第63話 小鬼の軍勢。3/4



単体として見れば武芸を納めぬ程度の素人野盗程度の小鬼ゴブリン。

それでもれであればおおむね、の実力では太刀打ちすらも出来ぬであろう。



それも単騎であれば尚更の事である。


しかしながら、その単騎が圧倒的な実力であるならば煉獄れんごくほむらが監獄の中で、けたたましい悲鳴が木霊こだまするのも、



「火に焼かれるか、肉を裂かれるか。俺だったら、どっちを選んだかな」


次々と舞うような大剣に斬り裂かれ、或いは逃げ惑った末に燃え続ける業炎の中で炭になっていく卑しき獣たちの行く末に、同情なき同情の声色を顔をおおう鎧兜の隙間すきまから漏らすイミト。



「邪魔臭い口だ。剣を持つ手に集中せぬか、舌を噛むぞ阿呆」



その不遜ふそんな物言いに、彼の左腕に抱えられるクレアが諫言かんげんの声を返す。

次々と襲い来る小鬼の群れの只中ただなかにあって、それでも尚と鎧の肢体したい疾風旋風しっぷうせんぷうの如く駆動くどうしながらに平常に交わされる会話。



今や——二人で一人、首と胴が別たれているはずのデュラハンは双頭。

されど半人半魔のいびつな魔物として尚も、その伝承に相応ふさわしく戦場を駆ける死の疾風としての威光を世にさらしている。



だが、

「首から下はゆだねてるだろ? それとも合わせた方がやりやすいか?」


 「……合わせられると言っておるように聞こえるな」


元々のデュラハンであるクレアの奪われたの代わりに、彼女と体を共有するイミトの問いは、意思を共にせずに彼女のかんさわるのだ。



二人で一人、されどもあくまで二人は二人。


「——足下から地面掘ってくるぞ」


 「分かっておる。数は二体であろう」



大剣を振るう小休止、次々と返り討ちに斬り捨てられていた小鬼の軍勢の兵隊たちの死骸がバラバラと既に蒸発を始めている赤い雨と共に降りしきる。生み出される一瞬の緊張は、地下からせまる奇襲を警戒していた為ではない事は明白であった。



それでも、

「「グギャアアアア⁉」」


優先すべきは直ぐそこまで迫り、火の粉散り始める草原の地下から跳び出る二匹の小鬼。サラリと地に立つ片足をじくに回転したクレアとイミトの二人で一つの身体は、肩に担いでいた大剣の位置を変えぬまま一匹目を回転の勢いで叩き飛ばし、その後も何の違和もなく二匹目の頭蓋ずがいをも砕く。



「そりゃ完全には無理だけど、ある程度なら息を合わせられると思うぞ。良い夢旅気分とまではイケないが、お前に殺される気分ってのは充分味わってきたんでね」



「言っておる意味が分からぬな……腹立たしさが込み上がる事だけは予見できるが」


大剣を振り回す回転の余波で、風が周囲の炎を巻き込みながら矢継ぎ早に飛びかかろうとしていた他の小鬼も散らしゆく状況の中、生まれる一瞬の静寂に際立つ二人の会話。



「そういうって話さ。やってみるか? 多分、お前はって言うと思うぞ」


「……ふん。丁度良い、アレが話に出てきただ。その周りの犬に乗っておるのがぞ」



しかしそれもつか、第一陣を退けた彼らの下に小鬼ではない足音が響く。


暫くはみがかれてないのだろう——色合いの汚らしい鎧姿。先程まで相手をしていた棍棒こんぼうや粗雑な布切れをまとっているだけの雑兵ぞうひょうゴブリンとは明らかに違う佇まい。



黒い体液にまみれた腐った泥のようなおおかみの群れも合わせて、クレアとイミトの彼ら二人は、いつの間にか取り囲まれていた。


「確かに……背中に乗られりゃ、そりゃ狼じゃなくて犬だわ、な‼」


「——⁉」


されど何も変わらない。否、腐った狼を乗りこなす一匹の小鬼を筆頭に再び攻勢を開始した小鬼の軍勢の、その一匹目を背後の二匹目三匹目ごと二つずつにけるまでは。



「驚いてるひまないだろ。次々、後ろからも来てるぞ」


 「分かっておるわ‼ ‼」


片手で振った大剣で容易い豆腐の如く小鬼を鋭く斬り捨てる斬撃は、先ほどまでの力任せ断絶していた切り口と違い、一切の血をしばらくと噴き出させない。



切った事すら細胞に気付かせない圧倒的な力の集約。


よどみない一閃の後、それでも尚と恐怖を奪われているかの如く無心で襲い来る群れの統率の取れた襲撃に対し、クレアは手に残る感触に違和感ではない違和感を覚えつつも次の手を打った。



延々と燃ゆる赤熱の草原に次に巻き起こるは——黒の静寂。



『【デス・ゾーン‼】』

「——‼」



イミトの左腕に抱えられたクレアの鎧兜から満遍まんべんなく半球状に解き放たれる漆黒の魔力は、襲い来る群衆に時間と距離を付与し圧力で抑え込み、時が止まったかのように彼らの動きを制止させる。


しかしながら当然の如く、その魔力を放出したクレアらはその黒の世界で唯一と動きを続け、一瞬にして敵に為すすべを、思考するすきも与えずに次々と斬撃を繰り出し続けた。



まるで死に際の走馬灯そうまとうを相手に魅せつけるが如く。



だが——、

「ウォガぁぁぁぁぁぁあ‼」


死に際、特に戦場であれば、それにあらがい、火事場の馬鹿力を出してくる者も居よう。

えた子供のような小鬼のゴブリンにるいする顔立ちを持ちながら、屈強な成人男性の体格を持つ汚らしい鎧を纏う者が、その火事場に馬鹿力を振るうものである。



「ほう……デス・ゾーンをけるか」


薄黒に染まる空間を、何処かで奪ったのだろう刃こぼれの酷い垢塗あかまみれの剣で払い、小鬼を処していくイミトらに威勢の良いうなり声を上げて剣を振り下ろす。



それは汚らしい剣ではあるが——この日この場で、初めて行われた剣のであった。



「だけど無理に突破した所為で踏み込みが甘いな」


自身の顔の眼前でゴブリン騎士の汚らしい剣を受け止めたクレアの大剣。剣の腹に前へ突き出したひざを押し当てつつ小器用に受け止めているを、顔を覆い隠す兜の隙間から鋭くにらみ、或いは淡白に憎悪に満ちた小鬼のゆがんだ醜顔しゅうがんにイミトは言葉を贈る。



「ちっ……イチイチと鬱陶うっとうしいものよ」


 「ぞ、イミト‼」



そして、折角せっかくの戦を茶化すその軽口がしゃくさわり続けるクレアの感情に呼応するが如く屈強な両腕で乱暴に押してくるゴブリン騎士の剣を突進で押し返し、体勢の崩れたゴブリン騎士の兜は容易く砕かれて。



「……そんな念を押して言わずともさ」


「そういや、ミュールズの城じゃ社交パーティーに参加したけど、ダンスどころじゃなかったからな。踊る気なんかサラサラ無かったもののさ」



立ち止まらぬ、立ち止まらせる事の出来ぬ戦場で彼は性分しょうぶんの軽口を抑えきれずに彼はわらった。


さしずめ、戦場に心駆られ続ける彼女と同じように。



「誰かと踊るってのは——こんな感じなんか、ね‼」


 「ええい‼ 気が散ると言うておろうが‼ 戦いに集中させぬか、この阿呆が‼」



軍勢を軍勢たらしめるしょうの一人であったろうゴブリン騎士の亡骸なきがら一つ。

それでも止まらぬ周囲を炎に囲まれる監獄の中で、逃げる事を諦めた者どもの一矢報いっしむきいようとする気構え。



彼女らは、イミトの語るように熱風を踊るように巻き起こし更なる戦場の深みへと至りゆく。



「なぁ……お前もそう思わないか、さんよ」


『——……』

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