第65話 護国の御旗。4/5


「なるほど——であれば、イミ……ゴホン、貴殿は何ゆえに彼らが私たちに接触をこころみたと思っているのでしょうか。それは是非聞いて置きたい」


そこまで来れば、もはや彼に比べれば良心に溢れるカトレアですらも疑いようもなく疑い始めていて。敵に対して一切の情報や慈悲も与えないように言葉と心をいさめ、仮面の裏にある眼差しを戦士の物として覚悟を決めるに至る。


すると、泥が流れるように彼は言う。



「くだらねぇ陰謀論さ……正体の分からない俺達に西方のエルフの森とやら以外に近付いて欲しくないんだろうぜ。例え、どんなに自分たちに危険があっても、な」


己の呪われた眼球に自嘲の色合いを滲ませて、鼻で嗤う一幕。

瞼を閉じて愚なる己の余韻にひたる。



「それがどんな愛国心か、同胞への愛かは知らねぇがよ」


その嘆くような静やかな口振りにあるのは羨望せんぼうか、或いは口調通りの嘲笑か。



「少なくとも社会の歯車として生きるなら接客業は向かねぇな……愛想笑いが下手くそだ」



されど本質はどうあれ、愚と思うに変わりは無い。最後に場を改めて整えるようにイミトは黒いさじで野菜スープを一回し混ぜ込み、食事の時間と両手を合わせて瞼を閉じる。


その瞬間、

「…………ちっ、撤退だ‼」


その挙動を最後の隙とみて、咄嗟に後方に跳び退いたエルフ族の男は仲間へ語るに落ちる方針変更の指示を吐き出してマントの懐から小さな布地の球体を取り出して地面へと叩きつけた。



叩きつけられた球体は、その叩きつけられた勢いに比例し、

「——頂きます、っと」

「煙幕⁉ くそっ逃がすものか‼ ユカリ、弓を出せ‼」



白い白煙を噴き出して、意も介さず食事を始めたイミトを他所に周辺の全てを覆い隠し、カトレアに戸惑いと憤慨ふんがい咆哮ほうこうを放らせた。


だが——、

「『くそ』は、お下品だぞ。追わなくていいよ、カトレアさん」


 「っ‼ だが、イミト殿——あの者どもは此度こたびのゴブリンの軍勢と何か関係があるのだろう⁉ 捕まえて聞き出さねば‼」



馬にまたがり逃走を開始したエルフ族の男たちを尻目に、カトレアの動きを止める冷静なイミトの声色。そのあまりの冷静ぶりに、不義理に対する怒りに駆られたカトレアは思わずとイミトにも噛みつくような言動を荒ぶらせる。


しかし揺るがぬ。


「別に良いって。向こうが攻撃を仕掛けてくるなら兎も角……大事なのは、アイツらが何処に戻るかじゃあない、何処の何に目的があるかさ。ここまで想定済みで、時間稼ぎのおとりや罠の可能性もある」


小さな黒い匙ですくうスープの僅かな波よりも静かに、晴天に欠伸あくびを漏らすような平穏な佇まいで食事を始めたイミトは、突如として吹き抜けた暴風を気にも留めずに言葉を続け、既に遠く魔力を纏って走り去る馬どもの背を眺めていて。



「——その口振りだと、また大まかな予想が付いてる?」


そして、朝に焼いたパンの入ったバスケットをテーブルに持ち込んだセティスもまた、必死に逃走を図るエルフ族などが滑稽こっけいに思える程の無視をしてカトレアとは比べようもない冷静な疑問を放つのである。



「まぁな。外れたとしても、目的地も変わらないしな……無駄な労力を使うのは無駄だろ」


「……聞かせてもらおうか。ミュールズの件で信頼に足る貴殿の手並み」


そうすれば頭に血が昇っていたカトレアとて、何か追わぬ理由があるのだろうと怒りを引いて息を整え、納得いかぬ感情を抑えつつイミトへと向き直る。


するとイミトは、そんな彼女を鼻で笑った。



仰々ぎょうぎょうしいね……そこにある地図でも見ながら聞いといてくれ」


やがて生半可な憶測おくそくでは納得する気が無いカトレアの剣吞けんのんな眼差しに、何をそんなに向きになるのかと解からぬ様子で首をかたむけ、改めてスープを食べ始める。



「ん……このマンドレイクの、果肉って言えば良いのか? 野菜とは思えない面白い食感だな……肉の脂身に近い気もするが、煮込んだ大根の感触もある。好き嫌いが別れそうだな」


そして語るはスープの感想。思考と咀嚼そしゃくを交互に脳裏に過ぎらせて、イミトは野菜スープの具材を再三と確かめつつイミトの知らぬ『マンドレイク』という食材の白い果肉を見つけてスープから黒い匙の上に乗せた。



「味は……うーん、後に入れた割にはスープの味が染み込んでるし、本来の味は無味無臭か? いや……味は無いのに、スープに深いコクみたいなものを産んでるのがコレだって分かる。不思議な感覚だな、魔生物って言ってたし……これが魔力の味なのか」


そこから意識は食事の勉強や解析に向かい、マンドレイクを咀嚼しながらイミトはセティスが持ってきたパンを一つ手に取って千切り、一口大を口の中に放り込む。



「……作ったセティス殿には申し訳ないが、私は食事の感想など聞きたいなどとは言っていないのだが。もし、あの者らがゴブリンの軍勢を裏で操り、ツアレストに害なす勢力ならば、ここで呑気に食事をしている場合では——」


すれば、そのようなイミトの悪癖に苛立つ真正直。絶妙なタイミングで話を逸らされた気分のカトレアは不快を堪えながら礼節を保ち、イミトに説々と伺いを立てようとした。


だが——

「腹が減ってちゃ戦は出来ねぇよ。水も飲めない会議場で、どうやったら円滑に喉が渇く話し合いが進む?」


やはり揺るがぬイミトの論理。

柔に見えれど、もはや信条一本固く合理にくる者のさが



「現場主義も結構な事だが、感情に任せて動いたところでロクな事にならねぇ」



 「事件は現場で起きるのかも知れねぇが、戦争は夜の会議室から始まるのさ、静かにな」



冷静さを欠いているように見えるカトレアをあおるように、彼は「」と暗に語らう。

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