第70話 魔の王と人。3/4


しかし、現れた魔王ザディウスはイミトへ進むべき道を示すとその全身を遺跡の地下へと流れ込んで去ってゆく。


便利な移動方法だなと、そのような顔色でイミトは思う。



「……なんで俺だけ連れてきたんだ? クレアやリエンシエールさんなんかと同窓会でもすれば良かったじゃねぇか。俺に特別な主人公みたいなもんを期待してるなら、人違いだとは言っとくぞ」


けれど先に階段の下へと流れて行った煙の事など、己の足取りで階段を一段と下り始めながらいまだそこに魔王ザディウスが居るかのようにイミトはザディウスへの疑問を放つ。


「レザリクスとかとも会ってるのか? まだ確認を取ってなかったけど魔王石を取りに来たのはアイツ本人だろ多分」


聞こえている前提で薄暗い魔石の光が浮かび上がらせる影と共に、一段一段と地下の奧深くに降りて行けば、次に視界に入ったのは既に扉が開かれている部屋の一つ。



そこに踏み込むと、部屋の中は綺麗とは言えない荒れ様である。


それでも——そこは綺麗な部屋という他ない。



『——ソチは歯をみがくか、如何にして磨く』


魔石の光に照らされて硝子ガラスを粉にしたようなきらめきが、ザディウスの問いや部屋へと踏み込んだイミトのジャリジャリとした足音に僅かに舞い上がり、ほこりと共に舞い踊る。



「あ? ああ、そりゃエチケットとしてな……こっちのは動物の毛とかで作られてるもんだから、歯よりもブラシ自体の手入れの方が大変なのが笑えてる」


大量の硝子片ガラスへん——明らかに人工的なそれらの砂山に興味を示し、軽く爪先で蹴りながらイミトは片手間、ザディウスからの唐突な問いに答えつつ、


部屋の奧——さらに地下に続いて居そうな扉の脇でイミトを待ち受けているザディウスの姿に向かい、歩みを続けて。



『余は己をみがかぬ者と骨の弱き者を嫌う。筋の通らぬ者も等しく』


硝子ガラスの砂山に埋まっている失われし文明の痕跡こんせきと、後に慰霊いれいの為に置かれているのだろう木彫きぼりや石細工の偶像——或いは壁画へきがにより、厳粛げんしゅくな雰囲気が漂う部屋に目線を流す足音が鳴る中で、ザディウスは神妙に問いの意味と己の思想を語り始めた。



『首と胴の通らぬデュラハンしかり、余を打ち倒しておい恥知らずの英傑えいけつしかり……リエンシエールなどという者の名は記憶にすら残っておらぬが、見るからに脆弱ぜいじゃくなる心を揺らしておった。ゆえかぬ』



『あの場にあって、最も論理を語らえ、揺らがされぬ筋が通っておりそうな者はソチのみであったろう。異、あるか』


そしてまた、夢幻の如く煙となって先を往くのだ。


次の場所へと通じる部屋の扉の向こうには、やはり更なる地下への通路。

しかし今度は階段では無く、ゆるやかに下降する傾斜けいしゃの道であった。



「確実に鉄以上の何かを使ってた文明だな。鉄錆てつさびも多い地形なのに所々にはがねみたいなが残ってるし……それが崩れないように土で作った粘土ねんどみたいなもので何度か壊れた部分を埋めてる……コンクリートでは無いな。壁に刻まれてる文字もツアレス文字じゃない」


その割と長く思える通路の壁には、おびただしい数の壁画や文字が刻まみ込まれ、先人が後世に何かを必死に語り掛けようとしている形跡が如実に残されていた。


それらに優しく触れるイミト。壁画そのものの意味は分からずとも己の知識とひらめきで、得られる情報や先人の語らんとする感情の全てを喰らい尽くそうとする構えにも見えて。


一見と、その眼は無感情な淡白に見えて、その実——有り余る情感がその瞳の奧にはともっているのかもしれない。



『……』

「願いか、恨みか、子供の落書きか。やっぱり二度か三度は滅んでるな……ちと表現は古臭いけど、三の倍数でアホになったばかりの世界って所か」


無意識に立ち止まっていた足、くちびるに土の匂いのする人差し指の第二関節を再び当てたイミトは独り言を漏らしながら、本腰を入れての思考を始めている。



「てなると……勇者や魔王ってのは昔の文明のシステムか何かの延長か名残なごり……そもそも魔力や魔物自体が、この世界にとっては過去の文明の遺物なのかもな。ゲームかよ、レベルアップ音が出ない分、いくらかマシとはいえ」


ここまでの旅路で自身の常識や理屈から逸脱し、納得の行っていなかった世界の全容の一部分がにストンと落ちるように、パズルのピースとしてカチャリとハマるような面持ち。


しかしながら、それでもと己でも信じ難い想定に、違う理屈付けを探す道中。

それは——の魔王の煙がイミトの下へと戻って来るまで続けられたのである。



「いやぁ……そんな新作ゲームを買うような人間じゃねぇし、もう向こうで死ぬまでの記憶もハッキリとしてるんだが……バンデットの奴が言ってたみたいにステータス画面でも探して見つかったら昼寝でもしたい気分だわ」



『……おい。何を一人で語っておるか知らぬが、余を前にして大した度胸をしておるな。足を止めずに進め』


「はいはい。それで? 俺をお気に召した魔王様は何がお望みで? 日向ひなたぼっこなら地下じゃなくて外でするのが個人的にもオススメなんだが」


待ちびさせられたザディウスの怪訝な声色を悪びれる様子もなく早々にあしらい、ザディウスの煙が示す通路の先へときびすを返したイミトは、


ひとまずと壁画をヒントにした世界の全容と現状についての考察と結論を棚に上げ、現状差し迫っている本筋である魔王ザディウスとの邂逅に意識を戻し、彼との会話を試みる。



すると、またしてもザディウスが問いを重ねて。


『——……余にとって人間とは愚行を繰り返す馬鹿である。よ、ソチの目に映る『』とは何か?』



「それを聞いてどうするんだって話をしてんのによ……、他人の話は聞けねぇな」


イミトの質問や皮肉を無視し、長い地下通路に声を反響させながらイミトの抱えている哲学が己の哲学と如何いかに違うかとはかろうというおもむき。


そんなザディウスの問いに、くだらぬ問答だと改めて服のポケットに両手を突っ込んで猫背気味に息を吐いたイミトではあった。



しかし彼は、横の壁画に目線を流し——今後も誰にも伝わらぬのだろう思いの丈を嘲笑しながら嗤うのだ。



「でも……そうだな。今更ながら冗談を言ってる場合でもないし、話を聞くのが好き嫌いの多い幽霊みたいなもんなら、たまには本気で答えとくか」



——と何か。


ふとイミトは地下通路の天井を見上げ、照明用の魔石の光の奧にを映し出す。

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