第71話 骨を砕きて肉さばく。2/5


『だが——話を戻す。歴代のデュラハンに、その力を使いこなせた者は無い……それが何故か分かるか。それこそが余がデュラハンをむ理由である』


そしてそんなイミトのおそれずに相手と闘う意志、如何いかなる手を用いようと相手に打ち勝つ気概が滲む悪意的な表情に気付かぬザディウスでもない。


その意気や良しと、骨の剣を再びと手遊びの如く動かして空を裂く時間は、彼の表情や言葉の雰囲気とは違って、あたかもゴキゲンを極めてるようにも見えて。



「頭が無いからなんてクソみたいな謎掛けじゃない事を祈るばかりだ、よ‼」


イミトは——後手では分が悪いと、ザディウスの言葉に耳をかたむけながら一瞬の呼吸の後に、今度はコチラの手番だと一気呵成いっきかせいと壁沿いに迂回うかいしながら、いつの間にか魔力で創られていた骨の津波の残滓ざんしが消えた斜め前方へと跳び出す。


ただ広い部屋の中で円を描くように駆け回りつつ、突きの一閃から足払いへと槍を振り回しては部屋の中心のザディウスを目掛けて上下左右と槍の攻防を試み、


『——良い突きだ。勘も良く、機転も利く』


そして——円を描くように動いた三百六十度目の攻撃に際し、イミトはザディウスに躱される槍の一突きを放った直後に槍を手放して地にかがみ、その場で回転しながら両手に黒いうずともした。



「【十年報酬テンスイヤーアワード二分割ツースプリット‼】」


創り出されるのは二本の大槌おおづち、回転の勢いのまま振り抜かれた一撃目の右の大槌おおづちは、ザディウスの左側面を狙うが片手に逆手で持たれた骨の剣に軽々と止められる。


では、すかざずと骨剣に止められた大槌を押し込まんとするはどうだったか。



それは——、


『しかし、所詮は悪童あくどう膂力りょりょくでしかない』


変わらぬ、意味を成さぬという結果。大槌二本の目論見を看破した上で、イミトと己の——生物としての実力の差を魅せつけるように剣一つで受け止めたザディウスは、槌の攻撃を受けた左側面ではない右足をユラリと持ち上げ、槌から与えられた衝撃を受け流したかの如くを砕くのであった。



意味も意義もなく、押し返される二本の大槌を——後方へ離脱する為に脱兎のごとく跳び退くイミト。


「強いなぁ……やっぱり。二発目を押し込んで片足も動かせないもんかよ」


開幕の骨の津波から難を逃れたのか、或いはこれまでの争いで移住したのか——イミトの盛大な常人ならざる後退りに室内のほこりは壁に逃げるように巻き上がり、室内で戦う二人におびえゆく。



『デュラハンは本来——強固な肉体で物理攻撃や防御を担当し、別たれた頭部は冷静に戦局を分析し魔法攻撃に特化させた戦の申し子。多少なりと改造されては居ても、人の身体には限界があろう』


——しかしやはり王者の余裕、圧倒的な強者の貫禄かんろく。二本の大槌の連撃を防がれ、体勢を崩したイミトを追うことも無く、言葉をつむぐ魔王ザディウスに対し、苦笑くしょうを漏らす他は無い。



『だが——己の無力を恥ずべきではない人の子。貴様が使いこなしておるは、本来の——無能なデュラハンが素晴らしい力だ』


現在の周囲の状況、遺骸跡ダルディグジッタの外で起きている争いの想定、ザディウスの話半分で聞きながら様々な事柄についての方策を脳裏に巡らせつつ更にイミトは片手間、取り敢えずのを新たに右手に



『歴代魔王達の多くもまた、古来よりを用い、世界に猛威もういを振るった』


実力差が分かったのならば諦めて従えと言わんばかりに右手の骨剣を構えぬまま、左手で誘うようにイミトへと差し出して、ザディウスは冷淡な声色で彼の抱く嫌悪を口にし始めた。



『デュラハンは、その合理的な分業とも言うべき完成された形に生まれるが故に学習意欲がとぼしく、成長や変化を軽んじ、ただ力を振るうのみで怠慢に過ごす者が多い……貴様の今の片割れ、クレア・デュラニウスもまた——は、そのような一人でったのでは無いか?』


説くように問うように、後方に飛び退いたままの状態で未だに地面へ左手を添えてかがむ体勢を維持するイミトとの会話を望むザディウス。


その答えは、右手に持たれる出来上がったばかり黒い槍の矛先では無いつかの先端を、杖代わりに地面へと叩きつける音である。



——まだ戦いは続ける。未だ揺らがず従う意思は無いという意志表示の反響。



すればザディウスは——暗黙の後にそれらをおもんばかり、骨剣を構えて再びとイミトの攻撃に備える動き。


しかし、イミトはそこからしばらく動かなかった。


まるで左手が左手を添えている地面と、かのように。



「……確かに、筋が通ってそうで——アンタが嫌いそうなタイプの生き物だよ」



 「ただ——アイツぁ、から変わり始めていたさ。多分な」


ただ——満面とイミトの周囲を漂う不可思議な威圧感のみが充足し、ザディウスに対する敵意と悪意と戦意をたぎらせてザディウスの勘に何かを語り掛けているのは確か。



——そして、始まるのだ。


第一局の手始めの魔力を用いた攻防、

その後の武術を比べ合った第二局、


すれば次なる第三局——ここまで全てで後れを取ったイミトが先手で巻き起こすのは、全てを用いる総合戦闘。異種格闘、ルールなき殺し合い。



試しの終わった次の無い正真正銘の本戦。


知略と暴力の全てが織り交ざる制限なき勝者が決まる対局。



「【食卓テーブル・視線マナー】」


そのような面持ちで皮肉な笑みを表情に浮かばせたイミトが、地面に添えていた左手から放つのは黒い渦ではなく——ましてや攻撃でもない前準備、


己自身の足で駆け回って把握した薄青い広々とした部屋の床や天井や壁の全ての色合いを、影をわせるが如く魔力の放出であった。



故に闇は無い、互いの姿は明瞭に見えていた。



『ほう……次の余興よきょうか』


そうして室内の景色を一変させたイミトは、ザディウスが黒に染まった周囲四方を警戒してピリリと空気を張り詰めさせた姿を見据みすえ、


あたかもこれから行う料理の手順を脳内で整理するが如く舌で再びと下唇をペロリと舐めるのである。

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