第76話 イルミリュギィの里にて。1/4


そのエルフ族の秘境の正確な場所は誰にも語られない。


ツアレスト王国の一部族に数えられてなお、彼女らの領域とされる幾つもの森の一つにエルフ族の里たるイルミリュギィは存在し、その正確な場所は当のエルフ族しか知らず、如何いかにエルフ族を責め立てようと誇りと義理に厚い彼らは決して他の部族にその場所を語る事が無いのだろう。



しかし、そのイルミリュギィの里と呼ばれる地にはエルフ族以外にも訪れた者たちが少なからず存在していて、その誰もが、彼の場所を美しい場所であったと語る。



常に心地の良い森のかおりと清浄な空気に包まれ、昼は樹齢じゅれい数千年を優に超えるだろう巨大な樹木が創り上げる森の天井から穏やかな陽光が不思議と満遍まんべんなく木漏こもれて、



夜になれば月明かりの薄紫のベールのような景色が幻想的に里の眠りを優しく包む。


樹木のみきほらなど自然を活用した里に古くから伝わる建築風景は、原始的でありながらも味わい深く、まるで人類——ひいては全ての獣たちの原点、誰もしもが懐かしき故郷を想うような光景が広がっている。


さて——、そんな誰にも語られぬはずのエルフ族の秘境に、何故にエルフ族以外の者が訪れた事があるのかと言えば、



「——の魔法は、マリルティアンジュ姫の随伴ずいはんで何度か経験した事はありますが、やはりエルフ族の魔法は安定していますね。それに加えて術者が一人で済むとは……」


それは彼女達の秘術の一つでもある転移魔法を用いて、彼女らは客人を迎え入れ、そして彼女たちの領域である森への侵入者に対応しているからである。


「なんだか実感が湧かないので御座いますね。夢でも見ていたような気分なのです」


幹の洞、一族の集会所の一つであろうイルミリュギィの里の建物の中であわが弾けるような薄水色の放つ床に描かれた魔法陣の只中で、唐突に彼女らは現れてその摩訶不思議な移動手段についての会話を交わしていた。


「……エルフ族が管理する森を介してのみの移動ですから、全ては先人たちの賜物たまもので御座います。ここが我らのイルミリュギィの里、詳しい場所に関しては答えられませんので、どうか御配慮を」


暗躍あんやくに適したとも言える仮面と顔布で顔を隠すカトレアとデュエラは、そして案内役の薄幸の美女と呼ぶに躊躇ためらいも無い雰囲気をかもし出すエルフの女性に導かれ、光を淡く失っていく魔法陣の上から歩み出て、先に里に到着しているはずの他の仲間たちの姿を探す。



「イミト様たちはので御座いますよね? 何処に居られるので御座いますです?」


しかし、転移してきた建物の中には彼らは息遣いすら感じられず、薄幸の美女エルフがたたずむ方向へ少し首を回して黒い顔布の端を揺らめかせた少女デュエラは彼女に問いかける。


すると、薄幸の美女エルフは——


「……あまり解放的な場所ではありませんので、恐らくは里の長老たちとだ話し合いでもしているのではないでしょうか。ここで待って頂ければ、直ぐに案内いたします」


天真爛漫てんしんらんまんな声色のデュエラから少し目を離し、閉ざされた室内の換気をするついでに彼らが居ると推測されている方角の窓へと向かった。



しかし、見ずとも分かる事もある。


「——いや、の事です。おおかた、話し合いを早々に終わらせて武力を盾にして好き放題とエルフ族の食糧庫などを嬉々としてあさっているのでは無いでしょうか」


瞼を閉じて呆れの笑みを溢しながら、身に着けていた仮面を外すカトレアは男の粗暴そぼうを、薄幸の美女エルフとは見解の違う推測で語らい、


「ふふ、確かに——イミト様は新しい場所に行くと、食べ物の事を一番最初に考えるで御座いますからね……そう思えばワタクシサマ、今日の晩御飯が楽しみなのですよー」


デュエラも、そのカトレアの意見に同意を示しクスクスと笑い、次に楽しげな声色のまま腹部を両手で押さえて空腹な様子を表現した。



「……このような時に、そのような事……あのたちが許すとは——」


それがエルフ族の内情を知り、先程までの騒乱の渦中にも居た薄幸の美女エルフには不謹慎ふきんしん的外まとはずれな冗談のように思えたのは、恐らく言うまでもないのだろう。


けれども、真実は無情か。


『セティス、ついでに、そこに置いてある大根を持って来てくれー』


「「「……」」」


謹慎などを一切と己に課す事を鼻息で一蹴するが如く、大変にゴキゲンうるわしゅう声色で、声量鋭く耳通りの良い指示が、薄幸の美女エルフが開けた窓の外からとどろいて。



「「やっぱり」」


「——……二人とも、もう直ぐゴハンできる。こっちに来て」


そして、その平常運転な声色に思わずと安堵と呆れの息を吐いたデュエラとカトレア、彼女らの近くにあった外に通じる扉が開かれ、静やかな顔色の覆面の魔女セティスが覆面を外した薄青の髪が首と共にかたむれる。


「……長老たちとの話し合いは?」


薄幸の美女エルフは驚いていた。多くのエルフ族と族長がツアレストという国に囚われたこのよう状況下で、そのような安穏とした状況で彼らが存在している事——


それを身柄を拘束された族長の代わりに、里を仕切っているエルフ族の長老たちが許している事が、あまりにも鮮烈で驚くべき事だったのだ。


その後の——覆面を外した魔女セティスが、まだ幼さを残しながらも過去の凄惨な出来事の傷跡残る無機質で機械的な表情から放たれた事実も同じく。



「クレア様とイミトがおどして全て終わってる。後はソチラの報告を聞いて話を詰めるだけ——もエルフ族のとして、食事に同席するのが決まってるから早く来て」


「……」


そうして伝統や誇りを重んじ、時に排他的で排外的なかたくなな一面を見せる頭の硬いエルフ族の長老たちを知る薄幸の美女エルフは、己が居ぬ間に何が起きたのかと冷や汗を一筋。



「セティス様、今日の晩御飯は何なので御座いますか? ワタクシサマ、とっても楽しみなのですよ」


「エルフ族の食材が手に入ったから、色々やるみたい。でも揚げ物中心」


で御座いますか⁉ ワタクシサマ、イミト様の唐揚げ大好きなのですよー」



「…、しない方が良いかも」


「行きましょう、レネス殿。あの男と関わるのなら、そんな事で驚いていては身が持ちませんよ」


面前で平々と、我が家の玄関先で出会ったような会話をし始めるセティスとデュエラ。そして、あまりの驚きの連続で思考が上手く定まらぬ彼女をかんがみて助言を贈ったカトレアも案内役より先んじて建物から里の外へと歩み始め、



薄幸の美女エルフ——レネスは、今は囚われの身である族長リエンシエールが里に招き入れたという者たちに初めての異様を感じて緊張の息を飲むのであった。


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