第61話 序章の幕は閉じられて。2/4


「もう全部、全部、計算外‼」


「——ちゃんと数字を計測してから、そう言う事は言うべきですね」



突如として巻き上がる地に落ちた落ち葉が逃げるように、荒々しく飛び散って。



「⁉——だ、かぁ……あ……?」


やがて遅ればせながらと唐突な気配なき声掛けに振り返った天使レヴィは、同時に既に自分の腹にが突き刺さり、背後の樹木に串刺しにされた事にも気付いて。



肉体の条件反射よりも早く彼女の腹をじり拓いたのは、一本の紅蓮の炎を纏う槍。

それを槍と認識した瞬間、衝撃が広がり喉を込み上げてくる反吐は血反吐である。



「漁夫の利ということわざを知っていますか。まぁ由来などは教えて上げませんが、この状況はそういう物ですよ、名も知らぬラムレットの手駒さん」



腹に突き刺さった槍から、逃げ遅れた落ち葉を踏みにじる音と共に地面に降り立つ聡明な声色の主にレヴィが目を移せば、その瞳に映るのは銀縁の眼鏡を指で整える麗人の姿がある。



「私としては、どちらか——いや、どちらの死に際の顔を眺めて私自らの手で殺したかったのですが……まさか、これ程の力量差が出てしまうとはラムレットには本当に期待外れですね」


背後の歪んだ空間から来たのだろうその麗人に、ひざを屈すまいとするレヴィ。麗人が差し向けた槍が後方の樹木まで深く貫き、支えとなっている事の皮肉たるやといった状況。



「まぁ——異世界転生者などを好む低能などは、この程度なのでしょうか」


槍が纏うほむらが樹木に燃え移り始め、パチパチと逃げ惑う水気が弾ける音が響く中で、憐れむように眉を下げてレヴィを嘲笑う狂気の女神。



「ルーゼン……ビフォア・アルマーレン……何故アンタがここに……‼」


彼女の名を、レヴィは槍が創った風穴からしょうじる痛みの苦悶をこらえながら憎しみを込めて声にする。



——ルーゼンビフォア・アルマーレン。


穏やかに全てを見通すミリスや、狡猾に全てを仕組もうとするラムレットとは異なる狂気性を帯びて。とても静やかに眼鏡の硝子ガラスに、森の木々の隙間から届く夕焼けの赤を煌かせる。



「逆に問いますが——なぜ私がここに居ないと思っていたのでしょう」


 「盤面ばんめんを見渡していれば誰でも気付くような事柄でしょう? なにを驚く事があるのか」



周囲を巻き込む勢いを増す槍が放つほむらに最後の手を焼かれながらも、槍を引き抜こうとする少女の肢体を改めて見下げながら彼女は語るのだ。


「実際——彼らも私の存在には気付いていたようですがね。いえ……予測と言うべきですね。恐らく、貴女のような雑魚ざこを狩るよりも私に譲って何かしらの用意をさせた方が面白そうなどと、舐め腐った心づもりなのでしょう」



「——……」


盤面の外から見渡して、敗北した少女が気付きようもない後の祭りをにぎやかす。されど脳裏に過ぎる神輿みこしを担いでいるような男のせせら笑いを思い出し、イラリと冷静さを失う様をレヴィに見られまいと誤魔化すように顔を逸らし、再びウンザリと眼鏡を掛け直す仕草も魅せて。



「まったく……こちらの狙いまで見通して。相変わらず腹立たしい勘の良さをしていますよ、忌々しいけがれた力の方も健在のようですしね、困ったものです」


そして残心しつつ気を取り直し、一歩前へと踏み出して。傍らに白い光と赤い焔が織り成す魔力の渦を産み出して——そこから新たな槍を創りだす。


「‼——ぐぅっ⁉」


何故何故に槍を創り出したのかなどと言うまでも無く、その燃える矛先ほこさきは腹部の槍を引き抜こうとするレヴィの付け根に向けられた。



「貴女のようにいた糸が見えるようであれば楽なのですがね。本当にラムレットの仕事が雑で良かった。放蕩者ほうとうものの羊飼いらしいです」


やがて呆れた様子で己をねぎらう息を吐き、つぶやくは侮辱ぶじょく。或いは史実。

その言葉は彼女にとって耐え難い侮辱に聞こえ——彼女の琴線きんせんに触れる。



だから彼女は——

「‼ 世界を持つことも許されていない——ラムレット様の足下にも及ばない堕ちたけがれ神が、ハイエナのように地を這う事になった分際で、あの御方を侮辱するな下郎‼」



目の前の圧倒的に優位な立場の者が、己の現状を恥じて歯を噛むであろうはずかしめの罵倒を怒り叫ぶ。そして口の端から血の飛沫を飛ばし、肩を貫かれた腕を動かして腹の臓物が置き去りになる事もはばからずに敵のそでを掴むのだ。


けれど——



「……ハイエナは骨すらも容易たやすく砕く強靭きょうじんあごを持つ獣でしょう。彼らは無益な争いを好まず自分たちで狩った獲物であろうと他者にゆずって残り物で我慢する、そういう生き物ですよ。私には当てはまりませんね」


彼女は何も揺るがない。頬をけがす返り血を、何の感情も感傷もなく指で拭き取り、的の外れた意見だと切って捨て——掴まれた袖を乱暴に軽々と振り払う。



彼女は語る。語り始める。

死に掛けの虫でも眺めるような無関心な眼差しで、



「それに——平和ボケした新参の神も、その使いも、世界を持つ事が高級な肩書か何かだと勘違いしていて困ります、ね‼」



「あぐっ……‼」



この世の絶対をさとすが如く、トンガリ帽を被る少女の額を掴み、片手で後方に荒々しく押し込んで少女の後頭部を背後の樹木に押し当てて。



身の程を知れと、堕ちた帽子を——のたまうのである。


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