第78話 血の代価。4/4


ロナス周辺の政治責任を持つローディアスの登場により、より政務にかたよった本格的な交渉が始まる。つらつらと譲歩案と要求を開けっ広げて述べたイミト。



『——話はおおむね聞いている。ミュールズの騒乱を始めとした各地の異常事態に、リオネル聖教最高司祭レザリクスが関与しているがあるという事だな』



『だが、魔王石の消失……それ程の重大事案について、既に人の口に戸は掛けられない状態にまでなりつつある上に、察しの通り領主の私一人では背負いきれぬ物だ。私とて国へと報告の後、責任を取らされ、首をねられるのもむ無しの状況だ』


それに対しローディアスは、様々な国の懸念を頭の隅に置いてイミトの提案に懐疑かいぎ的な見方を示す。


彼の見解は、ほぼこれまでのギルディア卿と同様のものだったのだろう——最悪とも思える絶体絶命の状況下、もはやイミトの願い通りの提案は、そもそも叶えられるものでは無いというように。



『君の甘い誘いに乗り、事を誤魔化したとしても明るみになるのは時間の問題だろう。無論、我が祖国と敬愛する王に対し、嘘を吐く事は私には出来ないというのも理由の一つだ』



しかし——、

「だからこそ、私どものようなを織り交ぜるのですよ、領主ローディアス殿下」



そんな彼らの結論を急いた推測に、悪魔の甘言は働き始めるのである。



「まず魔王石を奪おうとする勢力が居た、エルフ族のリエンシエールはその勢力の悪しきたくらみを防ぎ、操られた同族に手を掛けてまで魔王石を死守したという事実を国民に噂として流す訳です」



「レザリクス側から見れば、ツアレストが保身に走り、都合の良い隠蔽いんぺい工作を行ったかのように見える。しかしそれは、ツアレストとリオネル聖教……いやツアレストとレザリクスの二つの勢力しか対立していない状況での話」



「レザリクスの想定していなかった第三勢力の浮上。それによって生ずるツアレスト側の利は、全く正体の掴めないの調査というでリオネル聖教内部にも、調査の手を伸ばす事が出来るという物」



——保身、責務、執着、未練。


人間の脳裏を常に駆け巡り続けるそれらを踏まえたイミトが描く展望は、未だ具体的な詳細や手法が明かされていない、全貌の見えぬ途方も無い荒唐無稽こうとうむけいなものと思えるかもしれない。


「そうしてツアレスト側が目を光らせる事で、少数で動く我々は動きやすくなり、逆に何処までを伸ばしているか分からないレザリクスの勢力は、足が付かぬように派手な振る舞いが難しくなるという訳です」


けれど互いの利害を身勝手に差し引き合い、敢えて具体的な手段を語らず目標とする所と方針のみを語らう事で、己らの現状の勢力の底を隠しつつも交渉相手の興味を掻き立てる。


「事情は多く語れませんが、レザリクスとはがある、そしてまた、レザリクスが我々を放置してはおけないもある」



「様々な角度から囲い込むことは戦術的な観点からも有効と思われますが如何いかがですか?」


そもそもイミトが先んじて察し、ギルディア卿や領主ローディアスが目論んでいた通り、ツアレスト側はイミトらを生贄いけにえに全ての罪をなすり付けてエルフ族との和解を成立させようとしていると考えれば、イミトらが如何様いかような力や人材を抱えているかは保身の為にも悟られないようにすべきであった。


——無論それは、相手方に捕まっているリエンシエールらが、義理を捨てずにイミトらに関する詳細な情報をツアレストに流していない場合のみ有効な話。


そして、恐らく——


『……確かに君の提案にはがある。だが、何度も言うがそれは私の一存では決められない事柄だ。それに、現実的な問題として情報操作が難しい状況にもある』


「数か月後に控える鎮魂祭ちんこんさい……各国の要人や術者の立会いの下に行われる魔王石の封印場所の移転ですか」


領主ローディアスに対し、領主と共に話を聞いているというを含め、他のエルフ族はイミトらに関する情報は、通り固く口を閉ざしているのだろう。



『そうだ。そしてそれは、数か月と言えん……鎮魂祭の準備の為、事前に各国の優れた術者たちが集められ、厳密な調査と整備が行われるのは時間を如何いかに稼いでも今より二か月後が限界。その際に全ての嘘は明るみとなり、真実を隠していた我らツアレストの立場が更に揺らぐ事になるは必定』



だからこそ、ローディアスとギルディア卿は現在進行形でイミトの提案を聞き、どのような戦力を保有しているかも分からぬイミトらとの対話に応じていると思えるのである。


『多少の痛みを覚悟の上で最悪の事態を防ぐ為にも、今——責任を負うことが、必要だと私は考える。国を運営する立場として君達のようなになどすがり、賭け事をする気にはならんのだ』


「ご立派な言い分ではあるが、責任を負わされるのがじゃない事が不格好ぶかっこう極まるという物だ、ローディアス殿下」


そのような思考論理を脳裏に巡らすイミトがゆえ、今ここに至り——ようやく全ての準備が整ったと彼はいささかのを口かららすのであろう。



『……好きに言ってくれて構わない。全ては国が為、ツアレスト国民の為だ』


そして彼はゆえに、結論をくのだ。


「アナタ方は、勘違いをしている。アナタ方に希望にすがる選択肢など既にのですよ」


 『……なに?』


全ては最早、彼の掌の上——、一瞬にして目の前に広がる地雷原へ平日昼間に口笛でも吹きながら散歩でもするかの如く言葉の表現にとげを生やして、剣呑な雰囲気を創り出す。


「レザリクスの思惑通りに事が進み、何も手を打てぬままツアレストと共に滅びるか。我々の共犯となり、事が解決する二か月後まで震えながら生きていくか、それとも我々におびえながらとし、ロナスの真実を消されるか」


 「イ、イミト殿……⁉」


隣に座るカトレアも戸惑う程に冷たく、心無き怪物であるかの如き双眸の色合いで矮小な人間を眺めるように、彼は彼らに選択肢を与えるのだ。



などというなど、もうアナタ方には訪れない」



自らの左肩を貫いた狂気の赤血に塗れた右掌を魅せつけながら、彼らに求めるはが故に無駄に流す事となった


「……我らと事を構える気か。たかが数名と思しき勢力の君らが」


「そうアナタ方が思い込み、とやらを選ぶのであれば。失礼ながら現状、消し炭に変えた封印させて頂いた疲弊ひへいしたロナスの街の戦力などは、もとより道に転がるに過ぎない」


「それでも万全を期して我々は既に準備を終えているのですよ。よって……皮肉を込めてお尋ねしますが、本日のロナスの街並みは美しいですか? ローディアス殿下……そしてギルディア卿」



「「……」」


理不尽とも思える請求に対し、沈黙の中で悪魔をにらむような時を過ごす執政者たちは、様々な未来を展望する。


敵対か、協力か、融和か、利用か。


「私の名前はイミト・デュラニウス……その名を持つだけは、これから重々考えて、お答えいただけると幸いです」


ただ——少なくとも、見通しの悪い闇の中から追い討ちを掛けるように己が名前を意味深に名乗り上げた男と穏やかな日和ひよりにすれ違い、関わらぬ道を探るという選択すらも選ぶ事が出来なくなった事だけは、余りにも明瞭で、残酷な事実であったのだ。

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