第75話 前提条件。4/4


そしてリエンシエールが同胞たちの下に真剣な顔色で辿り着いた頃合い、


「それで? ずいぶん静かだった上に協力的で、いささか拍子抜けしていた訳だが——」


たった二人、いや一人とも言うべきか——今や本来の体の代わりに自身と魂が結びつく片割れに、密やかに秘め堪えていた問いをイミトは投げかける。


掘らいであれば気丈で誇り高く、他となどは迎合げいごうしない【】が失われている事に、彼は違和感を持っていたのである。


すると、

「……我が口を出せる領分では無かろう。結果を出したのは貴様だ、貴様の好きにすれば良い」


問われ指摘された事柄に、重い口を開くように言葉を返す。とても淡白でありながら、不満げで、何かに苛立っている様子が滲む口調。


イミトには、その理由に無論と心当たりがあった。



「そんなに、あの男デュラハンに相手にされなかったのが悔しかったのかよ」


 「あ?」


せせら笑うが如く、過去に負ったであろう心の傷をえぐる言動。故に、そのにやけた阿呆面も相まって図星を突かれた頭部はイミトへと振り返り、かつてない程に怒りの焦点を絞って瞳孔を収縮させるのだ。



「まーたモヤモヤしちゃってまぁ、クレアちゃんったら、分かり易くて可愛いねぇ」


 「……貴様」


それでも白黒の彼女の髪が波打ち始めるような怒りにおくさぬイミトは、地面に腰を落とし、嘆きの口調で嫌みを口ずさみ、身振り手振りの仕草で空を煽り、増々と怒りの炎にまきをくべて。



「——そうやって、俺にイライラしてろよ。他の男の事なんて、考えてねぇでさ」


それから、他の誰にも見せぬであろう穏やかな表情を彼女に魅せつける。

まるで彼が趣味とする料理と向き合うような、熱き炎に語り掛けているような、そのような表情で。


「元々の身体さえありゃ、遅れを取る事なんて無いんだろうし……負けて生き延びたんなら、明日か明後日に勝つ為に強くなりゃいい」


「半人半魔なんだ。お前の力があったから、俺は今——生きれてるし、お前も俺から人間の力を借りれば良い——明日、勝つ為にアレコレと準備したり鍛えたり、学習したり成長する力ってのをさ、受け入れてくれると……力を借りっぱなしにならなくて俺も気分が良いからな」


 「……」


強者として永き時を戦場にて生き抜いてきたクレアでは、感じた事が無かっただろう死の無き敗北の恥辱。短き生の中とは言え、既にそれを体感した事のある弱者は今、強者へと言葉を説き始める。



「クレア・デュラニウスがあの日、野垂のたれ死ぬのが確定してたようなガキを拾った事を間違いじゃなかったと思ってもらえると有難い」


すべからく『』恩義を強者へと語らいながら、彼は両手を少し後ろの地面に置いて傾くように空を眺めるのである。


細やかな平穏の味を噛み締めるひと時——激動の中の小休止に身を置いて、彼は欲深く生き汚い己を小さく、本当に嗤うのだ。



「——何処までも腹立たしいガキよ。貴様は」


「であれば——ひとつ、訊いておこう。貴様……未だリエンシエールにがあろう」



「それなりに貴様の事は分かって来ておる。貴様が慈悲だの良心だのとほざいた時の気配……何かを隠し、目論んでおる時の気配よ」


すれば怒りの矛先をしずめ、相手をするのも馬鹿らしいとの息を吐きながら冷静さを取り戻したクレアも、意趣返しの如くこれまで言わずに居た問いを彼へと投げ掛けて話しの行き先、話題を変えるに至る。



「まだ話す段階に来ておらぬだけの事か、話すべきではない事かは知らんがな」


 「……ああ。まぁ、どっちもかも知れねぇな、そりゃ」


すると、お察しの通りと早くも平穏な時が終わった為に徒労の息を漏らしたイミトが項垂うなだれるように後ろに反ってた上半身を起こし、クレアの問いに応え始める。


「今回の件——もう一人のデュラハンや俺達の事、魔王ザディウスのの事は予想外としても、他はおおむね……レザリクスの思い通りに動いているんだろうなって思っててさ」


「ふむ……そうであろうな。まんまと魔王石を盗み出し、そのせきをエルフ族に押し付ける算段という意味なら間違いあるまい」


遠くを見るような、或いは近くを見ているような、さもすれば何処の何も見ていない様子にも見える黒き瞳の奧の沈んだ色合い。


その双眸そうぼうは、例えるなら記憶の中にある幾つもの映像などや音を文字化して、身の回りで起きた様々な事柄を同時に一つの画面に映し込み並行して繋ぎ合わないかと思考しているのだろう。



「ただ、少し全体の流れとしてに欠けてる気がするんだ。仮にデュラハンが、ここの結界の鍵になっていたロナスの街に攻め入って結界を解除して居なかったら、エルフ族に魔王石を盗まれたって筋書きにするのに少しが出てくる」



世の中の仄暗ほのぐらき地にてよどむ人々の様々な思惑や、事の道理に想いをせつつ、彼は淀みに浮かぶ断片から、その全体像を何とか一つの形として導き出そうとしている。


「——なるほど……つまりエルフ族の反乱勢力がロナスに侵入し、封印の解除が出来るようにをするよう命じられておるレザリクス直属の配下か勢力が居ると疑っておるのか」


そしてクレアもまた、言葉を発する事で組み上がり、共有された認識からイミトが脳裏に何を描こうとしているかをおもんばかり、慣れた様子で言葉を返すのだ。


「そいつか、そいつらをあぶり出して、捕まえるか殺すか……最低でも、正体の確認だけはしておきたい。まぁ、普通に考えればの連中なんだろうが……」



 「——……面倒な話よ。やはりに相違あるまい」


何処までもうたぐり深く、誰よりも失敗を恐れる臆病おくびょうな魂の片割れ。

彼は、まるで——それを知るクレアに寄り掛かるように言った。



「買い被り過ぎなんだよ、どいつもこいつも……相談の一つくらいさせて欲しいもんだ」


「それほどに結果を貴様が積んできたという事であろう……リオネル聖教以外の者だった場合の目星か、炙り出す策など思い付いておるのか?」


忌々しい呪いに憑りつかれたのように、とても小さく、悪魔とは思えぬ脆弱ぜいじゃくさで己を嗤いながら。



「いんや、候補は幾つか考えてるけど、まだ全然……情報が足りないからな」


 「ふん。貴様が守ろうとしておる者の中に、が居ない事を願うばかりよな」




「……、助かるね」


エルフ族の未来を保障する——リエンシエールと結んだ契約の前提。


他のエルフ族自体が、そもそも差し伸べた未来など望んでいない可能性すらも疑いながら——彼はクレアの皮肉に、せせら笑いの乾いた息を吐きながら瞼を閉じて深き闇の深淵をのぞく。

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