第77話 ロナスの砦。4/4


それを、事前に聞かされていなかった衝撃の発言に彼女の見せる反応は分かり切っていた。



「ちょ、ちょっとお待ちくださいイミト殿、今なんと?」


常識を引き破られるような困惑、己の弱さが生んだ結果を受け入れ始めていた彼女にとって、それは余りに受け入れがたい希望であった。


何故なぜ何故なにゆえと——彼女は心の整理をしながら聞き違いかもしれぬと頭を抱えながら話を中断させて今一度と言質げんちを求める。


「声が大きい……密談という事を忘れないで頂きたいな、カトレア殿」


「……話を続けたまえ」


だが、そんな動揺するカトレアを尻目に二人の男は視線を動かさぬまま、互いを品定めするが如く相対し続けて腹深くにひそませる感情を探り合っている。


虚言か、或いは真実か。


そして——腹の前で手を組んだギルディア卿に対し、イミトは小さく息を吐いて目をつむり、カトレアの問いにも応えるように語り始めるのだ。



「カトレア殿は、マリルティアンジュ姫を守る為に深手を負い、死のふちに居た所を様々な処置をほどこした上、半人半魔とする事で生命力を増強し、魔力で傷を塞ぎ、命を繋ぎ留めました」


これまでの経緯、幾つかの過程、


「その後の経過を密かに見守っている私の連れの魔女いわく、彼女に魔物化の兆候はひたいつのなど以外は見られず、応急処置で塞いでいる傷口も徐々に傾向けいこうが見られるという事」


カトレア自身も知らぬ合間に進められていた思考と探究。

それらを曖昧に匂わせて省略しながらも、経過報告と共に己が打ち立てた仮説を披露していく。


「——つまり、傷口の治癒が完全に終わり、体に埋め込まれている魔石をがあればカトレアは人に戻れると?」


さればイミトの全てを語らぬ説明でもギルディア卿は理解を示しつつ、懐疑的に頬杖を突いてしゃに構えて問い直すのだ。


そのような美味い話など、ある訳が無いと言わんばかりに。


するとイミトは更に、今度はギルディア卿の御期待に応えるように言葉を続けた。


「無論、後遺症は残ると思いますよ。少なくとも現状、生命活動の補助をになっているを流している事が原因となって変容している肌の色は戻るでしょうが、角や髪の色など体に埋まる魔石の魔物の既に変化している特徴は外見的に残ると思われる」



「その状態を、ギルディア卿が人と認識するならば、カトレア・バーニディッシュは人に戻れる。その手段は既に目星がついている状態ですので」


当然と罪に対する報いを受け、代価は頂くと人の業を呆れ嗤う悪魔の如く暗に示してうそぶいて、僅かな嫌みを交えつつギルディア卿へと贈るのである。



「……そんな話は私も初耳なのですが」


「聞かれてない事を教えるのは、親御様か学校の先生や軍の教官くらいでは?」


「「……」」


故にギルディア卿は考える。カトレアとイミトの声細やかな身内会話を耳に通しながら、眼前の男の口振りの真に意味する所を。


そして彼は、解釈した。



「では——、それを今ここで私に話したのは、の意味合いが強いのかねイミト・デュラニウス殿」



「そのようなつもりはありませんが、脅迫が効くのであれば解釈して頂いても構いませんよ。私としては」


今は魔物を体内に取り込み、姿形に異形の変容が起きたとはいえ仮にも身内。カトレアに、ギルディア卿は厳格な性格を持っていると忠言されていても尚、僅かでも可能性があるなら面倒事を避ける為にもイミトは人として彼を試さずには居られなかった。



そもそも、死んだと聞いていただろう姪から届いた手紙を読み、人としてのなさけ一つも無ければ今回の会談は成立すらしなかった事は明白なのだから。


だが、言うべきか。



「——そうだな……カトレア、ここには貴様も知る通り……そこに飾られた水竜の剣と共に我らがバーニディッシュ家に伝わるがある」


「「……」」


ギルディア卿はイミトの思惑虚しく、いつの間にか紅茶を運んだ後で、所定の位置に戻るように老紳士風の執事が佇む壁際の飾られた御大層な剣に視線を動かし、同時にそこに居た執事に合図を送る。



「ツアレスト王家よりたまわりし、水鏡みずかがみの短剣だ。貴様も、バーニディッシュ家の末席に身を置いているならば後は分かるだろう」


そうして、老紳士風の執事の手によって会談場所に丁寧に持ち込まれるのはカトレアの予想通り、小さな蒼い宝玉のめられたさやに納まる短刀である。


使い道は、聞くまでも無かった。


「……やはり私に、をすべきと」


カトレアとギルディア卿との間をわかつテーブルのカトレア側に、そっと置かれた家宝の短刀を彼女は見下ろし、彼女の瞳と同じ色を持つ宝玉に己を問われる。


——貴様は人でりたいか、と。



「カトレアよ。貴様の横に居る男が、他の貴族たちの噂通りにアルバランとの和平交渉に置いて狂言をたばかり、ツアレスト王国に入り込んで害を成そうとする道化で、今もまた事後調査で見つかっていない貴様の死体を操るである可能性も捨てきれない」


「敬愛すべきリオネル聖教の禁忌、世界全土においても非人道的と扱われる半人半魔の技術を持っている事も疑わしい根拠の一つだ。客観的に見ても信用に足らんのは明白」


無論だ、反論の余地は無い。叔父であるギルディア卿から見れば、これまで自分の身で起き、感じた事など知る由もない事。証明する術はない。


カトレアは、両膝に起きていた掌を拳へと変え、ギルディア卿の言い分を聞きながら如何に振る舞うべきかを思考する。



「なれば、これから先の話は——貴様の自害を見届け、死後の死体を調査してからでも問題は無いだろう。エルフ族の主要な人員はにあるならば尚更、こちら側に主導的に使える時間が多くあるのも確かな事だ」


「——確かに仰る通り、カトレア殿の一人の犠牲で私に信用を頂けるなら、安い物でしょう……こちらの双肩には多くのエルフ族の未来が掛かってる訳ですし」



「……イミト殿」


また、イミトののたまうように今——彼女の双肩にも、ツアレストの未来と自分が目の当たりにしたエルフ族たちの未来が掛かる。


自分が歩んできた人生を疑わない。


信ずるべきは変わらない。


守るべきものは揺るがない。


その短刀の鞘に嵌る宝石と似た光を放つ瞳で見てきた事柄の全てを、まるで走馬灯のように脳裏に巡らせるカトレア。


そして彼女は騎士として、人として手を伸ばすのだ。



——彼よりも遅く、恐る恐ると。


「まったく……流石はロナスの砦を守護する騎士の筆頭。思いの外、こくな選択をせまるものだ」



「答えなんてものは——決まっているでしょう」


こうして紛れもない目の前に存在する人間こそが、人間そのものがロナスの砦と判断したイミトは、カトレアよりも先にバーニディッシュ家の家宝である短刀を鞘から引き抜き、突き立てる。


誰もが、驚く程——アッサリと簡単に。

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