第70話 魔の王と人。4/4


「人ってのは……むなしくてあわれなもんだ。愚かとまで言える筋合いもないけどな、本当に見てると切なくなる……鏡に映る自分も含めてよ」


そうして己を自嘲するように、光の残像を残したままに瞼を閉じてうつむき持ち上げた口角のままにイミトは答えを呟く。


柔らかに通路に積まれたほこりで足音は搔き消えてはいたが、彼が歩いた足跡は彼の歩んできたであろう人生を切実に語る背中を見つめているようで。


『ほう……』


「文化文明が違うから言葉の端々が解からねぇ事もあるかも知れねぇが——」



「昨日、有名人が死んだ。自殺した」


もうじきに見えてきてた通路の行く末、恐らく最後の扉が遠く——イミトの歩幅によって調整されて、穏やかな時間の流れを創り出す。



魔王は——文句を言わなかった。



「テレビや新聞……なんて言えば良いもんか——街の噂話うわさばなしは、その話題で持ちきりだ」


「どうやって死んだのか、なんで死を選んだのか。何を間違えたのか。犯人捜しで、てんやわんやさ」



「だけど……結論や答えを出さないまま噂話を盛り上げて好き放題に魔女狩りみたいにストレス発散の責任転嫁をしていった挙句あげく、一週間か……せいぜい三週間もすりゃ考えた事を忘れていく、その出来事が無かった事みたいに忘れて生くんだ」




「アンタの言うように、人間ってのは同じあやまちを繰り返す生き物なんだろうさ。別にそれを否定するつもりも気力も無い」



「ただ、聞いてくれよ。さっき話した有名人が自殺して、世の中がその噂で満たされた同じ日にさ……俺の家族も自殺したんだ」


それでも、扉の前に辿り着いてしまった足並みは止まり、最後のあがきにと重苦しい扉に力なき手が触れて押しけることも無く動きが止まって。



「街の誰も……それに悲しむ奴は居ない」

『……』


切なく持ち上がった自虐の口角は、或いはとても寂しげで。

瞳に映る感情は、有り余るほどに穏やかにわらっている。



「積み上げたもんの違いだ、分かってる。知ってる奴が居ないのは当然だ、分かってる。どうしてくれるのが正解だったのかも分からねぇ、分かってる」



しかして徐々に徐々に扉を押す手に力が込められていき、徐々に徐々にと扉の向こうの——恐らく終着点となるだろう部屋があらわになっていくのだ。



「だけどよ……同じく生きてたはずなんだ。別に何か誰よりも頑張ってきた訳でも無いけど、思い出話にもならずに、ただの数字になっていく」



「——それで自殺率だの何だのと、口先だけの御頭おあたまのよろしい正義の味方マンさま為の道具になっていく。そしてそんなかしえらそうな口だけのやからの話なんざ群衆はけむたがって耳を貸さずに忘れていく」



何も無い。何も無い——ほんのりと蒼白い光に満たされている広い部屋。

まるでそこは言葉を響かせるイミトの今の心境を写したかの如く荘厳にして静やか。


だがそのじつ、恐らくは太古より何らかの祭事に用いて、人々が祈りを捧げ集まる場所なのだろう——部屋の奧には更なる深奥に繋がる扉があるが進入禁止を告げるように数多の鎖や縄の封印が施されている。


——思い浮かぶのは魔王の墓標。平和への祈り。


「そんな世の中にいきどおって、忘れさせないように同じ痛みを与えたいと殺し回った所で同じだ。どうせアンタの言うように何度何度と忘れて、意味が無かったように繰り返していく」


「虚しくて、哀れじゃねぇか……そしてそれは、アンタが人間は愚かだと言っての為に俺を利用しようとしてるとか、その目的の先にあるなんかの本質としては何も変わりない。似たようなもんだ」



「——小生意気で我儘わがままで世間知らずなガキの理屈さ。けど、そういう大したことも無い小さな絶望の積み重ねが……俺にささくんだよ、テメェみたいな奴の思い通りにさせてやるなってな」



その広い寂しげにも思えた広い室内で、たった一人——その部屋で待ちかねていた先程までの煙を纏う男に向けて、歩みを進めながら尋ねられた己をイミトはそろそろと語り終えようとしていた。



「俺は何もしない。世界に革命なんざ起こさない、クソくだらねぇ知りもしない知ろうともしない群衆を明るい未来に連れていけるなんて御立派に思わねぇし、面倒くさすぎて連れてってやりたいとも思わない。そもそも明るい未来がどんな未来かなんて想像もつかねぇ」




「俺を、と言ったよな……魔王さんよ」


 「俺は……



「だから——御大層に人類の愚かさなんて壮大に語って、語ろうとして、世界からしたら小さな自分が暴れる事を正当化するのに時間をついやしてないで、さっさと欲しい物に喰らい付けよケダモノらしく」


ここが紛れもなく、今回の終着の地。この先に続く扉の先にある物など些末と思える程に、イミトが語らう言葉を受け止める男の周囲に醸す雰囲気や威圧感はこれまで近くに現れていた煙などとは比べようもなく、



即座にそれを悟らせる禍々まがまがしさを帯びていて。



『——愉快。やはり夢を見てばかりだったレザリクスよりは、筋が通っておる』



まさしくと魔王、ザディウス。


部屋の中央から少し離れて、正真正銘の出会い。

向き合うイミトとザディウスは、ただ視線の先にある者のみを見据えて小さく笑みを交わし合っている。



『余が望みは——余の復活の為のしろとなり得る貴様の肉体と魂。などと手を切り、我と共に覇道を歩むが良い、人の子』



「断る。世界に変革は要らねぇ……腐り転んで蒸しパンに頭ぶつけて死に絶えろゴミクソ野郎ども」



『なればなぜ貴様は生きる、何が為に生きていく、貴様の生に何の意義を求める人の子よ』


「それでも腹が減るからさ、たったそれだけのシンプルな理由だ。生きる事に意味が必要でも、意義なんて要らねぇってのは悲しい言い訳か?」



『ふははは、強欲にして怠惰。まるで世界を滅ぼす両極の邂逅かいこう——それが世界終焉せかいしゅうえんの地であれば是非も無し‼ 我が魂の一欠片ひとかけらひさしく震えておるわ‼』



ようやくと出会えた宿命に、歓喜の声を解き放つが如く——膨れ上がっていく二つの魔力の気配。


「さぁ——小粋なジョークをかまそうか。勇者でもない街の小悪党が、偉大なる魔王様を戦って倒す……こういうのをなんていうか知ってるか?」



大物喰ジャイアント・イーティングらいさ」


「腹が減ってきたなぁ、おい‼」



「良かろう……なんじが腹をえぐり出し、余が空腹など感じぬ革命を与えよう‼」



魔王と魔人——魔の王と人は、挨拶も早々に互いが持つ絶望の気配を荒ぶらせ、互いの牙を剥き出しにするように言葉を吐き捨てた。



『【因果咆骨デルガ・ギルストフ‼】』

「【千年負債サウザンド・デビット‼】」

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