第78話 血の代価。1/4


鮮血は赤いが床にかれた赤い絨毯じゅうたんよりも暗く、まるで黒いのように染み渡る。


「ははは……どうだ? が、分からねぇだろう、全く以って……合理の欠片も無いな事ばかり」


イミトの左肩に深々と刺さった薄青い水鏡みずかがみの短刀の刃を滴る彼の血は、そのような滑稽こっけいな色だった。それでも彼は苦悶くもんこらえ、冷や汗をにじませるようにわらうのである。


「な……何をして居るのです、アナタは‼」


そんな唐突とも言える奇行に、その突き立てられた短刀を使うはずだった隣に座るカトレアが声を荒げぬはずも無し——血液のしたたる音が際立つ静寂を吹き飛ばすカトレアの動揺。



その瞳孔どうこうの見開かれた問いに、こう彼は答えた。



「だから、だって言ってるだろう……どうですギルディア卿? これの意図する所が聡明な貴方になら分かると期待したい所だが」


徐々に痛覚が全身に危機を報せる中で、辟易とまぶたを閉じて覚悟を決めるように左肩から深く突き刺さる刃を体から引き抜き、テーブルの上にゴミくずの如く転がして、不敵に眼前のギルディア卿の表情一つ揺るがない様相を眺めた。


無論、そんな自傷行為を行った男、イミトが既にのたまったようにそれは意味の無い無駄な行為だった事は百も承知で。



「……ふん、三文芝居さんもんしばいのようだ。カトレアの代わりに傷を負う事で私の信頼を得ようというこころみか、ならばやはり浅はかと言わざるを得ないな」



「貴殿が傷を負っただけ、君達とになるかもしれぬ私が得をしただけに過ぎない」



「——まさか‼ 叔父様もの人間‼」


すれば冷淡にイミトへと突き返すギルディア卿の回答に、カトレアは人の情が無いのかと奮起する。カトレアから見れば、紛れもなくイミトはギルディア卿の突き付けた交渉の条件を突き返し、カトレアの命を救おうと動いたのだから、どちらが彼女にとって誠実に思えるかは明白。


その上で——彼女の思考の行く末、さもすればイミトはギルディア卿がツアレスト王国に陰謀を巡らせるレザリクスの手先かどうかを見定める為に自ら奇行に走り、傷を負ったのではないかという所まで動くのである。



しかし、座っていたソファから立ち上がろうとする愛国の騎士の肩を抑え、


「……違うっての、落ち着けよカトレアさん。アンタに預けてたかばんに布と包帯が入ってる……テーブルを拭いておいてくれ」


先走り過ぎたカトレアの勘繰りに、イミトは徒労の息を吐いてカトレアの動きを抑えた右の掌に黒い魔力の渦を灯し、負傷した左肩に押し当てた。



「——物体の、傷口をふさぐ為にも使えるか」


すると紳士の服には似合わぬ黒甲冑の一部分の如き黒鉄がイミトの肩を傷口ごとグルリと覆い隠し、話を中断させない為の応急処置。



そして、いと珍しい噂にしか聞いたことも無い力を相も変わらない厳格な瞳で観察するギルディア卿を尻目に話を進める構え。



「話の回り道は嫌いでは無いですが、本題に入りましょうギルディア卿」


「見ての通り、私は『』が出来る人間だ。意味も無く自分を傷つけ、或いは大した理由も無くが出来る人間だ」


「それが如何ほどに面倒で怖いものか、アナタは知っていますか?」


さてイミト曰く、意味が無い——無駄な事とは、したる問題ではない。


意味が無いなら意味を、無駄な事ならば無駄にならないを考え施行する。先程の自傷行為もまさに、イミトにとって意味を与えられる行動の一つであったのである。


 「……」


、意味も無くエルフ族やツアレストの国益に沿う働きが出来る人間でもある」


それは今回、狂気的なと拙いという形を成す。

そしてイミトは更に今回の騒動、そもそもの根底を覆す——絶賛利用中のを語るのだ。



「例えば——既にされているリエンシエールの一族の立場を盤石ばんじゃくな物にするなどというがそうでしょう」



「……それは、どういうかね。いや、貴殿の言葉通りは無いのかもしれんが聞いておこう」


——全く以って奇怪である。もはや隣のカトレアはテーブル上の返り血を老紳士風の執事と共に拭く手を止め、驚きの余り声の一つも発する事が出来ぬまま、その突拍子もない妄言とも思える考えに至ったのかと理解出来ぬと眉根まゆねしわを寄せるばかり。


ギルディア卿もまた、そうであったのだ。


目の前の男が、比喩ひゆとして何を腹の中に抱えているのか理解が及ばず、内心では動揺し言葉を少し——息を一つ吐きつつ頬杖を突いて白々しくにごらせる。



故に、イミトはしたのかもしれない。



「簡単な話です。今回の魔王石を狙ったエルフ族の反乱に置いて、ツアレスト王国は族長であるリエンシエールは愚か、エルフ族を責める事はという話」


現在、ツアレストに身柄を確保されているエルフ族の長であるリエンシエールを含めた他のエルフ族の命の危機はまぬれている事を。


そして、やはり己がツアレストと語り合うべきはであるという事を。



、したのであろう。


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