第63話 小鬼の軍勢。2/4


それでも、その恐れを知らぬ背を足を、彼が望んでいるとのたまった言葉通りに引き止めたのは角の生えた漆黒の仮面を付ける女騎士カトレアであった。



「本当に我らは手伝わなくてよろしいのですか? ことゴブリン征伐は油断が命取りになりかねませんし、あの軍勢に加えて王が居るとなれば尚更」


常識の範疇はんちゅうを説くが如く、彼女は一歩——彼らの後を追い、覚悟を以て腰に帯びている剣のつばをも鳴らすのだ。ここより未だ遠く、それでもうごめく数がおびただしく見える小鬼の軍勢に傀儡かいらいの骸骨騎士と頭だけの女、手に何も持たぬ青年だけで行くのか、と。


だが、そんなカトレアの忠言も虚しく、声を発した彼女自身も分かっていた通りに返ってくる言葉に変わりは無いのだろう。


鎧兜を纏う赤い瞳は、振り向く気配もないままに淡と言葉を返すのだ。



「……要らぬ。質が足らぬであれば数でおぎなう他は無い」


 「これ以上——我を退屈にさせる方が危険であるとは思わんかカトレアよ」



とても不愛想に瞼を閉じた辟易へきえきで、周囲の気配は危機を察して静まり返る。

空気一つも揺らがなくなった空間に、遠く小鬼の軍勢の足音が間抜けに響いてくる気さえして。



「大丈夫さ、カトレアさん。算段も付いてる……まぁ一匹たりとも逃がす気は無いけど、もし逃げ延びた余り者が居たら暇潰しに食っても良いぜ」



「……臭い消しの風呂の用意はしておく」


「ご武運を、なのですよ。イミト様、クレア様」


それでも肩の力を抜いた青年イミトは不愛想な相棒の物言いを補うようにカトレアへ横顔を振り返えらせての微笑みを贈り、カトレア以外の仲間の二人は何の意義も疑義も抱くことも無く日常を過ごしゆく。


「では行くか……どもを狩りに」


こうして、その場に三人を残し焚火の煙の付近から小鬼の軍勢が巻き起こしているのだろう土煙の下へ、骸骨騎士に抱えられた鎧兜のクレアも歩き出したのだった。



***


——前述の通り、小鬼の王は千や二千を率いる事も容易い略奪の王である。

そこに否定の余地はない。


けがれた羨望せんぼう、嫉妬に染まった卑しき者たちの意志がよどみ、結集し、練り込まれ、構築されていった『』という概念のかたまり



その意思が今、群れを成して前へと進む。



——片や、その魔物の名はデュラハンと言った。

血がそのままに雨となるような凄惨せいさんな戦場にて、皮肉に産み落とされる首と胴が別たれて生きる災禍の魔物。


小鬼の王を略奪の王と表すならば、さしずめデュラハンは繁栄を極めた後に歴史へと消えた亡国の騎士であろうか。


死に連なる様々な絶望、憎悪、復讐心。



戦場でりなされる数多の負の感情を取り込んで生まれでて、あらゆる強きに憎しみ惹かれ駆られながら戦い続けるそのもの。


「結構な数だけど、どのくらいの勢力を増せばああなるのかね」


 「……ふん。知らんな、少なくとも我が殺してきた数よりは少なかろう」


その右傍らで、或いは獲物を見据えよだれを垂らし始める軍勢の目の前で青年は、想い馳せて重いこうべを呑気に傾ける。世界を斜に見る青年に対し、真横の骸骨騎士に抱えられるデュラハンのクレアはいぶかしげに彼の疑問を視線も送らずに切って捨てて。



「それに——幾らあろうと、既にぜろになっておる数を数えてやる道理も意味もあるまい」


「魔物には無いと思うが、初撃——貴様の甘い道理で手を抜くでないぞイミト」


そして場違いな青年イミトに辟易と溜息を吐くように念を押して切り伏せ、ある意味で彼の気性穏やかな性格を憂いて祭りの幕開けに水を差さぬように釘を刺す。


すると、イミトはいている両掌りょうてのひらに黒い渦を浮かび上がらせて、花火の導火線に着火するが如く眼前の軍勢に向けて押し出した。



「あいよ。カワイイ魔物なら、いざ知らずってな」


 「そっちも、テンション上げ過ぎて天国に行かねぇようにな」


語る言葉は軽々けいけいに。浮かべる笑みは至極、悪辣不敵あくらつふてき



「「——……」」


咆哮を上げて進軍の足を速める小鬼の先鋒隊は、そんな彼らの空気も読めずに死線を越える。


——言葉なき阿吽あうんの呼吸は、愚かな選択を嘲笑うように空気を震え上がらせて。



『……その羽根が燃えるは道理。おごたかぶり、その身を焦がせ……身の程知らぬ意味なき夢のともがら、業炎に焦がれ失せよ愚か者』


デュラハンのクレアは開戦の狼煙のろし代わりに、その頭部のみ身を従者の骸骨騎士に高々と天へと昇らせ、黒い煙の如き見るからに邪悪な魔力を帯びながら言葉に想いをつむぎゆく。


片や——、


『……俺もなんか詠唱えいしょうとか長々と唱えてみてぇもんだよ、【剛腕旋風ギュアグルフ扇動者バルコステッロ】‼』


青年イミトは腰を少し落とし、地に足を踏みしめ、両掌に浮かべていた黒いうずの勢いを強めながら渦の勢力を増大させて、まるで渦から引き抜くが如く二本の漆黒の大剣を創り出す。


そして二本の漆黒の大剣をそれぞれの背中後方に翼が如く振り構え、つかを強く握り締め盛大に——おうぎの如く前面にを描くのだ。



そうして巻き起こるは爆風——共に往くは爆炎。



『『【炎獄バスティオン夜帳プロミアーテ】‼』』


青年イミトが盛大に巻き起こした爆風はクレアが解き放った爆炎を運び、互いに相乗効果を生みながら天から世界を隠すが如き地獄の天井、慈悲なき地獄のおりを一瞬にして創り上げる。


燃えぬが救いか、或いは責め苦か——向かい来る軍勢は、その王が控える最後尾に至る遥か先まで地獄と化した草原に閉じ込められて。



「——……さて、それじゃぁ惨劇の始まりだ。兜を付けるの忘れるなよ」



仕事終わりに地面に突き刺す剣二本。しかし不思議は収まらず、これから起こるであろう惨劇を予兆するようにイミトの両手から黒い煙と鎧が湧き上がるが如く彼の身を包んでいく。


そうして、

「終わりの間違いであろうよ。つまらぬ残党狩りの始まりだ、少しは骨がある者が居ればよいがな」



イミトの身体がその顔に至るまで鎧へと包まれた時、イミトにかしずく骸骨騎士の手から献上けんじょうされるようにクレアの鎧兜は受け渡される。



それはまるで、革命を起こさんとする逆賊共に断罪の剣を振るう礼節の騎士が如く。

新たに創られる剣は、先ほどのイミトの大剣よりも黒く巨大であった。


——。

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