第61話 序章の幕は閉じられて。1/4



——まるで、根が張りそうだと椅子から腰を離し、旅の始まりと手に持っていた装飾絢爛そうしょくけんらんなトンガリ帽をラムレットは深々と被る。復讐劇の最後の結末の幕が閉じられた舞台の観覧席である白い世界が、あまりにも寂しげな静かさを音にする頃合い。



「さて——の回収が終わり次第、今日はこの辺で御暇おいとまさせて貰おうかしらね。前哨戦ぜんしょうせんとしては楽しませて貰ったけれど、私の口に合う飲み物一つようだし」



 「あら、そんな勘違いをさせてしまったのかしら。だけなのだけど」


たった二人と言うべきか分からぬ傍観者ぼうかんしゃたちは、文字通り他愛も無い会話を重ねていた。


 先んじて会場を去ろうと身支度みじたくを整えるラムレットへ、未だ椅子に座ったまま一人の人生が幕を閉じた舞台に残された演者へ真摯しんしに穏やかな眼差しを向け続けるような貴婦人のミリスは嫌味を一つ、興味なさげに言葉を吐露とろする。



「それを分かった上で言っているのよ。理解が遅くて嫌になるわね、貴女との会話ってホント」


そんなミリスへ、辟易と鼻息を突くラムレット。椅子に座ったままの彼女を見据えるトンガリ帽から垂れた宝石越しに垣間見える彼女の瞳の奧は、呆れというよりは嫌悪に近い冷酷。



殺してしまえるすきさえあれば、殺してしまうのだろうと思う程の冷徹な殺意。



「それに——まだ終わっていないでしょう? 貴女の可愛い天使が終わってしまう一番面白い所を見逃してもいいのかしらね、ラムレット」



そのような殺気を感じつつも全く意にも介さぬ様子で、平然と瞼を閉じる余裕ぶり。指を鳴らし、これ以上の観覧は不粋だと合図を送って消失する眼前の巨大なモニター画面。



音も光も無いが、それでも白に染まる世界にて、神は意味深に啓示けいじを送るのである。



「……何を言っているのか、分からないわねミリス。レヴィはから逃げたでしょう……それにあの子は、あの玩具がんぐと違って中々に頭の出来も実力もあるのよ……貴女の退屈な世界の現地人如きに——」



神ミリスが放つその言葉の意図する所を、同じ神の立場に頂く者とは言えど直ぐには理解出来なかったラムレットは殺意から一転、いぶかしげな表情を浮かべた。



そして思考する、その意味を。


けれど、その問答の解にまで思考が導かれるまでそう時間が掛からない。



「——、居るのを忘れているのね。哀れな事」


愚か者をあわれむ慈愛に満ちた穏やかな神のげんが、その解に至れるまでの更に明瞭な神託をつぶやき漏らすのだから。


「……——まさか‼」



そして気付く。思わず開くラムレットの瞳孔。


——何故に、己たちが様々な思惑を持ちより、こまを操り、一同に同じ場にかいそうとしているのかを。



も、を知っているのよ。少し前に手酷く痛い目に合わされて、とてもお勉強をした様子だったわ。いじけて部屋に引きこもっているだけとでも思ってた?」



その気付き、その驚きに、母の如き微笑み。


神ミリスは——再び指を鳴らし、先ほどのモニター画面に映っていたモノとは違う情景が、窓の外のような高解像度で映される。



——そこは、森であった。とても深い森の中。


落ち葉、所々に黄色の斑が見え隠れする様々な深緑の地。

その中にあって滴り堕つる



否——、血潮は少女が片手で抑えつけている欠損けっそんした腕からこぼれ落ちているものである。



『……はぁ、はぁ、あの役立たずの‼ 一人も殺せずに、なにをアッサリ死んでくれちゃってんのよクソ‼ こんなんじゃラムレット様に顔向けできないじゃない‼ クソ、クソ‼』



森の獣道のそびえる樹木に背中を預け、八つ当たりに幾度も地団駄じだんだの如く根を蹴る少女の顔は、腕を失った痛みの苦悶くもんも相まって酷く憎悪にゆがみ、御下がりのトンガリ帽を激しく揺らす。



『ちゃんと脚本通りに仲良くなってから切り捨てて、絶望しきった顔をラムレット様に見せたかったのに、何で何でイキナリこっちの奇襲がバレてたり、デュラハン以外の連中まで化け物みたいに強かったりしたのよ、あんなの聞いて無い‼』


脳裏に思い浮かべていた未来予想図が血にまみれ、見事に瓦解した現実を彼女は理不尽だとのののしり、不条理だとなげいかる。



まるで絶対的な神が描いた筋書きを、事前に聞いていたように。


敷かれたレールが進行中に突如として引っ繰り返されたような衝撃が、彼女の言葉を荒く衝動的に駆り立てるのだろう。



——神々に見られているという事も忘れて。



「あら、本性の方が可愛らしい子なのね。今回の争奪戦、してしまうのが残念なくらい」


「……」



遠く、近く、その滑稽こっけい嘲笑あざわうミリスを他所に、神ラムレットは自らの天使に迫る気にも留めていなかった不確定要素がいつ現れるかと頬に一筋の冷や汗を流す。



未だ、半信半疑の表情険しく。


***



そして——は現れた。

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