第61話 序章の幕は閉じられて。3/4


「私はの女神——ルーゼンビフォア・アルマーレン」



「今は力を封じられているとはいえ、こと混迷の時代より圧倒的な暴力を以て神々の揉め事を仲裁し、法や秩序を準拠させてきた破壊神。それに如何いかなる状況であろうと天使と神では、力の格が違う事くらいは理解出来るでしょう」


樹木に打ち付けたレヴィの頭部をヂリヂリとじり込むように掌を動かし、レヴィの脳内に言葉をも焼きつかせようと声に力を込めるルーゼンビフォア。



「あ……ぁ……」


顔面を掴まれたレヴィは、広げられたルーゼンビフォアの掌の指の隙間から彼女の表情を目撃し、全くと微塵みじんも動かせなくなった体中の痛みを再認識した上で恐怖した。



「でも、怖がる事はありませんよ。この破壊は——新たな創造を生むのだから」


己こそが唯一絶対と疑わず、まるで救済を与えるが如き慈愛に満ちた微笑み。

彼女の言葉に嘘は無いのだろう。



だからこそ——悟らされるのだ。


この世の地獄が、己にとっての地獄が今まさに始まろうとしているという事を。



「いや……いやだ。私はまだ——ら、ラムレット様ぁぁぁぁぁあ——‼」



故にすがる——彼女は彼女の神に様々な想いを過ぎらせ、唯一動かせた口を——喉を震わせて神への畏敬を全力で振り絞り、押し付けられた掌——密着され、眼前より奥から噴き上がり始め、肉体に流れ込む魔力の気配に慈悲を乞う。


「……——」



だが無情。耳や目や、鼻や毛穴、或いは、すべからく繋がる細胞を引き裂いて——突如としてレヴィの全身から噴き出す血。あたかも力を注ぎ込み、内側から破裂させたような光景、断末魔すら断ずる破壊的な力の放出に、天使レヴィは腹に突き刺さる槍ごと地に堕つる。




「——仮にも、これから神になろうとする者が……死に怯え、他の神にすがるなど……あまりに不敬。あまりに、おこがましい」


力なく伏す肢体を傍らを通る事を見送り、手に付着した返り血を最初にハンカチーフで拭うルーゼンビフォアは仕事終わりに瞼を閉じる。



しかし、

「ら……らむ……れ……」



僅かに息を続け、地に伏したレヴィがルーゼンビフォアの足下のトンガリ帽に弱々しく手を伸ばす様を見つければ、



「……この程度の破壊もなりませんか。ほとほとに——無様」


彼女は残業に息を吐き、仕方なしと言った体裁で周囲に幾つもの炎の渦を産み出して——そこから幾つもの槍を創り出し、拭いたばかりのてのひらを軽く振り下ろして針のむしろの如くトドメの追い討ちを掛ける。



「まぁ良いでしょう。どのみち、イミナさんの調整に時間が掛かりますし、ゆっくりと丁寧に破壊して再構築する事にしましょうか。力を取り戻す為にも、昔の感覚も取り戻しておきたいですしね」



「魂に——私という絶対を刻み込むついでに」


天使だった血塗れに砕けた少女の死体は、その身を貫く幾つも槍に支えられ、不思議な力で力なく浮遊する。残虐な神は、とても穏やかに彼女の頬を優しく撫でた。


***



「という訳で、貴女推薦の子は脱落で決定ね」


「……」



場面は移り変わり、否——それまでの光景が映し出されていたモニター画面が閉じられて。神ミリスは神ラムレットが現実を受け入れているかの確認を取るに至る。とても穏やかに笑い、彼女の頬を優しく撫でるように。



「ふふ……ルーゼンが武闘派である事を知る神は古参の——それも一部の神々だけよ。他の神と比べれば生まれたばかりである貴女が知らないのも無理はないわよね」


それから、ゴキゲンに先ほど自分が割った飲み物のグラスに手を伸ばし、グラスが壊れていたことを思い出しつつ物寂しそうに言葉を続けるミリス。



「とはいえ、神の地位を剥奪はくだつされるくらいの過激派である事は周知の事実だったはず」


「知らぬは恥ではないわ……知るが愚かな事もある。けれど、何か目的を果たそうという時の怠慢は罪よ」



彼女は静やかに八つ当たるようラムレットへと告げるのだ。



「胸に刻んでおきなさいな、小娘」


椅子の肘掛に肘を置き、口や手の寂しさを紛らわすように冷ややかに言葉を淡と吐き捨てて。その身に宿す圧力を膨れ上がらせる。



「……私は、貴女が嫌いよ。ミリス」


そんな彼女に白けた目を向け、椅子から立ち上がっていたラムレットはミリスを一瞥いちべつした後に実に不機嫌そうにきびすを返し、去り際の一言を送る。



「ふふ、よく言われる言葉ね。理不尽に理不尽だと罵られた後に……さようなら、次に会える日を楽しみにしているわ……ラムレット」



今度のミリスは己に背を向けたラムレットを引き留めることも無く、相変わらず意味深に別れを返すに至り——そして、待ち人が来ることに暗に気付いて歪む空間に視線を流す。



「——神ミリス。罪人からと、ポップコーンをお持ちしました」



そこから現れるのは、白い粒が山盛りに積まれた器を腕で抱え、傍らに浮遊する分厚い本を控えさせる翼の生えた天使アルキラルである。



「……」


「丁度いいタイミングね、お客様も御帰りよ。もう少し、交渉を渋ると思ったのだけれど」



去ろうとした矢先に帰還した天使にラムレットが足を止めて冷たい眼差しを送る中で、その土産を待ちかねていたミリスへアルキラルは平然と傅き、颯爽さっそうと白い粒が山盛りに積まれた器を献上するに至った。



は何を求めてきた? ちょっと待って、当ててみたい所ね」


 「貴女は、なんだと思う? ラムレット」



すると先ほどの威圧感が一転——瞳を輝かせ、軽く雲のように膨れた白い粒を一粒だけ指でつまみ、ミリスはゴキゲンにラムレットへと問いを投げかける。



——決して、タダではコレらを彼らがゆずらないだろうと暗に示して。

だが、ラムレットには最早、興味の無い話だった。



「……くだらない。付き合う気は無いわ」



故に彼女は軽んじる。終わった物語の些末な表紙を閉じて、そこらに投げ捨てるように。



「——誠に申し訳ありませんが、で御座います」


それが巡り巡って——に繋がる事を考えもしないまま。


『正解は——入り口を五秒、開けたままにしておく、だ‼』


「「——⁉」」



「あんっ⁉」


その武骨な大剣は——アルキラルが現れた歪んだ空間から凄まじい勢いで悪辣な男の物言いと共に飛来する。ミリスに背を向けて今にも歩き出そうとしていたラムレットの背を鋭い切っ先が切り拓き、ラムレットの肢体は大剣のつばに押されて【】の字へと曲がる。



「——落としもんだよ、美人さん。穴がガバガバで、感度が低くなってんじゃねぇか? ちゃんと突っ込んどきな」



歪んだ空間から伸びていた手が徐々に空間の内側へと戻る中で、魔人の声が耳を突く。


「——……あ、アナタ」


体を貫かれたラムレットは武骨な大剣に姿勢を崩されながら苦悶の表情でその声の方に振り返り、目を光らせて。



邂逅かいこうする魔人と神の眼差しは、互いに燃えるような憎悪の色合い。


ただ——神の無様ぶざまわらう魔人に挑発的な嘲笑の色合いが混じる事だけが、その差異を明確な物としているのであった。

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