第75話 前提条件。3/4


——さぞかし悪魔的だと思った事だろう。


「リエンシエールさんを含めた大半のエルフ族は一度ツアレスト側に事情聴取の為に身柄の拘束がされる事になるだろうが、余程の馬鹿が居ない限り、エルフ族のリーダーであるリエンシエールさんから情報を取ることも無く、その場で処刑する事も無いだろう」


人々の思考や足掻きを高みからすくい上げ、正確とも思える程に読み取りながらも、人の情や善悪など一切と考慮に入れぬ己がてのひらの上で転がし弄ぶが如き物言いの数々。


「なにより、敵同士になったとはいえ、同胞の首を丁寧に落として追い掛けてくるだろうツアレストの連中にさらしてんだ。エルフ族の冷徹さと真面目さ——同胞を想う結束力は、敵に回すと厄介だと相手に思わせて、そうそうに手を出しにくくする」


到底と正常な人間とは思えぬ合理にして機械的な最良と思えるの選択、否——やはり人の心に付け入る魔の手と評するに相応しく——



「ツアレストの兵士が守れなかった街を壊滅させたデュラハンを、遺跡の奧に魔王と共に封じ込めたって話に出来りゃ尚更な」


彼の者が無しさも皆目存在しない軽々とした口調で放たれる言葉の繫がりが、まるで鎖の如く血の気が引きつつあるリエンシエールの表情を更に暗く染め上げて、苦悶くもんの葛藤へと思考を引きり込もうとしていた。


故に、

「……その為に、既に戦意を失った同胞に慈悲も罪を償う機会もなく死を与えろと。理屈は分かります、しかし——」


その指示にしたがわぬ為の言い訳を探し、痛みを避ける為の口実を求めたのだろう。きっと恐らく、無意識下で、人の心にひそむという良心、善性が、そうさせたのだ。



「慈悲か……そりゃ、そいつらの為のもんかね。奴等に被害を受けた奴等の為にも気が済むまで拷問したいってなら同調しても良いが、お遊びしてる暇も無けりゃ余裕もないんでな」



——それすらもよこしまと見下げ果て、彼は甘えと述べるに違いはないが。


だがしかし、人としての優しさに溢れ人々に慕われ、人々を愛し、責任感や誇りにも満ちているリエンシエールであるからこその重荷を解くように、彼の口は甘言をつむぐ。



「——良いよ。首を落とすのは俺がやるから、アンタらは優しく拾って差しあげろ——人の首を堕とすなんてのは、俺はだからな」


「——……」


唯一と罪を背負わずに済むと思える——言い訳が出来るような逃げ道を与える甘い、甘いささやき。


或いは——それすらも。



「生き残っている反乱組を連れて来てくれ。首が残ってる死体も全部だ」


座っていた体、治癒されたばかりの腹の傷跡を抑えながら徒労の息を吐いて『』とでも言わんばかりに立ち上がるイミト。


そして彼は、同情を求めるように密やかにクレアへと目線を動かす。



「……昔から貴様は口ばかりよな……エルフ族の小娘。覚悟とは口に出さずとも現れるものだ」


すればクレアも辟易と、甘え上手な男の対応に疲れた様子で眉をひそめて瞼を閉じて息を吐き、こちらもまた『』と不機嫌な様子で挑発的な言葉を吐き捨てて。



「——……分かりました。しかし、手を汚すのは私の役目……一族の皆に、説明をする時間を頂けますか?」



——そう、或いはそれすらも——悪魔との契約で首に掛けられたかせくさりを引っ張るような悪魔の所業だったのか。結果的に、他に罪を着せる事すら出来ぬリエンシエールの善性に浸け入る事となるイミトらの言動。



「ああ……仲間内での口裏合わせも必要だろうからな。遺跡の入り口は偵察が戻り次第、状況を見て封印してくれ。魔王石もデュラハンの行方も分からなくなるくらい徹底的にな……それもツアレストの調査を足止めする時間稼ぎになる」


その後も、予定調和であったかのように話は躊躇ためらいも無く続けられ、気品あふれる美しききぬ織物おりものくつは、彼らに後押しされた形できびすを返して動き始める。



「そういう時間稼ぎをしてくれてる間に、コッチも全力で根回しと交渉をしとくつもりだ」


「……もし、その交渉が失敗したとすれば?」



——さぞかし悪魔的だと思った事だろう。

ふと立ち止まるリエンシエールは、少し口惜しそうに振り返り、最後の決意を固めるべく、先に見ているのだろう地獄の景色のいろどりを尋ねた。


するとやはり、男は語る。

黒く深く深淵が笑んでいるような輝きの色合いの瞳の下でわらいながらに。



「——俺とクレアが、魔王石を狙う謎の第三勢力として現れて暴れる。理由付けは適当にするけど、そこで牢屋を破壊し、街を守る為に動いたアンタを殺す」


「ガキが考えた茶番ではあるけど、そういう筋書きなら、アンタの演技次第で少しはエルフ族の体裁ていさいは整うだろ」


平然と——賭け事の代価に賭け主の命を既に握り締めている様子で、瞼を暗幕の如く静かに閉じながら言い放ち、如何なさいますかと皮肉めいて挑発的に、挑戦的に口角を持ち上げて小首をかしげるイミト。



「なるほど……ですがその場合、アナタにとっての利が無くなるのでは無いですか、イミト・デュラニウス殿」


「ははっ……そいつぁ、馬鹿なガキに頼ってしまった可哀想なエルフへの贈り物、せめてものって奴にしといてくれよ。最低保証のサービス付きの良心的な賭け事だよ」


「せっかくコッチはヤル気になってるのに、危険ばかりでメリットが少ないって断られるのも寂しいからな」



それでも最早、リエンシエールの逃げ道を防がれてしまった決意は揺るがないのだろう。むしろイミトが語ったの方が彼女の望む所なのかもしれない。



「——分かりました。それにしても、この短時間で……的確な状況の分析と、理屈の構築。アナタは一体——何者なのですか」


自らの矮小わいしょうな命一つと、エルフ族の命運。彼女らの故郷の一つでもある先人たちから受け継がれてきた矢継の森に風が優しく、ひとそよぎ。


少し晴れやかになった表情で、彼女は次の問いを期待せずに彼へと贈る。



「それっぽい事を言ってるだけのキュートな小悪魔さ。過大評価はしない事だ……裏切られた時に泣きたくなるぜ?」


「……それでも——魔王石から漏れ出た残滓だったとはいえ単独で魔王と戦った手腕、意図せずに唐突に襲来したデュラハンへの対応……アナタの実績は信頼に足るものと言わざるを得ない」


かたる事はあれど、彼もまた虚を飾る事は無い。すべからく等しく、世間体や体裁に囚われることも無く、明瞭な契約によって追う責務を果たすという信頼が滲む言動。



「恐らく今日か明日がになろうとも、きっと後悔は——いえ、少なくともこの時、アナタを信じると決めた事を後悔はしないのでしょう」


己が利の為、欲の為、或いは彼なりの矜持きょうじある流儀の為——彼は少なくとも断じてくれるのだろうと。



悪魔にしかすがる他が無い程に、一族を追い詰めてしまった不甲斐ない長たる自分の罪を断じ、生贄として一族の未来を最低限には保障してくれるのだろうと。



「……皆に報告して参ります。それから、反乱組の処置も」


 「——お早めに」


その淡い心許ない想いを胸に、はかなげに笑むリエンシエール。


イミトもまた、彼女の笑みに秘めたそんな哀しき願いを汲み取って優しげに彼女を見つめ、彼女が大切にする同胞の下へと無粋な邪魔をせずに送り出すのであった。


——。

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