第78話 血の代価。2/4


——さぁ、だ。



を言うものだ——今回の重大な事態。魔王石がに奪われたとなれば、当然と対応策の前に誰かがその責を負わねば衆目しゅうもくに示しが付かん。その筆頭がと当代のリエンシエールであらねば誰が納得しようものか」


常識的に考えて常人として受け止めて、ギルディア卿の指摘は至極もっともな物であると断ずるに容易い。我が子の不始末を、育ての親がつぐなうような人の道理、世間への誠実な筋通し。


されども、それは——人の道理でしかない。


「それは、魔王石が失われたとの話でしょう。公表されるのですか、あのが復活するかもしれないと不用意に民衆を《おび》えさせて」


「……事実は事実だ」


とはかと、彼は問う。

いいやこそがだと、彼は語る。


「では諸外国の非難は、どうされるおつもりか? 少なくとも自国への魔王石の流出を防ぐ為に魔王石の消失を聞いた他国は国境を厳重に封鎖し、貿易にもいちじるしい制限が掛かるでしょう。その損害賠償そんがいばいしょうをツアレスト王国に請求されるのは当然の流れ」


あくまでも多数の人間の様々な思惑によって構成された、秩序。

個々人の繫がりとはもの。


様々な主張や思想が複雑怪奇に絡み合う世界情勢までを見据みすえて語るイミトの道理は、今しがたギルディア卿のかたった個々人の道理などを容易くき潰し、細切れにしていく。


「ツアレストはだ。確かに懸念されてる通り、貿易経済にはが走るだろうが……一刻も早く奪われた魔王石を取り戻す事さえ出来れば信用は戻り、数年中には経済も現状程度には回復するだろう」


それをお茶請けにするが如く、老紳士風の執事がれた紅茶を啜るイミトに、ギルディア卿も更なる道理を語り応戦した。


筋は通る、筋は通るのだ。



しかし筋が通るがゆえに——


「そのを保っているのが、今この時——アナタ方が牢屋に捕らえているという存在だとしても?」


 「……」


そこからも決して目をそむける事は出来ないのである。


イミトは綺麗事や建前にたかはえが、仕掛けた罠にはまったとでも言わんばかりの穏やかさで、あわれみを含めた儚げな表情で紅茶を受け皿に静かに置く。


僅かに波打つ紅茶のティーカップの水面は盤面の流れが確実に動いた事を、その場に居る者たちに静かに悟らせて。



そしてイミトは語り始めるのだ。


「国という生き物は、とても臆病で正直者では無いでしょう」


「いえ、この国の内情を私は素晴らしいと思いますよ、ギルディア卿。現在保有する広大な領土と歴史的な観点から見ても初代ツアレスト王が如何いかに凄まじい偉人か分かるという物です」



彼が伝聞でんぶんにより伝え聞いたツアレスト王国の成り立ちと、国家論に対する感想を。



「——が、手を繋ぐ事が出来れば、これ程には無い、か」



「かつて争いの絶える事の無かった時代、幾つもの小国や魔族との争いの中で初代ツアレストは国の先頭に立ち、多くの……いや今はと呼ばれる者たちを国に分けへだてなく取り込み、群雄割拠の戦乱の時代——を作り上げた」


それもまた、なのであろう。


決して合理的では無い、会話の冗長じょうちょう


されど静かに語りゆくイミトの声色は重く、郷愁きょうしゅうでも想わせるように人の心に順序立てて己の主張を溶け込ませてゆく。



「だが当時、穏健派であった魔族たちと手を繋ぐ為にツアレストの国教であるリオネル聖教のゆがめ、などという呼び名を作った事は後世になった今も禍根かこんを残す事になった最大の失策とも言える」


悪魔の舌のように回るものだと彼の隣に座るカトレアは思った。

自分と、そう年も変わらない若者が、何故なにゆえにここまで——まつりごとも務める歴戦の雄を相手に冷静に口論で立ち回れるのか、カトレアには解からない。


ただ、隣に居る男の背には己には想像もつかない夥しい程の【】があるような気がした。



——賢人の教えか。或いは愚者どもの恩讐か。


それらに類する途方もない【】が、彼の浮かべるわらいを支えているのだとカトレアは思ったのだ。


そして——、

「……君は、リオネル聖教徒である私に改宗でもすすめに来たのかね」



彼に相対するギルディア卿もまた、そのような只ならぬ【】を感じていた事は確かな事だった。イミトの国家論と宗教観に対する嫌味と皮肉を交えつつ、頬杖の様子を深めて男の思惑を探り続けて。


一方、そんなギルディア卿の冗談を愛想のように鼻で笑いつつ、イミトは話を進める。



「いえいえ、私は神には頼らないですから。アナタに頼りに来たのですよギルディア卿」



の鉄鉱資源と技術力、が持つ多様な革製品などの畜産資源や技術力、当然エルフ族が持っている特殊な環境下で育つ魔生物等の綿花めんか等も含めた農作物など農林技術。他にも勢力こそとぼしいが光る特産を持つ亜人の一族も目に付く」


「……」


遠回しに、遠回しに、幾つもの刃を順々に投げ歩くように、己が要求したい物の核心へと迫っていくのである。



「これらは全て高い水準でツアレストのを支えている。にも拘わらず、最近のツアレストに反旗はんきひるがえす思想が蔓延し、彼らの扱い——世間からの風当たりは日を追うごとに酷い物になりつつある訳です」



「それこそ、しいたげられた亜人たちの中から反乱が起きる程に……」



「反ツアレスト、反リオネル聖教の思想の説明は必要ですか?」


冗談めいて、意趣返し如く、彼は笑った。

滑稽こっけいな世界を外様とざまの者が如く、笑った。



「……いや、不要だ。ツアレストに巣食うはいし、としてとして住む場所をわかつべき。それを歪めたリオネル聖教は誰も幸せにしない悪しきだなどと鹿鹿



「半人半魔を嫌ったおっしゃいますか」


この世界もまたいびつな形で絶妙に歯車が嚙み合い、悲鳴の如ききしみの音色を奏でているのだと。



それに対し、反論の如くギルディア卿も己が信ずる道理を語るのだ。



とでは話は別だ。魔として生まれる事と、本来の生にあらがい間に堕ちる事では天と地ほどの差がある。天に与えられた身をけがすなど、許されざるおこない……力を欲するならば強くなればよい、瘴気しょうきけがれた魔物の力に頼るなど恥ずべき事」


「……叔父様。しかし私は——」



そしてカトレアもまた、己の信念を語ろうとする。

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