欺瞞編。

第74話 もう一つの結末。1/4


遺骸跡いがいせきダルディグジッタの晴天に、その日——骨の雨がしきる。


時をさかのぼることもせず、過ぎ去って生まれた結果のみで世界を語ろう。



「何かが——


地下から何かが勢い良く迫りくるような地響きの不穏を感じ、周辺の森の治安を守るエルフ族の筆頭、リエンシエールは不吉な冷や汗に酷く冷たさを感じて。



「総員、この場から退避なさい‼ 敵も味方もなく怪我人を優先、矢継やつぎの森の外へ‼」


「しかし‼ リエンシエール様‼」


 「早く‼」


幾年いくとし幾人いくにんもの先人が眠る遺骸跡ダルディグジッタの歴史的な数多あまたの遺産が、これから来る災厄に震え、後世の者たちに危機をしらせるような一幕。


リエンシエールは数多の同胞に声を掛け、命じ、己の全霊ぜんれいって事に当たる為に自身の内にある魔力の気配をたぎらせる。



だが無情——危機はそう、遠くは無い。


遺骸跡ダルディグジッタの地下へと通じる中央の建造物の扉が勢いよく蹴破られ、鎧兜を抱える黒い顔布を纏った少女が現れた。



「イミト‼ あと数秒……三秒後ぞ‼」


「クレア・デュラニウス……⁉」


少女に抱えられる鎧兜と共に、扉を突き破った早々、それを目撃していた者らの戸惑いよりも早く——険しい焦りの色合いがにじむ怒声が響き、事の深刻さを際立たせて。


地下よりい寄る【】が迫る空気の震えが、扉が開かれた事で殊更に強く不穏な気配が色濃く心を満たしていく。



「エルフの小娘‼ 撃墜げきつい魔法の用意をせよ‼」


「は、はい‼ は? ⁉」


緊急事態にともない、相手に有無を言わさずに遺骸跡ダルディグジッタの防衛線にまで到達した少女に抱えられた鎧兜はエルフ族の長にうやまいの挨拶すら無く指示を与え、これから起こる災厄にそなえさせる。



「他のエルフ族にも『』から漏れた物を狙撃させよ、動け」



「来るぞ——、イミト‼」


彼女は知っていた。

説明する時間もはばからなければならない程に、差し迫った脅威の正体を。



まるで、怪物がこれまでに喰らった獣どもの亡骸を勢いよく嘔吐するが如く、小さく見える遺骸跡の開かれきった扉から溢れ出るは



その先頭に波乗って運ばれてきた黒い球体が、まず目に入る。

その刹那、その黒き球体の中から、が——誰もの耳に届いた気がした。



『ったく——とんでもねぇ……【千年負債】』

「それは——こちらの台詞ぞ‼【千年負債】」


と同時に、心の中で示し合わせたような時分で遺骸跡ダルディグジッタの深奧しんおうから世界へと吐き出される津波に対し、直ぐ側に控えてた人員が巻き込まれぬよう退避の時間もけせぐべく、唐突に発射台のような斜めに倒れる黒き巨大な壁と、その支柱が膨大な魔力によって組み上がる。



「「「「——⁉」」」」


故にその日——しきる。突如として中央建造物を隠すように現れた天高く斜めに伸びる巨大な黒い壁と、それを裏から支える幾つもの支柱。


地下から噴き出した骨の津波がまたたく間に駆け上り、巨大な骨の飛沫しぶきりて。



「貴様ら‼ 死にたくなければ空から来るもの全てを撃ち落とせ‼」


「……、事ですか。【生命樹形セフィリグラム】」


そうなれば、彼女らの吐く言葉を理解する者も現れる。


特にエルフ族の長であるリエンシエールは、これまでの経験も相まって事の状況を理解するに至りて言葉を喋る鎧兜の言葉の意をみ取り、白く輝く樹木の如き魔力を用いた魔法を駆使し始め、空から降りきたる骨の雨を貫き、押さえ始めて。



そして——、



「同胞よ‼ 先人から託された地を守る為、欠片一つも落とす事は許されません‼」


『『お……オオオオオ‼』』


周りに控える戸惑いの最中に居る経験の浅き同胞に、一族の長として迷いを捨てさせる号令を解き放ち、意思の統一を図った。


すれば一族の長の言葉に揺り動かされ、


彼女をしたうエルフ族の皆は彼女の号令を機に、一斉に意気を荒げて弓を構え始め、彼女にならうように空から降り始めている自身らを襲う骨の雨を撃ち抜き、


骨の雨の軌道を逸らし始めるのである。



そんな最中——、


「デュエラ、貴様はに迎え。貴様なら矢の中でも跳んで行けるであろう」


「——はい、なのです‼ クレア様‼」


黒き魔力により骨の津波を雨へと変え、エルフ族が己の身や、同胞の安全を守る時間を作った鎧兜もまた、次なる指示を仲間の少女に語り始めた。


暗黙の内に、自身の鎧兜を置ける黒い台座を魔力によって作り出し、自身を置いて指示にしたがえと伝えながらに。


すればコチラ——黒い顔布で顔を隠す少女もまた、その意を悟り、指示に従って次なる行動へと動き出す。


臆すことも無く、


鎧兜を丁寧に彼女が駆けだすは空。エルフ族が骨の津波の飛沫を休みなく撃ち抜く過酷な環境を前に、彼女は宙に目には見えぬ地面があるように駆け出すのであった。




けれど、そんな尋常ならざる動きを開始した彼女に焦点を当てて事を語る事が出来ない程に、世は混迷の極致きょくち



「クレア・デュラニウス……詳細な情報を求めたいのですが、話せますか」



「……端的に話す。魔王の残滓ざんしが暴れておったがイミトが一度は倒し、は魔王石を奪い去ったレザリクスが罠を仕掛けていったらしい魔王石の封印場所に押し込められた」


故に顔布で顔を隠す少女デュエラと別れ、静かに黒き台座に鎮座するデュラハンの頭部クレアへ——、リエンシエールは骨の雨をしのぐ大樹の魔法を止めぬまま神妙に尋ねる。



「……しかし、この。これは間違いなく」


差し迫る骨の雨の脅威に身が震える覚えがある——かつて同じく骨の魔法を用いた凶悪な魔王と対峙した英傑の一人は、かつての古き記憶と似た物を持つクレアに尋ねたのだ。



「イミトが倒したのは一度だけだ、その後——魔王の残滓ざんしはイミトの持っていたしろに再び復活し、デュラハンを封印の場所へ押し込み、イミトを地上へと押し上げた。その後の行方は分からん。警戒はせよ」


すると淡々と、これまでの粗筋を話しつつクレアは魔力で創られた台座の魔力攻勢を組み替えて、首を曲げるように天に静やかな眼を向ける。



これ以上は、貴様の相手などして居られないと辟易へきえきと息を吐くように。



だが、

「まるで……あの魔王が、アナタの片割れの魔人を助けたような……」


リエンシエールは、そうも行かない。心がゾワリと震える——かつて深く心に刻まれた傷がうずくような予感に、彼女は確かな安堵をクレアの言葉に求めようとしている。


そして現在の状況を加味して、何とか希望にすがすべは無い物かと表情を暗くにごらせて。



——魔王が善へと変わる……それが今、彼女が導き出した精一杯の希望的観測だったのだろう。


しかしながら、それが他の者たちにとっても希望とは限らない。



「——つまり……イミト殿は御無事なのですね」


 「本当に、悪運が凄い」



特段、背後からクレアの下へ歩み寄った二人の魔女と騎士にとっては、イミトという男が存命している事こそが既に確立された大きな希望の一柱ひとはしらであるように、


掴める希望に決まった形は無いのだから。


「アナタ達‼ まだ体を動かしてはいけません、治癒は万全では——」


 「「問題ない」ありません」



「なれば貴様らはデュエラの援護をせよ。空に居る阿呆を迎えに行っておる」



「了解。カトレアさんは、まだ氷の力、使える?」



「いえ……残念ながら、しかし水は使えるのでクッション役くらいなら」


傷付いた彼女らを憂うリエンシエールの制止を意にも介さず、血の色が混じる土埃つちけむりと、土やら岩から剥がれたこけまみれたちで、覆面を被る魔女と仮面を付けた騎士は語り合う。



「分かった——イミトとデュエラさんの位置は補足。流れ弾が当たらないようにすればいいだけなら——【魔弾装填エルエナ・ブリュッセ魚水麟イベリアム】」



「【離別群流レトレリクス‼】」


そうして覆面の魔女はクレアの指示にもうながされ、マントを羽織はおる腰の裏から拳銃を引き抜き、右腕をおおう白きうろこへと銃の形を変えて、無数の光弾を解き放つ。


——。

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