第74話 もう一つの結末。2/4


一方その頃、先んじて空へと放たれた男の姿を探して跳び出した黒い顔布で顔を隠すメデューサ族の少女デュエラは、



「ええい、なのです‼ えっと。イミト様はどちらへ……ん、アレは——」


骨の雨を穿うがつべく地上から飛び注ぐ光の矢や骨の雨雫そのものも素足で蹴り飛ばしながらイミトの姿を探していた。



そして少女はイミトの姿より先に、地上から込み上がる魔力の膨張ぼうちょうを肌で感じた。


「セティス様の魔力‼ あわわわ⁉」


それは覆面の魔女の放つ無数の光弾、エルフ族たちが放つ光の矢よりも細く、柔らかい閃光ではあったが、


しかしそれ故に何よりも速く、鋭く、幾つもの数で次々と変幻自在、縦横無尽にデュエラを避けながら軌道を変え、空の骨の雨に小さな風穴を開けて空中で分解させていく。



すれば骨粉が舞い散り始める白景色の中で、やがて光弾の行き先——垣間見える蒼空の向こうに、小さく黒き男の姿が点としても見えてきて。



「——あ‼ イミト様を見つけたのです、セティス様‼ 流石なのですよっ‼」


 「イミト様‼」


まるで光弾に導かれたように男の姿を見つけたデュエラは、直ぐ様に空に地面があるように駆け出し、その男へと近づいて行った。


「……おう、デュエラ」


男の名は、イミト・デュラニウス。骨の津波の勢いに飲まれ、遥か天へと投げ出されて力なく落ちていく白と黒のまばら髪を頂く、蒼白な顔色の男。



空を駆けてきたデュエラに驚くことも無く、弱々しい返事をして落下しながらに片手を挙げる。



「大丈夫で御座いますか⁉ 顔が真っ青なのですよ⁉【龍進寝床メデュラ・フリュエーレ】」


そんなイミトの様子には、違和感があった。その事は急ぎ慌てているデュエラの顔布越しの金色のまなこから見ても明らか。


故に少女は、自身が足場にしている魔力で創り出されている透明な足場の範囲を広げ、落下するイミトを受け止めて透明な足場に寝かせた。



すると、イミトの様子を心配するデュエラの不安げな雰囲気を他所に透明な足場に手を突いて起き上がろうとするイミトは、



「ああ……そんな怪我は——ちょ、ま……オエエエ——ああ……」


デュエラが近づかぬように空いた片手で動きを牽制しつつ、足場のきわまで這いずって地上に向かって嘔吐を始めるのだ。



「うひゃああ⁉ 大丈夫なのですか⁉ 何か呪いのような攻撃を⁉」


 「いや……目が回って、酔ってる……だけ……うあ……気分最悪だ」


始めに骨の津波に先駆けて、遺骸跡ダルディグジッタから跳び出した黒い球体の中に居たイミトは、転がり回され宙へと放られ、散々と三半規管さんはんきかんが狂いに狂う。



上も下も分からぬような酩酊めいていの中、それでも体に触れるデュエラの魔法の感触に上下を定めて寝転がるイミト。視覚を存分に発揮すれば世界がグルグルと回る為に、これ以上の気分を害さぬように瞼を閉じた上で更に腕で目を覆い、弱々しく声を吐いて。



「酔って……お酒の飲み過ぎなのですか……ワタクシサマはどうすれば⁉」



「ああ……突っ込む気力も……取り敢えず、急いで地面に降ろしてくれると助かる」


そんな様子を見かねて頓狂とんきょうなデュエラの焦りに、下方から飛んでくるエルフ族たちの矢の騒音に機嫌を損ないながら雑多に言葉を返し、寝返りを打つイミトである。



「は、はいなのです‼ えっと、では運ぶので御座いますね‼」


「んあ……まだ吐くのは我慢できっから安心してくれ」


するとイミトのダラけた指示に対し、反する雰囲気を見せる事無く直ぐ様に従う無垢むくで懸命な少女はイミトのなまけた肢体を軽々と抱え上げて、周辺の様子を探り始める。



「了解なのです‼ セティス様が援護えんごしてくれているので今の内に——‼」


そうしてエルフ族の光の矢、諸共もろともにイミトらに降りかかる骨の雨を撃ち抜く覆面の魔女セティスの光弾の軌道を確かめ、


デュエラは身に着けたる黒い顔布が僅かに風にあおられてメデューサ族の特徴である美しき金色の瞳をあらわにしながら、彼女は再び空へと跳んでいくのであった。


——。


その後、イミトを姫様でも扱うように抱えたデュエラが、セティスの光弾の援護を受けながら危なげなく地上へと降り立った頃合い、



「……ぅああ、死ぬ」


それでも未だに世界が乱れ回るような酩酊めいていに沈むように、横たわるイミトが顔色真っ青にうめく。



「ええ⁉ 死んだら駄目なのですよイミト様⁉ セティス様、どうにかイミト様を治療しないと‼」


「——あの魔王を打ち倒しておいて、少し目が回った程度でそのザマとは情けない」



「うるせぇな……予測できない乱回転は苦手なんだよ昔から。初見のジェットコースターとかな。前に言わなかったか?」


そのうめき声を真剣にとらえて慌てふためくデュエラを他所よそに、情けない過大表現を過大表現として受け止める鎧兜を纏うクレアが黒い台座の上より見下みさげれば、イミトは弱々しく吐き気をこらえながら息絶え絶えに精一杯の強がりを見せて。



しかしながら、そんなイミトの無気力や虚脱感が、眩暈めまいによるものだけでないと最初——否、初めに言葉にしたのは、止み始めた骨の雨を遠目で眺めていた覆面の魔女セティスであった。



「というか、が深刻。今は魔力でふさいでいるみたいだけど、ちゃんと止血して治癒魔法を掛けるべき」


腹部の服の布地がダラリと一閃、裂け乱れ、僅かな血糊ちのりあらわになっているはずの腹の地肌が黒く硬い【】に覆われて、裂かれた腹を、まるで黒い木工用ボンドで埋めたような盛り上がり。


緊急措置で負った傷を塞いだのは誰の目から見ても、明白。



「ああ? 治癒魔法なんざ誰が使えんだよ……デュエラ、俺が死ぬってのは冗談だから、馬車にある水筒か、そこら辺から水をんできてくれ」


だが、イミトには文字通り御伽話おとぎばなしの魔法のように瞬く間に傷を修復するすべに心当たりは無く、セティスの言動を聞き彼は、空気を読まぬオカルト話に不快感を示すように、これが現実だと語るように未だ慌てているデュエラへと行動を指示するのだ。



「え、ぁ……はいなのです‼ 直ぐに取ってくるのですよ‼」


 「いえ、デュエラ殿。水なら私が——【流水剣】」


しかし、その指示を受けたデュエラが戸惑いながらイミトの指示にうなずいたと同時に彼女の肩に手を置いて動きを阻害そがいする者が一人。



「えわああああ⁉ カトレア様⁉」


これまで周辺の警戒を強めていたカトレアは、横たわるイミトの下へ向かいながらまたたく間に腰に帯びていた剣を引き抜き、鞘滑さやすべりの音と共に白刃はくじんの剣にともなって現れてイミトの横たわる顔面に降り注ぐ。



「こういう時は、頭から大量の水を被るのが効いたりするものです」


 「……いと素晴らしい民間療法、助かる。それで? お前らの方の被害は、どんなもんだった? とは少し戦ったんだろ?」


その後に、剣を再びさやに戻したカトレアの冷淡に思える物言いに、雨もしたたる良い男とでも言わんばかりに濡れた前髪を振り払い、スッとイミトは上半身を起こし、猫のように首を振って周囲に飛沫を飛ばした。



「「「……」」」


すれば、その際に放たれた問いに、各々は——各々の答えを淡く小さな心許こころもとない光の如く各々の胸に灯らせて。

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