第74話 もう一つの結末。4/4


「ん。いや、だが——今はデュラハンへの対応に集中すべきだと。私などはかく、デュエラ殿ほどの戦力をくのは」


しかしながら半分だけ納得の意思を示しつつ、イミトの指示を否定的に眺めたカトレア。未だ脅威が静けさの向こうに息をひそめているかもしれぬ、


骨の雨を吐き出した遺骸跡ダルディグジッタの入り口に視線を送り、カトレアは過去を振り返るように腰に帯びた愛剣のつばを鳴らす。


「ふぅ……こっちは問題ねぇよ。それよりも、今は時間が無い。あの男デュラハンが近くの都市で暴れて、ここの結界の封印を解いて来たのなら——ツアレストの兵士も急いで追い掛けて来てるはずだ」


イミトとて、そのカトレアの意見に異を唱えるつもりがある訳ではないのだろう。


されども今も尚と、なき差し迫る事態の中で、天秤てんびんに掛けねばならぬ事も多く、傷の修復具合を確かめながら恐らく細胞の急速な活性で生じているかゆみに耐えるべくイミトは己の眉間に親指を突きつける。



「少なくとも、矢継の森の周辺は厳重な監視下に置かれる——今の内に、馬車を動かして別の拠点とかの確保もしておいた方が良いだろ」



「なるほど……理解しました。この場は任せ、我等は撤退の用意をしてイミト殿たちを待てばよろしいのですね」



すれば、そうこうと言葉を交わした末にイミトの指示に全面的に納得したカトレアに、


「ああ……最悪、今朝の野営地と……この森の中間あたりに待機しといてくれ。ここの状況を見届けた後に直ぐに向かう。連絡用の魔通石は馬車の中とセティスが持ってる奴を使う、俺が持ってたのは遺跡の中だ」



徒労の息を吐きつつ、積み重ねた思考が緊張として肩に寄り掛かり凝ってしまった肩と首の骨を解すべく首を傾けるイミト。そして彼は、静かに目線をデュエラに向けて、純真な彼女が珍しく話を聞いていない雰囲気をかもし出している事に気付く。



「——デュエラも、それでいいか?」


故に尋ねる。普段は天真爛漫てんしんらんまんに明朗で人当たりの良い彼女の肢体から、只ならぬのような感情が滲んでいる事も察して。



すると、彼女は答えた。



「……イミト様。ホントに、このエルフ族様ガタを助けるので御座いますか?」



とても静かに、彼女とは思えぬ程に感情の消え去った無機質な声色で。


「——何か問題があるか?」



「今……寝ているイミト様にエルフ族が居たのですよ」



 「‼ まさか、いったい誰が——‼」



それは明白に怒りでもあり、殺意故の物でもあったのだろう。横で聞いていたリエンシエールが、同族の不敬に驚き、継続していた治癒魔法の光を揺らがす報告。



骨の雨が降るという騒動の余韻、森がざわめく不穏な風が殊更に、彼女の怒りを際立たせる。



「ふん。あの我らを嫌っておるリコルとかいう若造よ……このような状況に紛れれば気付かれぬとでも思っておったのか」


更に言えば、知らぬ存ぜぬ——我、関せずとデュエラと同じく、その敵対者の存在に気付いていたクレアの口と瞳が僅かに動き、面倒げな息を風へと紛らせ、



「——殺してきても宜しいですか、あの男」


煽る。止める気も無く興味も皆目なく、彼女を——煽る。結果、これまでに無い程に静かに膨れ上がる無垢むくな少女の魔力は、その純真さ故に嘘偽りない感情を露に、小さな了承を求む声に如実に満ちていて。



「——⁉ お、お待ちくだ——」


間違いなく、彼女が動けば何の弁解の余地も無く、若き同胞は一方的にぎ倒され死地の向こうへといざなわれるだろう。それほどの気迫と——未だ奥深く語られはしないが、これまでに目撃した少女の強さに、



思わずとイミトを治療する手を止めて振り返るエルフ族の長、リエンシエール。



——そんな一触即発、ただ合図を一つを待つデュエラの動向とリエンシエールの刹那に脳裏を走りゆく杞憂に対し、



「……時間が無いって言ったはずだぞ、デュエラ。そんな奴を相手にする時間は、お前にとって重要か?」


イミトは静かに彼女に尋ねた。密やかに治療中の腹部のかゆい部分を指でいて、小首を傾げて淡々と、何事も無かったかのように何の気無くを装いながら。



すると、


「——それもそうで御座いますね。アレがイミト様の作戦で使うエルフ族かもしれませんし、直ぐにカトレアさんと馬車に戻って出発の準備をするのですよ」



肩を透かして拍子抜けする程に、イミトの問いに即座に反応を示したデュエラはアッサリと膨れ上がっていた魔力の威圧を納め、いつもの彼女らしい明朗快活な雰囲気に豹変ひょうへんするに至って。



「ささ、カトレア様。そうと決まったら早速、馬車へと向かうのですよ」


 「……ええ、しかし——あの外の結界は内側から抜けられるのでしょうか?」



その豹変ぶりにイミトとクレア以外の人物を戸惑わしつつも、デュエラは従順にイミトの指示に従うべくカトレアへと歩み寄って急かすようにカトレアの背中に触れた。



「あ、そうで御座いますね。どうなのですか、リエンシエール様?」


 「——……結界を開く案内を一人、手配します、もう少しお待ちを」



善悪の概念の無き無垢むくことわり。決して人の枠にとらわれぬ獣とも、怪物とも思える少女のそのような純真さに、戦慄せんりつを覚えながらもほこを退いてくれた安堵に複雑な胸中のリエンシエールは、たった今しがた起きてしまった同胞の失態に対する話題を本能で避けながら少女の問いに応え、全面的に彼女の要求に応えた。



「了解なのです。ワタクシサマ達は結界前に向かいますので、少し急いでくれると嬉しいのですよ」



「……それでクレア。アレの気配はするか? 探ってるんだろ?」



「うむ。ぱたりと気配は消えておる……転移か封印かは分からんが、が作動したのは間違いあるまい——不用意に近づくのも危険かもしれぬが直接と確かめる他は無いようだ」


「……どっちみち面倒くさいな。俺達は直ぐに離れて、裏工作の細かい所を煮詰めたいんだが」



——もしも、今は何事も無かったかの如くクレアの次の話題に映ったイミトが荒ぶる感情のデュエラを抑えなかったなら。



想像するに容易い、絶望の景色がリエンシエールの頬に魔王の魔力を感じた時のような止めどない悪寒おかんを肌に走らせ、彼女は息を飲んだのだ。



「その点に関しても、指示をして参りました。ためとはいえ愚かな考えを起こしたリコルと手練れを数人、調査に派遣します……今後の詳しい話はその間に」


「その前に、度重なる無礼に対する恩赦おんしゃ、感謝申し上げます。クレア・デュラニウス……そして魔人殿」



そして——そして——そして——


「——イミト・デュラニウスだ。別に良いさ、こっちに利が無い訳じゃないからな」



「ただ……次はかばい切れないぞ。慈善活動で協力しようと思える程、俺達とアンタらは仲の良い御友達でもない訳だから」



 「……心しておきます、イミト・デュラニウス殿」



一つの結末を迎えたリエンシエールは今、他に選択肢が無いとはいえ——只ならぬ眼前の者たちと、今後の未来への道で本当に手を組むべきなのかと改めて心を静やかに揺らすのである。

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