第65話 護国の御旗。3/5


琴線きんせんに触れる馴染なじみのない呼び名。


「ん……? 仮面の……それは私に聞いているのでしょうか」


イミトの言った『』という呼び名に、仮面の女騎士カトレアは粛々と自称する事をはばりながら遠慮がちに疑問を唱える。



「他に仮面の美女が居るなら、まぁ違うな」

「「……」」


すると黒い匙を魔法の杖の如く軽やかに小さく振り、指揮棒に誘われるまま鼻歌でも歌うが如く項垂れた首の先、嘲笑の顔色で耳を澄ませたイミト。エルフ族の男たちの視線もまた、他に対象が居ない所為せいか仮面に隠された彼女の顔をうかがって。



「三つ……私は気付きませんでしたが、このエルフ族二人に怪しい点があるという事は察します。しかし良いのですか、そのような事を本人たちの前で堂々と」



だが、それだけでは無い。わずかな咳払せきばらいの後に息を整えたカトレアの腕を組んだいぶかしげな口調に身の毛もよだつ凶兆を思い知り、相対あいたいする彼らは——とても神妙に眉をしかめた。



「——何か、我らが貴殿の癇に障る行動をしたか」


不穏、その二文字。軽い口調のイミトの言動から始まり、その発言から静観の構えだったカトレアの雰囲気も改めての警戒を強めた物と成って突き刺さる視線。

不吉極まっていく状況、悪魔どもの舌に舐められたような悪寒にエルフ族の男たちの汗ばんだ拳は握られる。



「いやさ……大した事じゃあ無い。まず一つ目、アンタらは自己紹介をする時にこう言っていた——『この近隣で先日からゴブリンの軍勢が迫っていると聞き、被害の状況とゴブリンの脅威規模の調査におもむいていた』ってな」



テーブルの上でもてあそばれる駒、イミトが語り始める順を追うような説明は、そんな彼らを真綿まわたで締め付けていくかの如く、遠回しに城に攻め入る為に外堀を埋めていくような気配があった。


「自分たちが調べてるって口振りで別動隊の話は欠片も無いのは邪推じゃすいとしても、先日からゴブリンの軍勢の姿を確認出来ているのに、襲われた村の名前一つも即答できないのは笑い話じゃねぇか」



「改めて聞くけど、最初に襲われたのを確認した村の名前は?」


実際、イミトの思惑はそうだったのだろう。

自身が思い描いている未来予想図の線をなぞる様に、黒い駒一つをテーブルに滑らせて別の駒を押し倒す。


「……すまない。我らは森に閉鎖的に暮らす一族である為、村の名前までは」



 「確かに……少し違和感を覚えますが、統率の不備でそう言う事は多々ある事なのでは?」


それに筋が通らぬとは言えぬ反論するエルフ族は、時折見せるイミトの全てを見通しているような面差しに途方もない圧力を感じている様子であった。その様子を見かねたカトレアが、人の善性を信じ息を吐きながら文字通り中立の場に立って、イミトの論法のすきを突いていく。


無論、イミトの言葉を疑いつつもエルフ族の男たちに対する疑義を晴らしたわけでも無いのは明白。それどころか、自身の主張——異議すらもイミトならば想定しているのだろうという面持ちである。



ただ、足らぬ証拠に深みを与える次を求めての事であった。

すると、そんなカトレアの心境に応えるべくイミトは次の論点へと話を進める。


「二つ目。さっきコイツらは、向こうの焼け野原を見て驚きも疑いもせずに俺達の仕業しわざだと受け入れた。あんな見渡せる向こう側まで真っ黒にする炎を、ここに居る少人数でやったと普通は信じるもんかね」


湯気の薫るセティスの野菜スープに興味をそそられ、黒い匙で中に入っている具材を探りながら掻き混ぜて語ったのは常識の話であった。


背後に残る惨劇の後遺症、黒く染まり白き灰が風に舞う寂しげな荒廃に、その言葉はあまりに重くし掛かる。



「それは……遠巻きに見ていたからではないのですか? エルフ族は魔力にひいでた一族と聞き及びますし、魔力感知で我らの力量を量る事は容易いと思うが……」


「そうだ。しかし、貴殿の言うように容易には信じられる所業しょぎょうでは無かったがゆえ、確認の為に言葉で尋ねた。それだけだ、我等は貴殿らに何かしらの計略を果たそうという思惑は毛頭ない、信じて頂けると有難いのだが」



矛盾。矛盾。矛盾。言葉の端々、会話の折々、その中に潜んでいた僅かな綻びに空がグルグルと回り、耳鳴りが聞こえ、混濁こんだくし始めたような気さえしていた。



徐々に、しかし確実に追い詰められていっている事だけが、その眼前の凶兆の魔人と相対する者どもには明白な事実。



その魔人は——何も信じてはいないのだ。



「はい、ここで三つ目。別動隊が被害の調査をし、アンタ方二人はゴブリンの動きの監視……そこに正体不明の一行が現れてゴブリンを全滅させた」


人の善意も、世界の希望も。

黒い匙をスープの器のはしに置き、ただ目の前の絶望だけを息を吸うように吸い込んで。


前菜を頂くが如く、いよいよと両手を合わせ——自らに取り巻く呪いに感謝を示すように祈り始めた。



「仮面の美女さんが、監視役の二人だったならどう動く? もちろん、俺達の正体は不明のままだとして」


「……それは——本陣に報告した上で、正体不明の一行の調査、監視対象の移行が妥当な判断と思いますが」



「たった二人で、その一行に接触を図らせるのはどう思う」


「——……論外ですね。感知されたならともかく、わざわざコチラからおもむく事は確かに危険ばかりで利が少ない。ましてゴブリンの王が率いる大軍を一瞬で壊滅させる相手なら尚更」



話し相手のカトレア越しに、積み重ねて積み重ねて積み重ねて、敵には最早——足の踏み場も無いのだろう。



「そうだな、俺もそうするわ。やぶつついてへびなんてのは御免ゴメンだし、少なくとも本陣から応援を呼んで状況を整えてから接触を始めるわな、言葉も通じるか分からない訳で」



そして——最後の一味を決めるように、最後の足場を蹴り飛ばすが如く——

彼は、彼がエルフ族を疑う最大の理由を静かに——椅子の背もたれに背中を預けて申し付ける。



何が愚かしい罪であったかを説くように。



「なによりさ……不吉極まりない首の無い馬がく馬車に乗ってる連中に、誰が好き好んで近づいて、事情も聞かない内に自分の故郷に連れて行って『歓待したい』って言うんだよ、とんだ馬鹿話じゃねぇか。見つけたら裸足で逃げ出すっての」


「「……」」

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