第71話 骨を砕きて肉さばく。1/5


『汝、名を何と申す‼』


けたたましい軽快な音を立てながらが広い薄青の部屋の出口へ向けて押し寄せる中で、魔王ザディウスは津波を防ぐには心許こころもとなさそうな黒い防波堤に向けて盛大な声色で問いを掛ける。


「意味人。意味のある人間になるように祈られた意味の無い人間だ」


「——聞いてた通り、を好んで使うみたいだな」


防波堤を崩さんとする骨々の波に対し、壁に背中を預けながらイミトは更に心許ない、黒いを斜め四十五度に己の代わりに差し置いた。そこから腰に身に着けた小さな鞄から乾き切った燻製肉を一つ取り出して、時と場合も考えずに口へと運び、噛み千切る。


『骨は良い——税肉の付いた言葉よりも雄弁に、その者の愚かな生を語りゆく』


 『鍛えておらぬ骨は直ぐに歪み、折れ、砂の如く朽ち果てる。骨の中身も言わずもがな』



「なるほど。確かに栄養の行き渡ってないスカスカの骨から採るスープはイマイチだろうからな‼」


その残りを口にくわえつつ、ザディウスの仕掛ける骨の津波に紛れた目論見を見逃すまいと目を光らせて、イミトはその違和感を見つけるに至る。壁に別たれる二股ふたまたの骨の波、その巨人の如き太く大きな骨々の中に混じる、闇深い眼底がんてい



って言うんだっけ? そんな話をしながら、色んな部位の骨の津波に紛れてとはイカしてる」


『ほう……槍を使うか。だが砕くだけでは悪手であろう‼』


手に宿った黒い渦を急速に成長させて創られるイミトの黒い槍。それを用いた横薙よこなぎの一撃で、骨の津波の中から奇襲を仕掛けてくる骨の兵士たちの四肢をまたたく間に砕く——されどザディウスの骨兵こつへいの眼底の闇はおとろえず、宙に舞いながらも未だ敵の姿を見据えている。



故に、


「骨を砕いて骨の髄からコクや深みをってなぁ、だ【不死王殺デス・リッチし‼】」


槍で砕いた骨の中から頭蓋の骨を片手で捕まえたイミトは怨念を喰らう前の如く舌を舐めずり、敵からを行使する。



『む……』


「はは、良い魔力量じゃねぇか……質の良い骨を使ってんな魔王様」


一体、二体、三体——次々に槍を回しながら骨の兵士を砕いては食い千切っていく顎の如く骨の津波を別つ防波堤の狭い足場で動き回るイミト。



「そしてコイツは……槍じゃねぇ‼【秒位利息セコンドインタレスト連立過料チェーンオブフィー】」


しかしてその旋風せんぷうはやがて——喰らったばかりの魔力を用いて室内の全てを吹き飛ばす暴風へと昇華される。



「三節混とか言う武器さ【剛腕旋風ギュアグルフ竜巻マキアーデ】」


持っていた槍が突如として三つに折れ、唐突に各々の切り離された先端から伸びゆく黒い鎖で繋がる武具。と同時に、骨の津波を堰き止めていた防波堤が黒い煙へと変わり消え失せて、右足を軸に回転をするイミトにも向かって室内全面が骨で埋め尽くされようとしていた。


それらは——振り回す三節混で巻き起こる風で吹き飛ばし、津波の勢いを相殺して宙に動きを止められた骨を舞い上がらせる。


刹那——


『……ふむ、。時に人の子イミトよ、何故デュラハンという魔物が、そのような噂に聞く神の力の如き『』をそなえるか考えた事はあるか』


浮き上がった骨々の隙間から視線を合わせるザディウスとイミト。

開幕初撃の立ち回りは終わり、戦いは次の局面。


骨が浮遊し、時が止まっているその刹那の時間に、ゆるりとザディウスは最初の位置から足を踏み出し、問いを溢しながら己の鳩尾みぞおちに手を当てて——、


『【剣状突起メルウザ・ビスティーカ】』


まるでそこから白骨はっこつの剣を引き抜いたかの如く、振り抜いて手遊びの如く剣をおどらせた後に直線上に居るイミトへと向けて構え、一瞬——消えたと見紛う程に猛烈な突撃を走らせる。


「っ——‼ さぁな……生憎なぞなぞクイズも哲学も苦手でね」


——強烈な交錯こうさく。咄嗟にバツ印を描く二節——中心部の一節が他の二節と作る三節混の三角形の一気に小さくなる大きさが、そのザディウスの一太刀の衝撃と圧力を物語る一幕。


そして半呼吸をするようにザディウスは半歩、腰を引き——踊るように軽やかに体を回し動かし始め、骨の剣の剣筋を変幻自在の猛攻へと変えるのだ。



「ただ、まぁ……かしこぶって生物学的に根性論で考えりゃ——っ⁉ デュラハンってのが『』の魔物だからじゃねぇ——か‼」


対するイミトも、ザディウスの初撃を受け止め、使い慣れない三節混ではこれ以上の防御は難儀と見て、三節混の鎖を黒い煙へと変えて新たな黒い槍を創り出し、ザディウスが動かし始めた上下左右から迫る剣撃を目で追いつつ、何とかと防ぎ始めて。


まさしく、防戦一方の様相。


『我も同じ見識を持つ。人のごうそのものの化身であるデュラハンは、まさに人が持つ夢を思い描く想像と、探究と試行錯誤による再構築——人間という生物の特徴を体現しておると言えるだろう』


これまでイミトが相手をしてきたような一撃で力任せで相手をほふろうとする敵とは違い、言うなれば止めどなく剣を動かし相手を削り取っていく事を目的としたじゅうなる剣。


様々なフェイントを本気の殺意で以って巧みに織り交ぜ、関節が無いのではないかと思える程に腕をしならせて振るってくるザディウスの攻撃。


それらを息を一つも乱すことも無く言葉をつむぎながら放ってくるとあれば、堪らずとイミトは身を退いて回避と防御で己の息を整えつつ、相手の攻撃に全ての意識を裂く他ない。


『そして——死を越えたいという願望ゆえ、本来ならば死しているはずの首と胴が別たれた歪な状態で存在しておる事も、或いは証左なのかもしれぬ』



「アレがあれば、コレがあれば……他の誰かが持つ才能や能力に憧れて嫉妬しながら死んでいった連中の想いなんちゃら引き継いで、を手に入れた。そういう——事なんじゃねぇのか? 後でクレアに、ぶっ飛ばされそうだけどな‼」



——紛れもなく、これまでに出会った誰よりも強い相手。


回避の直後に迫られた下方から振り上がってくる一撃を槍を防いで弾かれた両腕は頭上、咄嗟にイミトは苦々しく言葉を早めてザディウスのあごを狙い、両足で飛んで蹴りを打ち放す。



しかし、それは余裕で見切られて、見逃すようにザディウスは後方へり、足の跳躍のみで数回の宙返りを行い、体勢を崩して床に倒れた不格好なイミトとの距離を取る。



『くはは、ハッキリと申すものよ——余の腹を言葉で裂く気に相違あるまい』


まるで久しぶりの運動をたのしんでいるかの如く小首を傾げ、自身の体の感覚を確かめているだけのような軽快な振る舞い。


——強い事は分かってはいた。


それでもやはり、武芸者としても格上の相手の底知れぬ強さを目の当たりに、さしもイミトも冷や汗を拭いながら地面に差した槍を杖代わりに倒れた体を起こし、改めて相手の大きさを見つめるのだ。



しかし——或いは、その力量差が分かった事——でイミトは己を自覚したのかもしれない。



彼のわらいと空腹の舌舐めずりは未だ、そこにあるのだから。

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