているかも知れんな。私も、今となっては後悔の極みに至る。貴様が死んだと
「……」
今となっては後悔ばかり溢れ出る口振りに、女騎士カトレアは返す言葉も無く、それを黙って聞いていた。もう戻る事は出来ない世の無情。
「貴様が本当に人に戻れたとて、その白い髪は……母譲りの美しい金髪には戻らないのだな、カトレア」
「——愚か者の代価なのでしょう。私を清らかに生んで頂いた母にも、真摯に育てて下さった父にも合わす顔が無いのは重々承知しています。許されるなら……全てが終わった後に手紙の一つでも送りたい所ですが」
そうあるべきなのだと、叔父の後悔に感謝の代わりにカトレアも
その穏やかな気配を、前を向く強い意思を、或いはカトレア・バーニディッシュという騎士の変化を——、
「あの男は、そこまで信用が置けるか」
叔父であるギルディア卿は、そう総括して評した。
「……信用を置けるほど、気の抜ける相手ではありませんよ。その実、彼が何を企んでいるか私の思考の数十手は先を常に考えているような男です」
「ただ、実力も
「アレもまた、レザリクス・バーティガル同様に歪められた正義の形の一つなのだろうと思える程に」
するとカトレアは、室内で未だ領主と話し合いを続けている男へと窓越しに視線を送り、口惜しそうに我ながら呆れた物だと匂わせながら、ギルディア卿の指摘に同意した。
そして——、
「……男として、惚れているのか」
「——ええ。え⁉ いや、何を仰っているのですか叔父様。そんな訳は‼」
次なる指摘に、流れのまま無意識に頷いて、直ぐにハッと我に返り耳を疑うのだ。
「正直に答えなさい」
されど、カトレアへ少し振り返っていたギルディア卿は真剣な眼差しをしていた。
「……有り得ません。私は恋や愛などに
故に彼女は
すると、ギルディア卿は己の中に込み上がった思惑を語り始めたのだ。
「——私は昔、若かりし頃、貴様の母に密やかに叶わぬ恋をしていたことがあった」
「……いったい何を」
本当に、悪い冗談だと——真夜中の寝苦しい悪夢だと彼女は思ったのだ。
「聞け。貴様の母は美しく聡明で、兄……貴様の父と婚約が決まった際に出会い、私は一目で心を
「……あまり聞きたくは無かった話ですね。叔父様の妻であるレイネ叔母様を、私は
それでも揺るがないギルディア卿の真面目な口振りに、嫌悪を示しつつもカトレアは強く
きっと、語らなければならなかった事なのだろう。
「それが私の言いたい事だ。貴様の母と出会い、
「——……」
再びカトレアに背を向けて、少し遠くのロナスの街に向けてギルディア卿は静かに淡々と語り続ける。
「今では二人の子にも
そして胸元に常に掛けているのだろうリオネル聖教の紋章の付いたソケットを服の裏から取り出して、中に貼り付けられている家族の写真を眺めて。
神への感謝を雄弁に語るが如く瞼を閉じて祈りを捧げるギルディア卿。
彼は、そうしてカトレアに意を決した様子で尋ねるのだ。
「——……カトレア・バーニディッシュ。一人の騎士として尋ねよう……貴様がツアレストの騎士であるなら、あの男がツアレストに害を為す存在となった時、本当に斬れるのか」
返ってくる答えは、既に分かっているのだろう。それでも尚、彼は彼女の深層を見抜き貫かんとするような、これまで以上の強い眼差しで真っすぐと彼女を見据え、問い詰めて。
——答え方には気を付かねばならぬと、肌が逆立つような感覚を抱かせてカトレアの本能に察しさせるに至るのだ。
「叔父様にしては……面白い冗談を吐くと思いましたが」
すれば、心を整えつつ彼女も答える。
「——無論、斬りますよ。確かに、あの男を嫌いになり切れない自分が居るのは認めます。尊敬できる部分も見え隠れしている」
「しかし私は、騎士としてツアレスト王家とツアレスト国民に剣を捧げたその日から、私の全てはツアレストの為に動く。個人の私情で剣を
己を試しに来る冷徹な威圧感に負けじと、声も荒げることも無く静やかに、彼女は述べるのだ。
「それは——私にとって今でも尚、魔に
「……うむ。その言葉に嘘偽りがないことを期待する。あの男は……私の目から見て誰かを幸せにするようには思えぬ。良い男など、他に幾らでも居よう……幸せの形とは一つではない、その事を忘れず——」
こうして、特質すべき話は一区切り。
「後悔なきよう、生きるが良い。カトレア……望む形では無かったが、お前と再び語らえた事、私は嬉しく思う」
「……はい。有難うございます、叔父様」
迷い多き人生の脇道で立ち寄った夜景を展望できる砦のバルコニーの高みにて、先達から思わぬ告白と助言を受け取ったカトレアは和解とは行かずとも、改めてツアレストの国の
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