第78話 血の代価。3/4


だが無情な事に、カトレアの言葉をさえぎるようにカトレアの眼前にイミトの手の甲はかかげられて。


冗長も冗長、今は宗教論でいさかう時ではない。


「話を戻します。アナタ方がリエンシエールを処すことが出来ないと私が思う最大の要因は、それらの亜人たちとの関係に決定的な亀裂きれつ、多大な影響が出るからですよ」


自分を棚に上げるようにカトレアの言葉を遮ったイミトは、いよいよと本筋である今回の騒乱がもたらす未来についての話を始める。



「エルフ族のリエンシエールと言えば、他の亜人の一族からも一目置かれ、ツアレスト側と亜人族とで生じたいさかいの仲裁役として多くの役目を担っていた」


前段階であった幾つもの事柄を結び付けていくようなそのような風体で説く言葉の数々、



「それを容易く処してしまっては、今後の亜人族との交渉は難しくなる事は容易に想像できる。その選択をする覚悟が——ロナス近辺の領主やアナタ個人の判断で出来ますか?」


不安や強迫観念をあおるような問いを放つイミトの雰囲気に圧倒され、ロナスの砦の城主だけが用いる事を許された執務室は、まるで彼の玉座であるかのように相成って。



「アナタ方が我々の提案した今回の会談を受け入れたのも、迷っているを見つける為でもある」


明らかに話の流れは、イミトに支配されているようである。



「ふむ……は持っているようだ。それで、君らの要求は我らが捕らえているエルフ族を含めたリエンシエールの無罪放免だけかね」


だが、彼は気付いていた。本来の部屋の持ち主であるギルディア卿の平然とした振る舞いの裏で、彼よりもの存在の気配がただよっている事を。



「まさか……しかし、ここからのお話は折角ですので、是非ギルディア卿だけでなくの意見も聞きたい。どうでしょうか、殿?」


故に隠されている気配に嘲笑を漏らしつつ、彼の視線は未だ壁に飾られた御大層な剣の付近に佇む老紳士風の執事へと向けられる。



「?……——⁉ まさか、がロナスの街のなのですかイミト殿‼」


隣に居たカトレアはイミトのそんな意味深な口振りと振る舞いに、またしても思考をひらめかせ、座っていたソファから慌てて立ち上がる。老紳士風の執事は、表情静かに顔色一つ変えることも無く、イミトと目を合わせる。



まぁ無論、

「——いや……違うけど。俺が言うのもなんだが、さっきから勘繰りが過ぎるだろ、そりゃ」



「ていうか、この砦に配属してた頃があるなら領主の顔と名前くらい分かるんじゃねぇか、アンタは。世襲せしゅう制なら見た目の歳から見ても代替わりしたから気付かないって話も通らないし」



「ぁ……ま、まぁ確かに。失礼しました」


そのようなカトレアの閃きは、イミトに驚かされる事を過大におびえているカトレアの過剰反応でしか無かったのであるが——、老紳士風の執事は何の否定も口にしない。



それは何故なぜかと言えば——勿論、イミトの推察が的を射ているからである。


「しかしまぁ、この砦の人間じゃないのは確かでしょう。このような高貴な位に居る方に仕える執事なら、の位置に戸惑う訳も無い」



「だが食器の位置を確認した後の紅茶を淹れる所作は見事な物だ。客人との会話の邪魔をしない気配の消し方、音の消し方、動き方、導線まで無駄が一切ない」


「私が高級レストランの主人だったら雇いたいくらいだ」



「な、なるほど……」


静かにイミトの語る突拍子もない言葉数多を聞くのはカトレア以外も同じ、それ程に彼の並べる言葉には順序だった説得力があり、興味をそそられる響きがあったのだろう。


そして——やがてと至る結論、


「……領主様のお忍びだとしたら出来過ぎでしょうし、このような場に赴くのは危険も大きいでしょうから、彼の本職は執事や給仕である事に間違いない」



「と、すれば最近雇ったか、はたまた近隣からこの密談に同席する資格が与えられている程に……ロナスの領主様に仕えている側近の執事殿と見ますが如何いかがでしょう」


それでもやはり賭けの様相はいなめない。

妄言戯言もうげんざれごと、見当違いと断ずるのは容易かったに相違ない。



『——やはり見事という他ない。ミュールズにて王族を相手に見事に立ち回った事を思い起こされるよ、イミト・デュラニウス殿』



しかしてならば、何故なぜその若き男のは老紳士の胸元のブローチから観念して現れ、イミトとギルディア卿の会合に割って入ったのだろう。


「——⁉」


唐突な男の声の登壇とうだんに驚くカトレアを尻目に、



「お久しぶり……とは言いがたい事を失礼いたします。ロナスの領主殿下りょうしゅでんか、地理的にミュールズの夜会にて姿を拝見したと思われますが生憎あいにく、慌ただしい身であったゆえ、貴方様の姿を覚えておらぬ無礼をお許しいただきたい」



イミトは瞼を閉じて老紳士風の執事のブローチへと礼節丁寧な声色で粛々と挨拶を送り、己の至らなさをびる。


『うん、構わない。話は聞かせてもらっていた、ロナス近辺の領主を務めるローディアスという……堅苦しい挨拶や格式張った会話は止めておこう。身分に守られた上で君ほどの傑物と語り合う気は無いよ』


男の声は若く、聡明な雰囲気を滲ませて静寂に包まれる室内を穏やかに笑むように走り回る。ロナスの砦が守る街の主、周辺の地域統括をツアレスト王国から任された領主の名を改めて語れば、ローディアス。



『ただ、君の察しているように執事であるその男は、私が最も信頼するでもある。言動には気を付けたまえ』


老紳士風の執事が胸のブローチを丁寧に外し、ギルディア卿の目の前のテーブルに置く。


恐らくギルディア卿を武力の砦とするのなら、彼は間違いなく知力の砦。

二人で一つ、周辺の政治情勢を守護するツアレストの盾。



それは、彼の物言いの中からも如実に表れている。


「無論ですね。ソチラで身柄を預かっているリエンシエールの代わりに、私どもをつるし上げて今回の件のもありましょうから」



『そうだね。その為に、今回の会談に乗ったと言ってもでは無いからね』


故にイミトは完全に態勢の整った相手方に対し、乱れた服のえりを正すが如く真剣みを増した応対を始めるのだ。



——ここからは、たった一つの悪手も許されぬ。


それは、未だ状況に理解が及んでいないカトレアでも理解できる分かりやすい雰囲気であった。



ちなみに、こちらにはリエンシエール殿もお呼びしている。そこまでも読めているかね』


「……おおむね想定の範囲内とだけ」



『うん、では聞こうではないか。君は一体、のかね……どのようなを持って、この場へと至ったのか』



「——現在、エルフ族からツアレスト側へ流通する綿花めんかおよび農作物の一部品目、魔法薬の原料となる等々の一割を、それらのに応じる。と、まずについて語らせて頂きます」



『……ほう』


「こちらが望むのは、リエンシエールを含めた全てのエルフ族のと、今回の魔王石消失に関連する出来事の



「出来るなら、魔王石は事にして頂きたい。つまりは、エルフ族だけでなくツアレスト全体との協力体勢を結びたいのですよ、欲深い私は」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る