第79話 告白。1/4


そして強烈な脅迫を交渉相手に叩きつけたイミトはのちに、


「——ただ、残り二か月もあれば私はレザリクスから魔王石を奪還する事が出来ると断言しておきましょう」


「そうなれば、難航していたエルフ族との通商に決着が付き、順風満帆に鎮魂祭も迎えられる。如何いかがです、ローディアス殿下」


己の有用性を誇示するように威風堂々と体の前で手を組み合わせ、おごった様子で自信ありげにハッキリと今後の展望を確証めいてのたまうのである。



『……甘い誘惑の下地に不透明な黒の脅迫を幾つも。交渉のやり方とは言えんな』


を言える程、ツアレストの上層部が素晴らしい交渉術を持っているとは思えませんよ。このやり方は大国であるツアレストも手法、いや……ハッキリ申しますれば、とも言える」


一転して状況が反転し、交渉相手のローディアスの声色がくもり、逆にイミトは余裕綽々よゆうしゃくしゃくとした態度でありながら声の威圧を増す真剣みのある声色で、相手を嘲笑あざわらうようにカクリと首をかしげるのだ。



「そもそも、エルフ族の若者の中から反乱が起きた原因はツアレスト、いやロナス周辺のにある」


「国との契約で保障されたエルフの領域への不法な密猟みつりょうや盗賊行為の横行おうこう、再三のエルフ族からの請願せいがんに対し、ロナス周辺の政治は不法に裏社会で流通するエルフ族たちからの盗品をし、取り締まる事もしない所か、力を背景にエルフ族に対する貿易の要求を強めていくばかり」


辟易と呆れ果てるように瞼を閉じて、つらつらと語られる政治批判。

再びイミトが瞼を開く頃には、耐えがたきを耐えるが如き、平常心を保とうとするギルディア卿の厳格を表情と空気感が如実に視界に入り、イミトを殊更に呆れさせるのである。



「……その結果——搾取さくしゅだけされ、何の恩恵も無く自警をせざるを得ないエルフ族と次から次にやってくる密猟者、盗賊との争いでエルフ族の若者から死人が出る事も珍しくないと聞く」


何の反省も無い——深々と吐いた溜息には、そのような軽蔑けいべつこもり、彼はあおるように再びと遠回しに彼らのを批判するに至るのだ。



すると、ここまで耐えていたギルディア卿が、ローディアスとイミトの会話に割って入り静かないきどおりを抱えて口を開く。



だ。その件に関して言えば、我々もはやっていた。ローディアス殿下、このような者の甘言に乗る必要はありません」



 「やはり手筈てはず通り、この者どもを捕らえ、反乱したエルフ族を扇動せんどうしたに仕立て上げる策をこうじるべきだ」



いよいよと耐えかねて、ようやく本性を現すように目の前のテーブルに置かれたローディアスとの通信機器へと、腹の中に抱えていた強硬策を訴えかけるギルディア卿。



そして、のだ。


「ツアレストは、如何いかなる脅迫にもくっしない」



とても勇ましく、とても浅ましく。かんさわるように威圧的に。

故に、彼もまた極めてウンザリした。



「その脅迫される原因になったの態度を改めろって言ってんだよ、誇り高いが。やれるもんならやってみりゃいい……いい年して身の程知らずが解かるだろうさ」



 「なに……⁉」


当然の如く先々を見通し、既にギルディア卿らが企んでいそうな浅はかな手段を見抜いている様相の強き眼差しは、耳障りなはえの羽音をにらむように突き付けられる。



ギルディア卿は、そんな冷静さを残しつつも豹変したイミトのうやまいの欠片も無い物の言い方に、思わずと毛を逆立たせるようにソファから立ち上がろうとした。


——しかし、

『待て……ギルディア。その策は既に事前に看破されているようだ……である以上、この交渉のは彼が握っていると言っても過言では無いかもしれん』



ロナス周辺地域の領主であるローディアスは通信機器越しに冷静さを保ち、明瞭にいきどおりの感情を拳の中で握ったギルティア卿をいさめ、なだめるような口調で現在の状況を冷静に分析する。


——何をするかも、何を考えているかすらも分からぬ相手。

見通しの悪い闇の中、か——闇からの声の一つ一つが幾つもの最悪、数多の不穏を匂わし、連想させるのだ。



例えが、ハッタリかもと分かってはいても——知れぬであれば、ハッタリでは知れないと思う事もまた、



『イミト・デュラニウス、か……君の言い分は分かった。あのクレア・デュラニウスと同じ性を持つ男……ひとつだけ聞いて置きたい。貴殿らは、ロナスを襲ったとは本当に何の関係も無いのか』


やはり、何処まで行っても真相は闇の中。しかし交渉する男の口振りからみなぎる自信も相まって、ローディアスには彼と敵対する事が歩の悪い賭けに思えて仕方がない。


 張り詰めていた息を吐きながら何とか理性的に怒りを抑え、えりととのえつつソファに座り直したギルディア卿を尻目に、互いに場を整え合うようにイミトもまた紅茶の続きを嗜み、口を直すに至って。



「それは確実に保証を致します。根拠として用意できるのは——ふふ、俺は稀代きだいだから、という物くらいですがね」


 「ふざけた事を……」


不機嫌なギルティア卿を殊更に煽るような冗談を交えつつも、敵対の意思を打ち消し交渉の継続の意思を表示する笑みを溢すイミト。


「あのデュラハンは、何も知らず魔王の復活の為に動いていただけのようです」


「私どもは、あくまでも互いにとって最善の方法を提案するべく訪ねたに過ぎません。今、お話させて頂いた物も含めて、我々は我々の為に他に幾らでも強行できる策はある」


そして改めてと相手方の暴発を牽制けんせいしながら、音も無く味わった紅茶のカップを受け皿へと戻すのである。



「敵は、魔王ザディウスの魔石を奪い取り、今よりも更に世界を混迷に導こうとする国の内部に深く根を張る巨大な勢力。ここは、で協力体制を張りたいものなのですが——」



敵の敵は味方か、或いは利用できるこまか、もっと早急に肩を付けねばならぬ相手が互いに居るだろうとイミトは、なごやかにローディアスへと訴えかける。


すれば——、


『……エルフ族の譲歩じょうほ案、具体的な数字は用意しているのかね』


 「ローディアス殿下‼」



イミトが先んじて述べていた通り、もはやローディアスになど無かった。己らが描いていた展望よりも甘いみつの薫りがただよい、現実的で効果的な提案に乗る他に、欲を掻き立てるような選択など無いのだから。



『だが再三に渡って述べるが、私は国に貴殿の策を進言する事しか出来ない……事の重大さゆえに、決定権はツアレスト王国の王家にゆだねられるだろう。だ』



それでも、ローディアスは人の矜持きょうじを保とうとあらがうように、悪魔の誘いに釘を刺しつつ検討の余地を求めるのである。



——領主と言えど所詮しょせんは人の子か。


そんな、ほぼ成立の間違いない契約に際し、そんな彼の心の揺らぎに、迷いに——そっと手を差し伸べるような言葉を吐くだろうイミトは、



に関しましても御安心を、王家に直ぐにはたらきかける事が出来る者に一人、心当たりがありますので。、カトレア・バーニディッシュ」


「……」


新たな言葉の刃のを、何故なぜか静かに隣に座るへと贈るのだ。

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