第74話 もう一つの結末。3/4


するとまず、静かにパチリとはじける線香花火のように、イミトの問いに対して言葉を発したのは、今は美しい頭部のみデュラハン、クレア・デュラニウスであった。



「——すまぬ。我の力が及ばなんだ、貴様の方へ行くのを止めるべきだったであろうに……貴様のをとやかく言える筋合いは無かったな」


その第一声が、途方もなく珍しく思えたイミトの顔にヘラヘラとした余裕の笑みが密やかに消え失せて真面目な顔つきになる程、神妙に彼女は言葉を重く語り、台座の上で振り返ることも無く目線も合わせぬままに瞼を閉じる。



そして次に、そんなクレアの謝罪の弁護べんごはかるように、



「クレア様は悪くないので御座いますよ‼ ワタクシサマが足を引っ張ってしまったので御座いますですよ」


デュエラは身を乗り出して胸に手を当てて懸命に想いを伝えようとする表情が裏にあるだろう顔布を揺らめかせて。


「力不足はいなめない。あのデュラハンは、本物の怪物だった」


 「……私も何も出来ず、ユカリが動かなければどうなっていたか」


その後、続々と皆が喫緊の先頭における悔恨を口にし、会話の雰囲気は重苦しく耳との耳の奧を震わせた。



故に——

「かっ、らしくねぇな、どいつもこいつも……お前らが生きてりゃ何よりで、他はどうだって良いさ。謝るより先に、おめのキスの一つや二つや三つや四つでも欲しいくらいでね」


彼は笑うのだ。


青天の霹靂へきれきの如くのどを締めて口の中の息だけを吐き飛ばすように笑い飛ばし、魔力で塞いでいる傷口を片手で押さえながらに、胡坐あぐら片膝かたひざにもう片方の手を軽く叩きつけながら。


重苦しい表情の彼女らとは対照的に、道化の如く嗤うのだ。



そのようななぐさめ方しか知らぬとでも言うように。



「——アナタのお仲間は、クレア・デュラニウスも……我らエルフ族の身を守り、傷を負いました。謝罪をすべきは、己の身も守れず足を引っ張ってしまった我らの方」


「——……」


そんなイミトの振る舞いと周りの様子をかんがみて、ようやく話すすきが出来たとエルフ族の長であるリエンシエールが衣擦きぬずれの音を僅かに響かせながらイミトへと近づき、かしこまった様子で片膝を地に着いて、礼節丁寧に声を掛ける。



彼女の登場と胸の内に抱えている思惑にいささか、怪訝けげんな横目を向けるイミト。



「腹の傷を塞いでいる魔力をいて頂けますか、魔人殿。エルフ族の長として、アナタ様の治癒は私が全霊をってつとめます」



しかしそれは杞憂きゆうと、真剣で静かな粛々しゅくしゅくとしてイミトを見つめ、そっと差し伸べたてのひらに緑色の淡い光の魔力をともす。



「ああ、そういう事か……便利なもんだ……っ‼」


それは——、一目で優しさに溢れているような光に見え、リエンシエールの言動も踏まえてイミトはその意図する所を理解する。そうして腹に当てていた片手の力を強め、腹部の傷口を塞いでいた魔力のかたまりから黒い煙と共に流れる血を噴き出させる。



「【聖樹リグリア木漏陽パルミルース】」


その場にいた誰もが予想していない程に溢れ流れ始める命の赤きしずく


されどリエンシエールが魔法の言葉をとなえれば、血の出所のイミトの腹の傷へとリエンシエールの両手から魔力が伝うように緑光を帯びた若葉がえ始め、根を張るように傷口を覆い隠して、みるみると血の流れを止めて癒しを与えるように命の胎動たいどうを始める。



「——ザディウスの事は心配いらない。は、倒した後で俺がデュラハンに対応する為にしろに復活しただけだと思うから、骨の津波を起こすだけで精一杯だったはずだ」


恐らく傷が思いも寄らぬ速度で治っていっているのだろう。されど、それに対する驚きを表情に見せぬまま、イミトが語るのは治療に集中するリエンシエールが胸の内に秘める不安についての事柄。



「あのデュラハンの方は——ザディウスが言ってたレザリクスの罠を確認してないから、どうなったかは分からねぇ。今の内に遺跡の入り口に封印か、何か対策を立てとくべきだな」


特段と集中を乱そうという悪意も無く、不安をあおる訳でもなく、むしろ責任感の強そうなリエンシエールが両肩に抱えるうれいを晴らそうという気遣い。



「……今は治療に専念を。致命傷では無いとはいえ、かなりの深手のようです」


そのおもんばかりがこうそうしたのか、一層とリエンシエールの手から流れる緑の魔力が光りの強さを増し、殊更に彼女の表情に真剣味も増していく。



だがイミトは、そんな彼女の忠言もむなしく思える程に——



「セティス、余裕があったら周辺にアーティー・ブランドと戦った時に使ったを周辺に仕掛けといてくれ。アレののには気付いてたか?」


「——……なるほど魔力の付与。確かに、そうなら非合理的な動きの辻褄つじつまが合う……アレはとか言っていたけど」


近くでリエンシエールの治癒魔法を観察する覆面の魔女セティスへと話し掛け、今後の動きの指示を始める。遺骸跡ダルディグジッタの深奥にて敵対した男デュラハンと相対した時、手に入れた情報の共有を含めて有効そうな策の手筈てはずを整えるたたずまい。



「まぁ違いねぇだろうな、多分——噂の封印の巫女に道連れかなんかで封印されてた影響で目が見えなくなってんだと予測した。その封印を完全に解く為に、魔王か何かをにしたんじゃねぇかってな」



「これも想像でしかねぇが、一昔前に封印の巫女を襲った理由は、巫女の首でも手土産に当時の魔王軍へ入れてもらうつもりとかだったんじゃねぇかな……あの口振りと執着は多分そうだろう」


周囲の静かな注目を尻目に、僅かに黒い瞳の奧に深みを増して遠くを想う様子で語る言葉には想い説得力を思わせる。



「……とにかく了解した。万が一に備えるのは必要」


そうしてセティスに自身の提案を納得させて行動を促したイミト。



「おう……カトレアさんは、先に馬車に戻って近くのとりでに急いで連絡を取る準備をしてくれ、念の為……デュエラもカトレアさんの手伝いだ。やらするなら仕込みの時間は多いに越した事はない」



彼は次に、残るカトレアとデュエラへの指示を語り始める。

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