第65話 護国の御旗。1/5


馬二頭が地を鳴らす音の響きが、前後に遅れてそれぞれ草原に響く。

されど首に掛かる手綱たづなを引かれ、前足を掲げて止まった馬の嘶きが明瞭に聞こえなかったのは、



「所属のはたも立てず何用だ‼ 礼儀を知らぬ野盗であるなら容赦はせんぞ‼」


馬二頭を操りまたがる者たちを待ち受けていた女騎士カトレアの厳格な声色が盛大に腹から放たれたからである。



「「……」」

馬がおびえてひるみ、後退する程の質量の声量。馬を操る二人の、男女かも分からぬ服のフードで頭を深々と覆い隠す二名の人物は、仲間内で何かを示し合わせるように顔を向け合い頷き合う。



前後の馬の、前一頭にまたがる者は男であった。


「そちらこそ認可された商業の旗もなく、冒険者の旗も無い。身分出自の分からぬ者に、コチラから安易に身の上を名乗る事は出来ない」


心が落ち着かずに動き続ける馬をなだめながら、服のフードで顔を隠したままその男は言う。待ち受けていたカトレアに冷徹に言葉を返しつつ僅かに動いた顔は、カトレア以外にその場に居る一行の様子を探るように動いて。



焚火で鍋を温める覆面を付けたセティス、黒い囲い、そして彼女らが用いている馬車の方角にも顔を向けただろうか。


そして、相対するカトレアの背後に控えている勢力と様相を確かめ終えて訪れた男は改めてカトレアに向き合い、馬から降りて顔を隠しているフードを外してその正体を露にした。



「だが、確かに事を急ぎ、礼をおこたっていたのは認める。故にコチラから名乗ろう。我らは——西方の森が守り人、エルフ族の者だ」



 「エルフ族……か」


絹のようなシャンパンゴールドとでも表すればいいのか輝く毛髪をオールバックに纏め上げ、トンガリ耳に幾つものピアスが煌き、頬に刻まれ刺青いれずみは民族的な慣わしを思わせる。



「この近隣で先日からゴブリンの軍勢が迫っていると聞き、被害の状況とゴブリンの脅威規模の調査におもむいていた。切迫した状況、色々と問いたい所ではあるが、まずは貴殿らの身の上を問いたい」


そして自らをエルフ族と名乗った男は、体に纏っていたマントを翻して敵意は無いと身に付けている弓や矢筒の隠されていた姿をも露にし、次はソチラが名乗る番だと語り掛けるのだ。



「——……我らは、とある目的をもって旅を共にする者だ。冒険者としての登録もなく商業組合にも属していない流れ者と認識してくれて構わない」


だが、語る事は出来ない。女騎士カトレアが仮面の裏で僅かに目線を動かして思考した末に出た答えにはそれが如実に表れていた。


「とある目的とは」


「語る義理は無い。口を開かせたいならば、その腰の短剣か、弓のつるでも引くがいいでしょう」


先んじてイミトに釘を刺されていた事も理由の一つであったが、なによりと魔物を敵視する世界で自らを含めた一行の素性や、ここまでの経緯を詳細に語る事ははばれる事であったからだ。



例え争いになろうとも、隠さねば争いになりかねない事実が彼女の背に重くし掛かる。



「……分かった。我々の目的は、あくまでも調査だ。向こうの——あの焼け野原は貴殿らが行った所業なのか問いたい」



よって軽く金属音を響かせるカトレアの剣のつばを、エルフ族の男は固唾かたずを飲んで見守りつつ、その上で名乗らぬ不公正をも飲み込んで自身らの目的を優先させた。



燃え終わり、もはや煙も立たぬ目を痛めそうな黒炭の大地。エルフ族の男が顔を向けた先に広がる丘の下、世界の終末の如きいろどりに選べる道は数少ない。



「——ああ。ソチラが探していた小鬼の軍勢と意図せずに介してしまったので致し方なく」


「「……」」


そして選ばれた対応に、カトレアもさやに納められた剣のつかから手を離し、礼節を整えてエルフ族の男の問いに答える。


すると不穏と信じ難い事実を事実と報せる一陣の風に、エルフ族の男は背後に控える仲間と顔を合わせて何やらと疑念を確信に変えたような気配を見せるのである。



「そうか……いや、良いのだゴブリンの軍勢の討伐をとがめる者など居ない。もし、そうなのであったら後学の為に詳しい経緯や手段を尋ねると共に、この周辺の地に命支えられる者として最大限の感謝を捧げなければならないと思っている」



やがて風の終わり、納得の様相で結論を出したエルフ族の男は、カトレアを始めとした一行を敵に回したくは無いと声色を重く、真面目で真摯しんしな眼差しをカトレアの仮面へと向けた。



「もし良ければ、お仲間と共に我らが森にて是非とも歓待かんたいしたいのだが……如何いかがか?」


それから誘い文句を穏やかに、されど警戒を滲ませながら緊張で僅かに震える声色でエルフ族の男は満を持してと言ったのである。


普通ならば、一般的な反応ならば、統計を取れば、大多数はそのエルフ族の男の誘いを素直に受け入れたのだろうか。



だが——少なくとも、あの男は——は違った。


 『……ね。そいつは素晴らしい提案だ』


いつも通りの全てを見通していそうな傲慢ごうまんで、人を小馬鹿にしているような静かに鼻で笑う悪魔の如き嘲笑で、黒い囲いの向こう側より、ゆっくりと地獄の門を開くに似通う風体で現れる男。


周囲の空気に漂い始めるは、心にもない拍手はくしゅを相手に送りながら湯気を威圧感に魅せ掛ける詐欺師の声色。


「誰だ⁉」


 「……仲間だ」


突然の気配も無き悪魔の登場にエルフ族の男の驚きが響き、女騎士カトレアは弓を手に取ろうとしたエルフ族の男にてのひらを見せて制止をうながし、頭を抱える。



エルフ族の男が驚くのも無理はない、本当に現れたイミトの気配は無かったのだ。



先ほど、エルフ族の男たちがカトレアの仲間たちの様子を探っていた時には全くと言っていい程にイミトは完全に気配を消していたのだから。

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